『ハッピーエンド』
※前回の話の続きです
ここ最近何者かの気配を感じますわ。
例えば街を歩いている時、
婚約者であるジーク様と会話してる時など、
特に鋭い視線を向けられている気がします。
「主……つけられています」
「セバスチャン、あなたも気付いていらしたのね」
いい機会です。
そろそろ決着を付けねばなりませんね。
「セバスチャン、私をコソコソと付け狙う
不届き者を引っ捕らえてきなさい!」
「御意」
数分後─────
「やめて!はなしてっ!」
鈴を転がしたような声が聞こえてきた。
セバスチャンが手首を縛り上げて
捕らえてきた人物は金色の髪と青い瞳を
持つ美しい女性だった。
この顔、どこかで見覚えがありますわ。
女性は私を見るや否や、キッと睨みつけてきた。
「この泥棒猫!」
なんと!私、生まれてこの方、そんな台詞を
吐かれるとは夢にも思いませんでしたわ。
「お兄様をかえせ!」
お兄様ですって……?
「ジークリンデ!」
ジーク様が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「一体何をしているんだ!」
「お兄様!」
どうやら私をずっと付け狙っていたストーカーの
正体は、婚約者であるジーク様の妹君でした。
拘束を解かれたジークリンデ嬢は、
実の兄に叱られてぽろぽろと涙を零す。
「だって、お兄様……酷いです。あんまりです!
わたくしというものがありながら、
他の方とご婚約なされるなんて!」
「俺も当主なのだから、
そろそろ身を固めねばならないんだ」
「わたくしでは駄目なのですか?!」
「お前とは兄妹だ」
「兄妹ならば、この想いは一生叶わないというの
ですか?兄を愛してまったこの罪深きわたくしを
神はお許しにならないというのなら、
今ここで死んでやる!!」
ジークリンデ嬢はドレスの下から短剣を取り出し、
自身の喉元に切っ先を向けた。
「やめろ!」
ジーク様が咄嗟にジークリンデ嬢を取り押さえる。
「離してください!この先お兄様と一生添い遂げられ
ないのら、わたくし生きていても意味がない!」
「俺が一番愛しているのはお前だ!!」
「えっ?」
「ようやく気がついたよ。俺はお前を失ったら
生きてはいけない。他の者になんと思われようが
構わない。結婚しよう、ジークリンデ」
「お兄様!」
「ジークリンデ!」
二人は熱い抱擁を交わした。
その様子を傍から眺める悪役令嬢とセバスチャン。
(何なんですの、これ……)
妹を腕に抱き締めながら、
ジーク様がこちらを申し訳なさそうに見つめた。
「すまない。君のことは好ましく思っていたのだが、
わたしは真実の愛を見つけてしまった。
どうか、この婚約を解消させてはくれないか」
「あ、はい。どうぞ、お幸せに……」
こうして悪役令嬢は婚約者である公爵に
婚約破棄を突きつけられたのであった。
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「ねえ、セバスチャン。
あのお二人はあれでよかったのかしら」
「本人たちが幸せならそれでいいと思います」
そういうものなのかしら。
悪役令嬢は無理やり己を納得させ、
セバスチャンと共に、その場を後にした。
『見つめられると』
~前回までのあらすじ~
お父様に頼まれて、王族に代々受け継がれる伝説の剣
の在処を探すことになった悪役令嬢。
どうやら彼女の婚約者である
公爵が何か知ってそうだ。
ここはアンティークの小物が立ち並ぶ雑貨屋さん。
白い陶器の体に青い宝石の瞳がはめ込まれた猫を
見つめていると、公爵が横から話しかけてきた。
「妹もこういったものが好きなんだ」
「まあ、妹さんがいらっしゃるのですか?」
「ああ。早くに両親を亡くしてね、
甘やかして育てたせいかいつまでもたっても
兄離れできないやつなんだ」
そう語る公爵はとても穏やかな表情をしていた。
街を一通り巡った後、疲れたから静かな場所で
休みたいと口にすれば、親切な公爵はその願いを
受け入れてくれた。
(さあ、ここからが本番ですわ。)
二人きりになれる僅かな時間を見計らい、
悪役令嬢は公爵に語りかける。
「ジーク様、私の目を見てください」
「……ああ」
「前回のお話の続きですが、
その剣は王族の誰かが所持しているのですか?」
「ああ」
「それは第一王子ですか?」
「いいや」
「では第二王子?」
「いいや」
悪役令嬢は現在ご存命中の王族たちの名前を
挙げていきましたが、
どれも首を横に振られる結果となってしまいました。
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説明しよう!
