そこ

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5/2/2026, 8:38:38 AM

カラフル。カラフル。空から飴玉。
コツンコツンと音を立てて、空から飴が降ってくる。イチゴ、オレンジ、レモンにミント。ミルクにソーダに、それからグレープ。フレーバーも多種多様。色とりどり。まさしくカラフルなそれは直径2センチぐらい、ちょっと小さいまんまるキャディ。
それらは建物や地面、木の枝に触れると炭酸の空気が抜けるみたいになんの痕跡も残さずに消えてしまう。
でも、人間と傘にだけは飴のままぶつかってくる。小石が当たった程度には痛くって、おまけに糖分でベタッとする。運悪く急所にあたれば病院行きは免れない。
でもね、そんなこと大したことじゃないの。
いちばんの問題は、かわいい傘がこの世界から消えてしまったこと。
セロファンみたいに色のついた薄ーいビニール傘。そんなの飴が突き破るから危険でしょう。もっと丈夫なのを買いなさい。
レースやフリル、甘い砂糖菓子みたいな傘。そんなの布がベタベタになっちゃうでしょ。洗ったところでキリがないし。
みーんな、買う傘は一択。飴玉に負けないぐらい頑丈で、傘布は分厚くて、水をかけるだけで糖分が洗い流せるツルツルの特殊加工素材。色はだいたい黒か暗い灰色ばっかり。鮮やかな色だと飴がくっついたときに気づかないから。
どうしてこんな世の中になっちゃったんだろ。もう絶望。
教室の机に突っ伏して、嘆くわたしのつむじを誰かがぐいぐい押してくる。誰だかは分かってる。下痢になるツボだよって笑いながら教えてくれた友人に違いない。

やめてよ、ひとが絶望してる時に。
あんたの絶望なんてタカがしれてるのよ。どうせまたカワイイ傘がーって言ってんでしょ。
それだけわたしには大問題なんだよ。カワイイ服にはカワイイ傘。そう決めてるんだから。
そんなら家でさせばいいじゃん。
部屋狭いし、家でそんなことしてたらママに怒られるし。
じゃあデッカいショッピングモールん中で傘させばいいんじゃない? そんでケーキとか食べたら?
それ、すっごっくいいかも。そだよ、スイートバニラの新作ワンピ着て、傘持って、厚底バレエ履いて、ホワイトベアのぬいぐるみバッグ持って。ねえ、明日さ2人で行こっ。
やだ。行かない。
なんでー? ロリータの隣は歩きたくないの?

わざと甘ったれた声を出す。もう何度も2人で遊びに行ってるからそんなことないって知ってるけど。

建物の中で傘さしてる非常識なやつは、ちょっと。
なにそれ、ひどい。自分から言ったくせに。

思わず立ち上がって抗議すると、友人は楽しそうにケラケラ笑った。
窓には降り出した飴がぶつかって、コツンコツン音を立たてていた。

3/22/2026, 8:27:01 AM

ふたりぼっちになるために、ひとりで生まれてきたんだね。
生まれてすぐはお母さんと臍の緒でつながっているからひとりじゃないけど、そこから先は死ぬまでずっとひとりだと思っていた。
わたしたちは肉体に閉じ込められているから、雪が降ったときとも、桜の花びらをつかまえたときも、サイダーを飲んだときも、みんなおんなじことを感じているようで、実は少しずつ違うことを感じてるんだ。きっと、そう。
だから、いつも身体のどこかを冷たい風が吹き通っている気がしていた。
でも、変だね。
あなたと手をつないで、野原に寝っ転がって、空の一点を見つめてる。そうすると背中で地球が動いてるのが分かる。驚いて横を向いたら、あなたが笑っていた。
私たち、違うこと考えてるよね。でもお互いの目を見ることができるし、笑いあうことができるし、手をつないで体温を分かち合うことができる。
わたしたちきっといまふたりになってる。
ひとりがふたりに、同じところなんてきっとないけど、それでもふたりになってる。
だから、はじめてひとりになる生き物に生まれてよかったって思うんだ。

2/18/2026, 3:34:18 PM

今日にさよなら。明日はこんにちは。明後日はまたいつか会いましょうね。
じゃあ昨日は?
そういえば、そんなことがあったね。すっかり忘れてた。
指折り数えて、指切り交わして、笑いあったら約束しよう。
またね、またいつかね。かならずまた会おうね。
もう二度と会えないって分かっていたから、わざと約束したの。

2/12/2026, 11:04:38 AM

伝えたいことはなんだろう。
あのひととの思い出を指を折りながら、数えてみる。
夏の記憶。秋の記憶。冬の記憶。初めて会った春の記憶。
ぎこちない会話を繰り返していた頃はなんだか距離を感じていた。問いかけと答えがちぐはぐなような、会話に興味がないのかなと思う時もあった。
でも人気のない水族館の暗い水槽の前で、たまたまあなたと会った時、はじめて似てるのかもしれないと思った。
天井近くから揺らめいて届く照明の光、暗い波のなかを泳ぐ魚を見つめるあなたの横顔。足元の照明が細い足首を白く浮かび上がらせていた。
胸の奥に、透明な水滴が落ちた。
声をかけられなかった。目の前のひとは今自分だけの硬質な世界にいる。他者を寄せつけず、何かを問いかけている。その問いを、わたしは知らない。どれだけ親しくなっても教えてもらえない。
そう確信した。
わたしは結局あのひとに声をかけずに帰った。
親しくなってふたりででかけるようになっても、いっしょに水族館に行ったことはない。あの日見たよと伝えることもない。
ただ四季をなんどいっしょに巡っても、あの日の水槽の前で何も見ていなかったあなたに伝えたいことがあったと、思い出すことがある。
わたしがあの日に伝えたかったことはなんだろう。

1/31/2026, 8:33:15 AM

「だいきらい。2度と会いにこないで」
幼かったわたしの一言を受けて、義姉は姿を消した。
兄の葬儀の2日後のことだった。
幼いわたしは兄が病死したのは、ずっと彼女のせいだと思っていた。大好きな兄を取った彼女をうらみ、それでも優しくしてくれるから嫌いになりきれなくて、もやもやしていたものが兄の死をきっかけに表面化してしまった。
私の言葉を聞いた彼女は老婆のようにうつむき、何も言わずに去っていった。そして行方をくらましてしまった。
後悔したけれど、もう遅い。やさしかつた義姉はどこかに行ってしまった。誕生日の夜にプレゼントのお礼を伝えた電話番号にかけても、誰にもつながらない。
あれから10年。わたしは彼女に電話をかける。つながらないとわかっているのに、それでも彼女に謝りたくてコールする。
分かってる。わたしがやっていることはただの自己満足で、なんとか綺麗な結末に取り繕いたくてあがいてるに過ぎないんだと。
それでも義姉の教えてくれた言葉が背中を押す。
わたしたちの体を作る構成分子は星屑なんだと。右腕と左腕は宇宙のどこかから訪れた違う星屑のカケラなんだと。
もしかしたら、そう、本当にもしかしたらわたしの左腕と義姉の右腕は同じ分子で出来ていて、それを伝って声が届くかもしれない。
私の祈りは星屑を通して時を越え、願い奇跡にたどり着くかもしれない。
長いコール音の後、誰かが優しい声で応答してくれた。あの時の義姉の声だった。

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