◎目が覚めるまでに
研究室からのそりと出てきた竜也は、
低い声で「コーヒー」とだけ言い放った。
海人はそれを聞いて溜め息を吐き、薄めのインスタントコーヒー───ではなく。
麦茶を差し出した。
「お前、何徹目?」
「三徹目……いや四か?」
「そうか家に帰れ」
海人はにっこりと笑ってはいるが、目が笑っていない。
(しまった)
何故か、海人はかなり怒っている。
頬をよく見るとピクピクと引きつっていた。
竜也はそれから目を逸らし、
ぐいっとひと息にコーヒー(麦茶)を煽ると身を翻した
が
ぐらりと視界が歪み、膝から崩れ落ちた。
「よーく寝てな、馬鹿野郎」
竜也が寝落ちたのを確認すると、
海人は二人に電話をかけた。
「竜也は寝かせたから戻って来てくれ」
薄暗い部屋の中を三人の人影が覗き込む。
「ちゃんと寝てるか?」
「ぐっすりだな」
「耳栓も付けとくか」
「良い案だ」
竜也が熟睡しているのを確認した後、
海人はそっと扉を閉めて二人に向き直った。
「それじゃあ、作戦を確認するぞ」
「「応」」
「燈真は広場の飾り付け、俊一は料理……あ、ヘルシーで胃に優しいヤツな。俺は荷物の受け取りと道具の準備。で良いよな?」
ニヤリと笑って全員が作戦にうつる。
──MISSION──
竜也の目が覚めるまでに、
誕生パーティーの準備を完了せよ。
◎病室
病室のベッドにはテーブルがついてる。
あれ、かなり素晴らしいと思う。
なんでって?
そりゃあ、心地よいベッドの中で紙とペンが揃うんだよ?
最高以外の何ものでもないと思うんだけれど。
紙とペンがあれば、
絵も文も記号も模様もメモも書ける。
色や書き心地、メーカーを変えればテンションを上げることもできる。
想像力の全てをベッドの上で存分に発揮できる。
入院したいわけじゃないけど、良いなぁ
って思う。
◎明日、もし晴れたら
最近、雨がロクに降ってないからなぁ。
井戸の水もだいぶ底が見えてきた。
木陰に入っても地面はカサカサしてるし。
子どもらが外で遊ばない。
暑さにやられてぐったりしてるやつも多い。
活気が無くなってきたなぁ。
これ以上晴れが続くと、畑も駄目になっちまうだろうな。
そんときゃ、どうしようか。
山の神様に手を合わせに行こうか。
人の手ではどうもできないからなぁ。
雨が降らない。
となれば明日か明後日に、麓の村の者が来るだろう。
いらない生贄を携えて。
ホントいらないんだよなぁ。
生贄より桃食いてえなぁ。
参拝ももうちょい多くなれば緊迫するより前に手を打てるんだがなぁ。
「「雨降らねえかな」」
◎だから、一人でいたい。
あの人と居ると声が小さくなる。
あの人と居ると汗が沢山でる。
あの人と居ると叫びたくなる。
あの人と居ると自分が自分じゃないみたい。
だから、一人でいたい。
家族を殺したやつなんかと一緒に居たら
気が狂ってしまう。
◎澄んだ瞳
「ねぇ、キミも一緒に行こうよ!」
そう言ってボクを抱えたあなたは、後ろを振り返ること無く走り出した。
沢山の人と出会い、別れ、助けて、助けられた。
大切な仲間を得た。
あなたの傍らにはいつもボクがいた。
ボクもあなたの背を越すぐらいに立派に大きく成長した。
だから、だからさ――
置いていかないで。
名前を呼んでよ、あのときみたいに。
目を開けてよ。
あなたのその澄んだ瞳を、
未来をまっすぐ見据える瞳を
もう一度見せてよ。
トレーナーが口を動かしたので、皆が慌ててボールから飛び出した。
いつの間にかしわしわになったトレーナーの口から最期の息が漏れるのがわかった。
これはボクの役割だ。
なんとなく、本能的に理解った。
仲間が不安そうに見守るなか、そっとトレーナーの手を引く。
すると、薄く透けた懐かしい姿が起き上がった。
「あれ、皆どうしたの?」
少しおどけてみせるトレーナーに皆が笑顔になる。
「もう一度、最期の旅をしよう」
そう言って澄んだ瞳で見つめられて、断る理由はボクらには無い。
たとえ火の中、水の中。
死出の旅路ではボクが導くよ。
トレーナーを見届けるヨノワールの話