実は悪役令嬢には『目を合わせたものを操る』
能力が搭載されているのだ。
悪役令嬢に相応しいチート能力だとお思いでしょう?
ですがこれを発動させるには、
いくつかの条件が必要なのですわ。
1.相手と3秒以上目を合わせないといけない。
2.相手の名前を呼ばなければならない。
つまり名前を知っておく必要がある。
3.相手は「はい」か「いいえ」
つまり「肯定」か「否定」でしか答えられない。
4.術が効かない相手も存在する。
例えば悪役令嬢が心の奥底で
恐れる相手には通用しない。
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「君に見つめられると、
熱に浮かされた様な気分になるんだ」
公爵が心ここに在らずといった様子でそう呟いた。
「頭がぼーっとして、これが恋というものなのかな」
「おほほほ!ジーク様。それは疲れていらっしゃる
のですわ。私との時間を設けて頂けるのは
大変喜ばしい事ですが、
しっかり休息も取られてくださいね」
一歩ずつ、着実に、確信へと辿り着いていますわ。
お父様、待っていてください。
必ずや、この悪役令嬢が剣の在り処を
見つけてみせますから!
ぞわっ
悪役令嬢が街を歩いていると
突然、背筋に寒気が走った。
最近、何者かに見つめられている気配がしますわ。
もしや刺客?!それとも私のファン?
……まあ、いいです。どんな相手が来ようとも、
この悪役令嬢が蹴散らしてやりますわ。
『ないものねだり』
乾いた風に吹かれて落ち葉がパラパラと音をたてる。
街灯が灯りはじめた通りを早足で過ぎ去る青年。
ふと何処からか美味しそうな匂いが
漂ってきて青年の鼻をかすめた。
皮をパリパリに焼いた鶏に
野菜を煮込み塩胡椒で味付けしたスープ
そんな食卓を想像をして腹の虫が鳴った。
この通りにあるレンガ造りの家からくるものだ。
家の窓からは暖かなオレンジ色の光が漏れ出ていた。
背後から蹄の音が近付いてくる。
ブルーム型の箱馬車が家の玄関前でとまり、
中から大柄の男性と子どもたちが降りてきた。
恰幅のいい主人は肩に小さな子どもを乗せて歩き、
それを玄関の階段上から母親らしき女性が
微笑ましそうに見つめている。
「もうすぐ夕飯の支度ができますからね」
その光景に魅入っていた青年は腕に抱えた紙袋から
林檎が一つ零れ落ちた事に気が付かなかった。
大家族の子どもの一人が青年の所に駆け寄ってきて、
足元に落ちた林檎を拾い上げてから青年に差し出す。
「おにいちゃん、おとしたよ」
林檎のように赤く染まった血色の良い顔と
無垢な瞳が青年を見上げた。
「あ、ああ……すまない」
少年は林檎を手渡した後、
父親に呼ばれてすぐさま戻った。
一部始終を見ていた父親は、その大きな手で
少年の頭をわしわしと撫でる。
「……」
悪意が渦巻く環境にいれば、あのような他人を
微塵も疑わない瞳も親切な振る舞いもできない。
あの子どもはきっと、優しい言葉と温かな
触れ合いの中で大切に育てられてきたのだろう。
家族
俺たちのような人か獣か、あるいはどちらでもない
種族には無縁のものだ。
青年は込み上げてきた虚しさをごまかすように
胸を強く握りしめた。
『好きじゃないのに』
先日、婚約者様にお会いしてきましたわ。
ただの婚約ではありません。これは任務。
お父様からとある情報を盗み出してきて
ほしいとの命を仰せつかったのですわ
「好きじゃないのに婚約するの?」ですって?
