『お気に入り』
今日は我が領地である農村に来ております。
庶民たちがどのように暮らしているのか
知っておく事も大切でしょう?
例えば住むのが難しいほど
古びた家屋が建ち並んでいるのであれば
改修工事を行わなくてはなりませんし、
病気や怪我で働けない者がいたら
彼らの援助をしなければなりません。
それが貴族の務めだからです。
道なりを歩いていると小屋の前に
何やら人だかりができています。
そこには村の子供たちと
彼らに囲まれる魔術師がおりました。
「魔術師さま、魔法見せてくれよ!」
魔術師が杖を振ると透明な蝶々が飛び出してきて、
子どもたちの周りを舞い始めました。
それは水で作られた蝶でした。
触れようとすると蝶は弾け、
小さな虹が出来上がります。
それを見て嬉しそうにはしゃぐ子どもたち。
私はその様子を木陰からひっそりと眺めていました。
「さあ、今日はこれでおしまい」
また来てね-!と言う子どもたちと
手を振りながら彼らを見送る魔術師。
子どもたちが去ったところを見計らって、
私は魔術師に話しかけました。
「あなたが子ども好きだなんて知りませんでしたわ」
物陰から突如かけられた声に驚きもせず、
魔術師はこちらへと振り向き、にこりと微笑みます。
「子どもたちの笑顔は宝ですから」
その表情は大人相手に怪しげな魔法や道具を売り捌いている時の不敵な笑みではなく穏やかなものでした。
「そう…あなたのお気に入りと言っていいのかしら」
「そうですね。ですが、一番のお気に入りは…」
いつの間にか魔術師は顔が触れるほど
近くに来ていました。
間近で紫色の瞳と目が合いゴクリと喉を鳴らします。
「お嬢様をからかう事です」
…ん?何かが胸元でガサゴソと蠢いています。
恐る恐る目線を下げると、
思わず飛び上がりそうになりました。
ね、ね、ねずみ?!いえ、これはハムスター?
服の間からひょっこりと顔を覗かせるふわふわの
小さな生き物に私は唖然としました。
どうしてこんなところにハムスターが?!
さてはあなたの仕業ですわね魔術師。
成敗してやりますわ!こら待ちなさい!!
『誰よりも』
皆さま今日も一日お疲れ様ですわ。
突然ですが、皆さまは「どすこい!ナスビくん」という作品をご存知かしら?月刊ゴロゴロコミックに連載されている超人気漫画ですわ。私もご愛読しております。
この作品には個性豊かな野菜がたくさん登場します。
今回は人気キャラの一人である
玉ねぎについてお話したいと思います。
玉ねぎは主人公ナスビくんの先輩で、彼が落ち込んでいる時やピンチの時に颯爽と駆けつけて助けてくれるイケメンベジタブルですわ。
「涙拭けよ」
「きつね色になるまで焦がしてくれよ」
彼のイカした台詞に落とされた読者も少なくないでしょう。
敵のイッヌ幹部やネッコ部長も倒してしまうほど
強くて、誰よりも頼もしかった玉ねぎ先輩が
まさか今週号で人間に食べられてしまうとは
夢にも思いませんでした。
私は今、大好きな紅茶が喉を通らないほど
落ち込んでおります。
私が胸を痛めているのは玉ねぎ先輩が
死んでしまった事だけではありません。
それは玉ねぎ先輩の最期の台詞にあります。
「みじん切りだけはやめてくれ。
せめてスライスしてくれ」
あの逞しかった玉ねぎ先輩が、こんな情けない言葉を
吐きながら散ってゆくとは、解釈違いですわ。
玉ねぎ先輩は決してこの様な事は言いません。
これは出版社と作者さまに物申すしか
ありませんわね。
だって私はこの作品を誰よりも愛しており、誰よりも理解しているのですから。ええ、作者さまよりも!
あら、セバスチャン。
何か言いたげなご様子ですわね?
ほほほ!私は止められませんわよ?
『この場所で』
今日はお城で舞踏会が行われております。
ただの舞踏会ではありません。
そう、ここは戦場。
王子の未来の花嫁候補を決める
女たちの戦いの場ですわ。
本日はいつも以上に気合いを入れてきました。
悪役令嬢パワーで王子を必ずこの手に落としてみせますわよ。おーほっほっほ!
ん、何やら周りが騒がしいですわね?
皆の視線の先を見てみると、遅れてやってきたのか
扉の前に何とも美しい娘が立っておりました。
雪のように白い肌と薔薇色の頬
愛らしい唇と宝石のような青い目
その瞳と同じ色のドレス
私は目を見開きました。
それは街で仲良くなった彼女だったのです。
どうしてこの場所に?!
私が見てきた彼女は村娘のような
質素でみすぼらしい出で立ちをしていました。
ところが今はどうでしょう?
絵本から飛び出してきた姫のように可憐な姿で
周囲の人々を魅了しているではありませんか!
王子は他のレディたちには目もくれずに、
一目散に彼女のところへ行きその手を取りました。
二人が並び立った時のオーラは周りの人々を
脇役に変えてしまうほどのものです。
私はその時ようやく気が付いたのです。
彼女が「メインヒロイン」なのだと。
『誰もがみんな』
誰もがみんな特別な存在になりたい
私はそうですわ
主人公が無双してモテモテになるお話は
昔から大人気でしょう?
みんな主人公に自分を重ねて気持ちよくなってますの
私もそうですわ
けれど現実は物語のように上手くはいかないものです
認められたい愛されたいと願って
自分を大きく見せたり相手を貶めたり嫉妬したり
雁字搦めになるばかりですわ
どうすれば愛されるようになるか調べてみたら
相手を特別扱いしてあげることが大切だと
そう本に書かれていました
私はどうかしら?
自分のことばかり気にして周りのものたちの尊さに
気付かぬまま過ごしているのではないかしら
もしこのまま無碍に扱えば
私は台本通り今までのツケが回ってきて
没落の道を辿る事となるでしょうね
人でも植物でも猫でも絵でも何でもいいです
慈しみ感謝し大切にする心を忘れずにいたいですわね
悪役令嬢にそんなものは似合わない?
確かにそうですわね
やっぱり今の発言はなかったことにします!
『花束』
今日は親しき友人たちに花束を贈る日だそうです。
ええ、私が勝手に決めました。
いつもお世話になっているセバスチャンには、
カモミールの花束を贈ることにしました。
花束を受け取ったセバスチャンは
その場に固まってしまいました。
「あ、いえ…このようなものをいただいたのは
初めてで、その、ありがとうございます」
戸惑っている様子でしたが嫌がる素振りは
見せなかったので、私はホッとしました。
クンクンと花束の匂いを嗅ぐ姿に笑みがこぼれます。
魔術師にはライラックの花束を贈りました。
「ありがとうございます。私もお嬢様へ日頃の感謝として、花束を用意したのでどうぞ受け取ってくださいませ」
そう言って黒薔薇の花束を差し出す魔術師。
「まあ、おかしな魔法でもかけられて
いないでしょうね?」
「安心してください。私の想いしか込められて
いませんから」
青い目を持つレディには、
勿忘草と白百合の花束を贈りました。
花束を受け取った彼女は私に抱きついてきました。
いきなり飛びかかってくるとはなんてはしたない子!
彼女は花が綻ぶような笑顔で言いました。
「大好きよ!」
私の完全なる自己満足のために作った記念日ですが、
皆様に喜んでいただけたのならなりよりですわ。
おーほっほっほ!