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11/6/2021, 2:57:11 PM

友達と別れて帰路についたとき、雨が降ってきた。困ったな、傘持ってないのに。
にわか雨と言えども柔らかく降り注ぐ雨粒は、僕を優しく撫でていくようだ。春先の気温に合わせてか、雨はやや温かいように感じる。嫌な気分ではなかった。
家まではあと少しだけれど、寄り道がてら目に止まったバス停に入って雨をしのいだ。今にも崩れそうな東屋だが、実のところ、僕が小学生の頃から存在している。案外強いんだな、と何様目線で見直した。

備え付けの古びたパイプ椅子に腰掛けると、椅子はギシッと音を鳴らす。あまり椅子に負荷をかけないように、バッグを膝から下ろした。
特にすることもなくて目を閉じると、錆び付いたトタンの屋根に雨が当たる音が空間全体に広がるのが分かる。なんせ僕1人入っただけで、もう半分のスペースを占めてしまう広さだ。おまけにトタン張りだから、よけい反響しやすいのだろう。

カーン、コーン、コン、コン。
トトッ、カーン。

その音がなんだか心地よくて、しばらくこうしていたくなった。
背もたれに体重をかければ椅子がギシギシと軋む。そんな音でさえも嫌とは感じなかった。

(——少しだけ)

少しだけ、このままでいよう。
目を閉じたまま、僕はゆっくりと深呼吸する。息を吐き出しきる前に、頭が眠りにつこうとしたのが分かった。
それに抗うこともないまま、僕は眠りに落ちていった。

11/6/2021, 4:53:36 AM

流れ星に願い事をするなんていつぶりだろう。
少なくとも、俺があの子くらいのときには既にしなくなっていた。俺の願い事が叶うことは無いと知っていたから。
当然、あの子の願いが叶うことも無いと知っている。俺もあの子も、同じ人間なんだから。

それでも最近は、俺とあの子がどんなに同じでも、やっぱり違う人間なんだなと思い知らされる。変わらないはずの生活が、いくつかのイレギュラーによって壊れかけている。
……壊れるなんて表現をしたらあいつらが悪者みたいになるけど、実際壊れているものは壊れているんだから仕方ない。
「いいことなんだけどね」
俺はそう独りごちて息を吐いた。誰に聞かれた訳でもない言葉は、闇に溶けて消えていった。

あの子の世界は、壊れてしまった方がいい。壊してしまった方がいい。
誰かが、誰かが。誰が?誰も壊せずに、壊してくれずに、こうして俺は今存在しているのに?
あの子が大切にしているあいつは、今度こそあの子を救ってくれるだろうか。
俺が大切にしていたあいつは、あまりにも優しすぎたから。だから、壊してはくれなかった、それだけの勇気がなかった。
でも今なら。イレギュラーである今なら、可能性はある。
あの子の望みは、俺の望みは、それだけだ。

……俺と彼女のことは、気にしなくていいからさ。

憎らしくて愛おしい、俺の大切なあいつと同じくらい優しいあの子は、きっと壊すのを怖がる。悲しんで、否定するだろう。
俺だって、彼女だって、そりゃ悲しいさ。
悲しいけれど、もういいよ、疲れたでしょって、諭してあげないと。そうして、笑ってみせるんだ。

だからさ、頼むよ。
今度こそ、どうか。

星が瞬いた瞬間。
俺は、誰に聞かせる訳でもない言葉を、誰かに聞こえるように、ポツリと呟いた。

11/3/2021, 9:15:18 AM

思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ……なんて。
いかにも雅なことを考えるよね、昔の人は。
きっと、本当にその人のことが好きだったんだろうな。
僕?そうだなあ、僕なら……
恋愛感情でなくてもいいなら、そんな風に思う人はいるよ。
今日は何をしていたんだろう、何か面白いことあったかな、って。
いつも寝る前にそうやって、あいつのことを思い浮かべてるよ。
あはは、そう考えると、正に思ひつつ……だね。
もしもあいつが夢に出てきたら、現実では出来ないぶん、たくさん遊ぶんだ。子どもの頃みたいに。
あ、でも。
夢と知りせば 覚めざらましを……みたいになっちゃうな。だって、あいつとめいっぱいはしゃいだり、思いっきり走り回ったり、なんてこと、夢でしかできないもの。
夢もいいけれど、やっぱり僕は、現実であいつを大切にしたいな。
だからさ、夢だと知らないままでいいんだ。
夢で逢えたら、その分、現実でもたくさん話したり、散歩したりするから。
——え、今日も寝る前に「思ひつつ」なのか、って?
うーん、そうだなあ。
あいつの話だとさ、あいつはあいつで、自分自身の夢の中ではかなり忙しいらしいんだ。だから、もし僕の「思ひつつ」があいつに伝わっちゃうと、困らせちゃうかなって。
だから、今日はお休み!はは、そんな顔しないでよ。わかったわかった、また明日ね。
……ああ、そろそろ帰らないと。じゃあ、また。

11/3/2021, 2:19:52 AM

寝る前の習慣、というわけではないんだけれども、私は日記を書いている。
町が寝静まった夜、みんなが眠った夜。眠らない私や彼も、暖かい布団で静かな時間を過ごしている夜。
今日あったこと、出会った人。何をしたか、どんなことを思ったか。あと、明日は何をしようか、なんてことも。
そんなことを、思いつくまま手帳に書き連ねていく。

一通り書いてしまうと、ベッド横の机に置いたホットミルクに手を伸ばしつつ、過去のページを遡る。毎回決まって1行目に記してある日付は、間隔があったり、なかったり。本当に、習慣とは呼べないなと苦笑する。

そういえば、あの子も日記を書いていると言っていた。彼の場合は、夢日記という部類に入るんだろうけれど。
今度、見せ合いっこしようかしら。
きっと彼は、困ったように、それでいて照れたように微笑みながら、大人びたその字で綴られた文字の連なりを見せてくれるだろう。
ああ、それから。古本屋の彼が、かねてから私が読みたいと言っていたあの本が入ったと教えてくれたっけ。早速、明日お邪魔しようか。

——今日はいつもより多く書いた。夢中になっていて、気が付けば、草木も眠る……な時間になってしまっていた。
相変わらず眠気は感じないけれど、日が昇るまで、さてどうしようか。
このまま暖かいベッドで眠る真似でもしようか、それとも彼のところへ遊びに行こうか。数え切れないくらいの時間を経てきた私たちなら、きっと、どれだけお話しをしても話が尽きることは無いだろう。
もしかしたら、苦手なあいつもいるかもしれないけれど。

何をするにせよ、とりあえず、もう一杯だけホットミルクを飲もう。そう思って、温もりの残るベッドを後にした。