貴族の間ではよくある事です。
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「お初にお目にかかります。ジークムント公爵」
悪役令嬢は片足を後ろに引き膝を曲げて挨拶した。
「そんなにかしこまらないでくれ。
僕のことはどうかジークと呼んで欲しい」
「かしこまりましたわ、ジーク様」
「君のことはなんて呼べばいいかな」
「好きに呼んでくださいまし。
まあ世間では、私の事を
『悪役令嬢』と呼ぶ者が多いみたいですけど」
「へえ、面白いあだ名だね」
それからジーク様と色々お話してきました。
彼は朗らかな性格の良い方でしたわ。
さりげない気配りができて、女性の扱いにも
長けているなかなかのやり手ですわね。
そうこうしてる間にお別れの時間がやってきた。
「ジーク様、少しの間二人きりでお話したいです」
公爵の手を握り彼を見上げる悪役令嬢。
「すまない。席を外してくれないか」
私の願いに折れたのか、公爵は部下に命令した。
部屋に二人きりとなった公爵と悪役令嬢。
「話したい事とはなんだい?」
「私の目を見てください、ジーク様」
公爵の青い瞳の中に私の赤い瞳がうつる。
「公爵、これからいくつか質問させていただきます」
「ああ」
「王家には代々受け継がれる剣があると聞きました。
その存在はご存知ですか」
「ああ、もちろん」
「その剣の在り処は王族の血が流れる者にしか
わからないとか。あなたは知っていますか」
「ああ」
「それは王城の中にありますか」
「いいや」
「ではこの国のどこかに隠されている?」
「ああ」
「それは…」
コン、コン、コン、コン。
「閣下、そろそろお時間です」
扉の外から公爵の部下の声がした。
(今日はこのくらいですわね)
洗脳を解くと公爵は先程の溌剌とした顔に戻った。
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こんなやり方で情報を盗もうだなんて卑怯だと?
ええ、私もあまり好きじゃないです。
ですが、卑怯な手を使ってこその悪役令嬢。
これから長い戦いになりそうですわね。
『ところにより雨』
少年と少女は幼なじみだ。
親同士が仲良しで、幼い頃からよく一緒にいた。
森の中で遊んでいると急に雨が降り始めたので
二人は近くの洞窟で雨宿りをすることにした。
少女は持っていたハンカチで少年の濡れた
黒髪や頬を拭いてあげる。
「ぼくはだいじょうぶですから」
「だめです!かぜをひきますわよ」
バラ、バラ、バラ。雨足が強くなった。
少年は魔法で編み出した火を使い焚き火を
焚こうとしたが、傍にあるのはどれも湿った
木の枝ばかりでなかなか上手くいかない。
くしゅん
くしゃみをする少女を少年が心配そうに見つめる。
「さむいですか」
「このくらいへっちゃらですわ」
少女は強がってみせたが、唇は紫色に染まり、
カタカタと震える体を両腕で抱きしめていた。
「ふくぬいでください」
「どうしてですか」
「ぬれたふくをきてると、たいおんをうばわれます」
衣服を脱いでそっと寄り添う二人。
「さむくないですか」
「ええ、もうへいきです」
お互いの鼓動の音がきこえてくる。
湿り気を帯びた肌がぴたりと触れ合う感触が心地よい。
それから暫くの間、二人とも何も言わなかった。
落ち葉を雨が打つ音や近くで流れる川の瀬音を
ただ静かに聞いていた。