おいおい、寝言なら寝て言えよ。
ここまで暴れ回った奴が自首するだって?
なら、共犯の俺はどうなる?
お前の自白で芋蔓式に釣り上げられて
豚箱行ってハッピーエンドってかァ?
巫山戯んなよ…!!
そんなに終わりにしてぇなら
一人寂しく地獄に落ちるんだな。
“地下室に響く銃声”
…エンドロールに載って終わりなんざ
俺は真っ平御免なんだよ。
ー 終わりにしよう ー
ねぇあたし 綺麗でしょ?
ケバさがいいでしょう?
彼女が歌う1980年代の歌謡ロックは
ピッタリと当てはまる様な内容で
心底、愉しそうに上がる口角と
声を邪魔しない軽い身振り手振りは
アイドルの愛らしい雰囲気より
歌手にも近い歌への重みを感じさせる。
「呆れる程、良く似合う曲よね」
嫌味も無く真っ直ぐ吐いた言葉に
彼女はまた一段と口角を上げて
飾りっけの無い私なんかの手を引いて
無防備にマイクを差し向けてくる。
「歌は誰にだって似合うもんよ」
あぁ、本当にやんなっちゃう
綺麗な歌声と笑顔でキメちゃって
ことも無さげにそんな事を言っちゃって
まさしく、そういうとこじゃないの?
「私、アンタが男になって
一緒にこうやって歌ったとしても
絶対に惚れない自信があるわ」
「そんなの、今更のお互い様よ」
内面は似てるのに外面は似てないなんて
皮肉のスパイスが嫌に芳ばしいもんだから
なんだか、眩暈の奥で彼女が一際眩むのよ。
ー 手を取り合って ー
人間の感情は反する物の方が距離は近い
小銭の表と裏の様に些細な事で
弾かれるが如く、なり変わってしまう。
ぱしんっ
「聞いておるのか、この戯け者!」
あぁ、いや
弾かれたのは小銭ではなく
無防備だった己の頬であったのか。
酷薄というに相応しい人相と
冗長に流れ続ける継承話は
心底、億劫でしかなく
関心が離れ久しい為にも
気付くのが遅れてしまった。
「これは、父上様に大変なご無礼を…
失礼仕りました、ご容赦下されば
これ幸いと存じまする」
不服を隠そうともしない口吻で
次は無いと言い放つ、その人
今となっては頑強さしか残らず
それが仇となり頑迷固陋な有様で
幅を利かせるだけとなった者。
「俊傑の血に連なる己が身に
恥じる事のなきよう
自己研鑽を怠るでないぞ」
確かに、鹵掠の限りを尽くし
俊傑とまで謳われる程に上り詰めた
綴れた才覚は有るのだろうが…
当時の優越感は見る影もなく
今や劣等感すら風前の灯火と相成れば
天網恢恢疎にして漏らさずとは
誠の詞なのだなと胸中でせせら笑った。
ー 優越感、劣等感 ー
「22時前には終わるよ」
了解と、そう返信して
その後に早く帰りたいと思ってもらえる様
料理の写真を送ってみせた。
けれど…本当は分かってるの。
遠く離れた君の帰る場所は
私の居る此処ではないと
それでもいつかは…
「今日の晩御飯は唐揚げだよ」
いつかは、私へ帰っておいで
それまでには、美味しい物を作れる様に
ずっと練習しておくよ。
拝啓、愛しい君へ。
ー 1件のLINE ー
重く閉じられた瞼を何とかこじ開けた先
何度か瞬きを繰り返し己の現状を確認する。
出入り口の見当たらない
無機質な硝子張りの小部屋の中
硝子の外は荒れた海を漂い
浮き沈みを繰り返していた。
賑やかな黒い波が硝子を叩き
スッパリと区切られた断面は
箱に当たる度に飛沫を高く上げて踊る。
(たしか、不思議の国のアリスでも
似た場面があったな…)
海の動きは騒がしいが
夜空は殆ど星しか見えず
たまに過ぎる灰色の雲は
無惨にも風に千切られていた。
懸命に上へ意識を向け続けていた私は
深海恐怖症の為になおも暗いであろう
下を見ない様に気を付けてはいたが
好奇心に負けてちらりと盗み見てしまった。
てらりと何かが視界の中を翻る。
その大きな体躯の片鱗に
見なければよかったと
心底後悔したが、もう遅い。
牙の生え揃った随分と物騒な口が
足下からスピードを上げて迫って来る。
硝子張りの四角い箱の中じゃ
逃げようも無いなと苦言を一つ零し
雷にも負けない鋭利な破裂音と共に
私は暗い水の中で意識を手放した。
𓂃◌𓈒𓐍𓂃 𓈒𓏸◌𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍 𓈒𓏸𓂃 𓈒𓏸◌
意識がハッと戻った時には
自室の見慣れた天井に迎えられていた。
なんとも後味の悪い目覚めだと
うなじを撫で付けながら
筆を取った、そんな朝であった。
ー 目が覚めると ー