紫の彼は奇麗で魅惑的で、誰もが認める存在だ
時に厳しくも、蝶よ花よと育てられたから
白い彼は無垢で無辜で、密やかな存在だ
自然に任せられ、自由に伸び伸びと育てられたから
水では満たせない紫の花を、愛でるも手折るも許されるのはたった一人の白い彼
渇き続ける白い花を、咲かすも枯らすも委ねられているのはたった一人の紫の彼
ゆめゆめ忘れるな
危うく繊細な花であり、また人であることを
飽き性でつまらない事が嫌いな自分は、日常より非日常に生きていたかった
昨日より今日、今日より明日っていうとニュアンスが変わるけど、とにかく新しいことや常に変動するものが好きだ
株価のチェックなんて最たるものだ
だから、平凡な毎日とか刺激のない日々なんて好んで過ごしたくないって思ってた
それなのに今はどうだ
1人の人間と出会って、一緒に戦って、仲違いもして、また一緒になって
さらに紆余曲折あって、今じゃ恋人同士になって、同棲して
同じベッドで朝はおはよう夜はおやすみを言い合って
食卓を一緒に囲んで同じテレビを見て、笑い合って
そんななんでもないありふれた時間ばかり過ごしてる
特別なことがなく繰り返される毎日がこんなにも愛おしいものだったなんて知らなかった
いつまでも変わらずにこの生活が続けばいいって心の底から思うほどに
今ではこの日常が楽しくて仕方がない
道に咲く花
すれ違う人の傘
服を見に纏うマネキン
名前も知らないクラスメイトのノート
小さな子の髪飾り
以前は気にもならなかった物が目に入り、ついつい追ってしまう
無意識的なそれは側から見ても分かりやすいようで
「お前って紫色好きなの?」
そう言われて、彼のサラサラ流れる流麗な美しい髪を見て口に出る
うん、好きだよ
あなたがいたから サッカーをはじめた
あなたがいたから 疲れるまで練習した
あなたがいたから 行ってみてもいいと思った
あなたがいたから 面白いと思った
あなたがいたから ワクワクした
あなたがいたから 頑張ってみようと思った
あなたがいたから 熱くなれた
あなたがいたから 夢ができた
あなたが あなたが あなたが
他の誰でもない
だから 俺にはお前が必要なんだ
歴史の授業で使った資料の片付けを進んで買って出た
内申点を上げるというより、授業の合間の時間に話しかけられるのを防ぐためだった
家に仕込まれた人心掌握術でいかようにもできるが、
今日はあまり人と話す気分ではない
避けられるのなら避けたい
そんな心情など露知らず、先生は眉を八の字に下げすまないねと言い、準備室の鍵を手渡した
気にしないでくださいと人好きのする笑顔で鍵を受け取り、資料を持って廊下を歩く
それなりに重いが日頃鍛えてることもあり、さほど時間をかけずに準備室へ到着した
一度資料類を置いて、鍵を開け入室する
あまり人が入らないのだろう、室内は少し埃っぽい
教室に早く戻りたくもないが、ここに長居もしたくないのでファイルに書かれた番号や背表紙を確認しながら資料棚へと戻していく
作業が終わり戻るかと棚から踵を返したその時
視界の隅に捉えた文字を視野の中心に置く
ホワイトボードの隅、赤いペンで小さく書かれた相合傘
よく知った人間の名前と、たまに話す程度の女の子の名前
この学校にアイツと同姓の生徒も先生もいないので確定だろう
あの子がアイツのことを好きだったのは意外だった
俺と話したい奴なんて家柄目当てだと思っていたが、もしかしたら隣で無関係面で呆けてたアイツに少しでも近づきたかったからなのかもしれない
極度の面倒くさがり屋で寝てばっかりでも成績はトップクラス、顔もスタイルも良いからなぁアイツ
声をかける勇気もなく、こうして秘めた想いを書いたのだろうか
誰にもバレないように、でもあわよくば本人に知ってくれたらって期待もしちゃって
その様子を想像してみて、微笑ましさに口角が上がる
心の底から同意するよ
上から滑らせたクリーナーはあまりにも軽く、初めから何もなかったかのよう
こんなささやかで可愛らしい恋ですら
握り潰さなきゃ気が済まないほどに俺もアイツが好きだから