ー 明日世界が終わるなら ー
そりゃいい、明日までは自由に生きられる
終わりが分かってんなら好きな事していいだろ?
だったら、明日を不幸だなんて思わんさ
地球てのは奇跡で成り立ってる様な星だが
如何せん、ここまで続いてくれただけで
急に途絶えたって何も可笑しかないからなぁ
完全、完璧なんてモンはこの世にゃ無くて
何事にも終わりがないってのは辛いだろ?って
単純明快、そんだけの話だ。
ー 明日世界が終わるなら ー
最初は、偶然の相席だった
この時代には珍しく喫煙席がある店で
向かい合った君と互いに被った注文は
結露すら涼し気なアイスコーヒーだった
留まりきれぬ水滴が素知らぬ顔で
指の隙間を通り過ぎる度に
無関心が過ぎたまま、席へ落ちた僕らを
風刺画の様に表している気がしてならなかった
ふと、灰皿を取ろうとした手がぶつかる
紫煙は混じり合い
珈琲に溶けたミルクの様に
視線は交差し、認識は示された
君を黙認した後、少しだけ残念に思ったんだ
もう相席の他人としては
その隣を過ぎ去れない事を。
ー 君と出逢って ー
鬼門の方角より耳鳴りは訪れる
木綿のかけ布は汚れ神棚を透かし
捲れた先では力無く千切れたしめ縄と
散らばった紙垂、両脇に座る榊の枝は
口惜しいとばかりに風に揺れて鳴る
外では何時何時と無邪気に童が唄う
鶴と亀が鳥を逃した籠を囲み
遠に小鳥は滑り落ちたというに
やや子やや子と母にもなれず
愛しげに腹を撫でるその女は
瘋癲じみた嗤い声をあげていた。
おや、しかし…
耳を澄ますと
童謡に紛れた
呱呱の声が 一つ。
ー 耳を澄ますと ー
あ、うん
あれ、これ、それ
そうだった、そうだよね
習慣に縮められた言葉のやり取り
継続してきた間柄の結果だけを出す
暗黙の了解に則って応え合わせ
何時からだったか
神社の狛犬よろしくと
阿吽の呼吸に努めたのは
否、知らず知らずに努めたのは
愛を実らせる方面にか
すとん
腑に落ちてからは、この当たり前に
若かりし頃の互いの密やかな恋心や
努力の影を垣間見る事が出来た
このぐらいは、誰でも…等と
双方のこれ迄や在り方を
容易く値踏みして良い訳はない
私達の関係は私達にしか、なし得なかった
二人だけの寄り添い方なのだから
だから、今日ぐらいは 互いの好きな酒を傾けて
この秘密が続いた事をお祝いしましょうか。
ー 二人だけの秘密 ー
醜い錆色と罵られた私を
今まさに掬おうとする手が
瞳いっぱいに映る
信じられない
信じたくない
少しの施しをして
満足感が満ちれば
月の様に背を向け、お前も消える
毛も爪もない剥き出しの皮膚に
無遠慮に牙を突き立てる
それでも
口元を濡らす血は暖かくて
自分はどれだけ凍えていたのか
その事実に打ちのめされ
傷だらけでも私を救い出そうとする
その手に抗う気はもう起きなかった
お願いだ、これ以上
優しくしないで(おいていかないで)
「貴女って暖かいのね
わたし、泣いてしまいそうよ」
垂らされた意図に上も下も無かった なんて
仏ですら知らぬ結末だろうに。
ー 優しくしないで ー