「嵐が来ようとも側にいるよ。何にも心配いらないよ」
君がいるならすべては晴れと化す。そんな僕の彼女。
降り続く雨が公園の芝生をぐっしょり濡らしている。パーゴラの下のベンチへ向かって歩く僕のスニーカーは早々に重くなった。その足を半ば引きずるように少し傾斜のある地面を登りベンチに座ると、人の背丈くらいの木が湖を背景に佇んでいる。鳩サブレみたいな形をしていると二人で笑った木は、剪定されきれいに丸く整っていた。こんな日に公園にはなかなか来ないだろう。見渡せるだだっ広い広場に人の気配はなかった。足元でちらちらと姿を見せた雨蛙に、跳び乗らないかと手を伸ばして近づいた。すっと手に跳び乗ったカエルは、3秒もたたないうちに跳び去った。僕は手の甲に残る足の感触を忘れないように何度も頭で繰り返した。
突然チャイムが鳴って、こたつに潜り込んだ。君が恐る恐る階段をあがって、一言二言。こたつ布団1枚隔てて、体育座りでじっとしている気がする。触れられることに戸惑わなくても、覗き込み窺う少し怯えたその目は煙草に火をつける十分な理由になる。私は懐かしい曲を聞いていた。過去の自分を思い出して、色鉛筆を背の高さで並べるように。ふたりは同じ空間にいて、ささやかに笑い、一緒に眠った。朝、洗濯を頼んで家を出たけど、私の心はこたつに潜り込んだまま。
ちょっといいお菓子をひとりで食べる。イヤホンをして、静かに扉を締めて、鍵をかける。子犬のように光るスマホ。窺うような瞳で私をとらえないで、おもちゃで遊んでらっしゃい。そのまま遠くでおとなになって。
数少ない記憶を飾り付けて並べてやる。小鉢に挨拶の類。お世辞の類。お椀には打ち明けた過去。花瓶には丸みを帯びた背骨を挿してやる。メインディッシュはあの動揺した顔を。うろたえる視線を。眺めては楽しんでいる。
芸人ばかりがでているテレビを眺めながら、自分の尊厳さえ削られるような気持ちになる。毎日考え事をして何も手につかない。手に入れるまでてこでも動かない幼い日の私と何も変わらない。スマホの検索履歴を消去する日々。利用されたそうな君を利用している。まどろみのなか、君の大きな手がさほど私と変わらないと知ってしまった。私の頭を撫でるこの手がずっしりと重いから。滑らかにそのまま私の頬を撫でる。