部屋の前に、大きなイチョウの木がある。
段々と色付いていくそれは、目にも鮮やかな紅葉を見せてくれる。
毎年それを写真に納めるのが、私のひそかな楽しみだ。
陽の光りを受けてたくましく黄色を放つその姿から、
私は何だかいつも活力のようなものを貰っている気がする。
けれど、それを堪能出来るのはほんの限られた時間だけで。
気付けば少しずつはらはらと葉を落として、
枯れ木へと変わっていくのだ。
そうやって、窓の外から、真正面から、
ひっそりと秋の終わりを告げられる。
もう窓の外をのぞいても、
あのきれいな黄色はそこにいなくなってしまう。
どうしても、それに寂しさを感じてしまうけれど。
何かの終わりは、きっと何かの始まりでもあると、そう信じて。
今年もまた、冬がやってくる。
その人がどの立場にたって、どんな目でそれを見るかによって
物事なんて容易く揺れ動いてしまうものだから。
だから、この世に絶対的な正しさや美しさ、不変なるもの、
混じり気がないものなんて無いと思うけれど。
それでも、絶対的に信じたくなってしまうもの、
心の底から信じてしまうもの、
絶対に失くさないよう、大切に抱え込もうとしてしまうもの。
それが私にとっての真実なのかもしれない。
本当に自分がおわっちゃいそうになったとき、
スマホをつけて、カメラロールをひたすらスクロールしてる。
まだ大丈夫、まだ大丈夫、
わたしは一人じゃないんだって言い聞かせながら。
力を込めて
大丈夫、大丈夫!
あとはこれまでの頑張りを発揮するだけだよ。
そう言葉をかけてもあなたは下を向いたまま。
いつもより倍の時間をかけて、靴紐を結んでいる。
この扉を開けたら、玄関を跨いだら。
また新しい一日が動き出す。
それが今日はほんの少し特別な意味を持っていて、それがあなたの体に重くのしかかっているみたい。
丸くなった背中をじっと見つめながら、私は昨日までのあなたの姿を思い出す。
家に帰ってきてからも机にかじりついて、遅くまでデスクランプを照らしていたこと。
休憩したらと声をかけても、生返事しか返さないで、納得いくまでそれに向き合い続けたこと。
時にはままならない現実に、一人で涙していたこと。
全部全部、あなたの力だ。
私はすうっと息を吸い込んで、それからゆっくりと右手を掲げる。
そして、
「いった! え、え!?」
もう私が出来るのは、ここまで。
これがどれだけのものになるかわからないけど、
とにかく、今持てる私の全てを注ぎ込んだ。
まだびっくりした顔をしてるあなたに、私はニカッと笑顔を向ける。
そしてもう一度、今度はそっとその背中に手を添えてから、
両手をぐっと押し付けた。
力いっぱいの、祈りを込めて。
最近気付いたこと。
それは、過去に起こった「事実」は変えられないけど、その事実に対する「見方」は変えられるということ。
どうしようもない悲しみに浸ったままの過去も、
お腹の底が熱くなるような、怒りに満ちた記憶も、
頭を抱えてしまいそうになるあの日々も。
もちろん全部がきれいにとはいかないだろうけど
それでも、苦笑いを浮かべながらでも。
一つずつまたかき集めて、もう一度まっさらな目で見つめてみたい。
『過ぎた日を思う』