落下する夢を見る
高い所から落ちるわけではなく
ただ、足元が崩れ落ちて身体が宙に投げ出される
暗い暗い底があるかも分からないまま重力に従順に
いっそコンクリートでも針の山でもマグマでも着地してくれれば楽なのに
いや、こんな愚かしい自分には終わらない責苦の中にいる方がお似合いなのだろうか
自嘲し目を閉じる、開いてても風景は何も変わらない
夢なのは分かってる
目を覚ますのを待つだけだ
あぁ、でもいっそ
こ の ま ま さ め な く て も
「ねえ大丈夫?」
ハッと意識が浮上した
酷く汗をかいていて、夢見も相まって気持ち悪い
目を覚ました俺に安心してか、濡れるのも構わず抱きしめられる
その優しさに嬉しい気持ちと惨めな気持ちから引きちぎられそうになる
お前が抱きしめてなかったら真っ二つなってるかもな、なんて
くすりと笑みを浮かべたことに安堵してか、すりすりと肩に頭を押し付け甘えてくる
なあ知ってるか?
いつだって落下する俺を引き上げるのも、奈落へ突き落とすのもお前次第なんだぜ?
一体どこでこんな関係になっちまったんだろうな
俺は隣の男が未来に不安を持っていることを知っている
俺の夢を叶えるために神輿へ無理矢理乗っからせた男
こいつはその夢が叶ったら、俺の隣にいる理由がなくなるんじゃないかとか、才能を抜いた自分はつまらなくて飽きられるんじゃないかとか
そういったことを悩んでる
なんで知っているかというと記憶をなくす勢いで飲ませたからだ
そうしたらさっきの悩みをお前そんなに喋れたのかと驚くほどに饒舌に打ち明けたのだ
翌朝は酷い頭痛と共に目覚めたようで何も覚えていないのだという
酒で潰したことはさておき、俺がそんな薄情な男に思われていたことが心外だった
確かに自分は飽き性だし、この先関わる大勢の人間の中には面白いやつは凄いやつ、もしかしたらこの男に似たようなやつと会うかもしれない
しかし、衝撃的な出会いに加えて、紆余曲折、複雑多岐あってそれでも一緒にいると決めた相手を、夢が叶った程度で手放す気などさらさらない
それくらいに俺はお前に惚れ込んでいるというのに、なぜ分からないのか
興味を持ってくれた奴が俺が初めてなんて言うけど、俺だって誰かにここまで心乱されるのはお前が初めてなんだけど
そもそも最後まで一緒にいてよって約束の前に、退屈しない人生に連れてってやるって俺から約束したし
夢が叶った後は俺の一生を賭けてどんなにこいつが凄いかをプロデュースしてやるつもりだ
そう俺が考えているとはつゆ知らず、今日も無表情で不安を抱えているであろう相棒に駆け寄る
此方を映す度に光を宿す双眸は、気づかない方が難しい
その裏に抱えているものも、分かりやすく伝えてくれても良いのに
シラフで一言悩みがあると言ってくれるまで、言葉が足りないとどうなるか思い知らせてやろうと思う
お前も少しは俺の苦労を味わえってんだ!
美味しいパン屋が最近できたと近所のマダムに聞いたので、ロードワーク後に行ってみることにした
行儀が悪いのは承知の上で歩きスマホをしながら店名を入力して場所を調べる
階段を踏み外さないように、スマホからの視覚情報をインプットするため脳のリソースを配分する
そう遠くないところにあるのが分かって隣の相棒に話しかけようとした時、左肩に強い衝撃が走る
どうやら後ろから早足で階段を降りた人とぶつかったらしい
幸い、スポーツ選手の自分はフィジカルがあり、向こうも少しぐらついた程度で落ちることはなかった
しかし、手元にあったスマホが宙を舞った
データはすべてクラウドに保存してあるからこの後買い換えるか、と思案していると白い影が物凄いスピードで階段から飛び降りていった
ああ、まさか2度も見ることができるなんて
隣にいた相棒は完璧に受け身を取りながら、スマホが地面につくより先に足先で吸い込むようなトラップをした
すぐさま立ち上がり、俺とぶつかってしまったと思われる男に殴りかかる勢いで詰め寄るので慌てて間に入る
1年前のあの光景は、もうずっと、忘れられそうにない
それは空に似ていた
元気いっぱい、キラキラ光ってすべてを照らす晴れ
不安でいっぱい、一歩先も見通せないほどの靄の曇り
憎しみでいっぱい、触れることを許さない冷たい雪
雨は———まだ知らない。
いずれにせよそれは
どれも美しくて
どれも大事で
どれも見ていたいって思うんだ
あじさいの中に色が違うものがあれば
その下には死体が埋まっている
何かのネット記事で見たのだったか、どこで知ったのかは忘れてしまったけど、この梅雨の時期にふと思い出す雑学
死体が酸化するため青くなるらしいけど、その死体の状態や土壌のpHによって変わるから一概には言えないとか
どちらでも構わないが、育つ環境で色が変わるというところはなんだか親近感が湧く
きっと俺の目は、あじさいよりも鮮やかな紫に染まっているだろうから