「月夜」
「今日は先輩に会えなかったなぁ」
放課後、二階にある教室で下校する生徒達を見ながら深いため息をついていた。
昼過ぎまで雨が降っていたせいで昼休みに先輩は屋上にいなかった。雨の日は教室にいることが先輩は多い。
「はぁ、こんなに辛いんだ…」
部活に行く準備を始めようとしたとき生徒玄関から出てくる見慣れた後ろ姿が見えた。
鼓動が早くなるのを感じる。居ても立っても居られず声を出す。
「せんぱーい」
歩く足を止めチラッと後ろを振り向く先輩。どこから声がしてるのか分からなかったのか先輩は校門の方へ再び歩き出す。
私は友達に今日は部活を休むと伝え、急いで校門へと向かう。
「先輩だ、先輩だ」
私は自分の知る限り最短ルートで階段を駆け下りていく。
生徒玄関を通り過ぎ目当ての背中が大きくなってくる。
走っているせいもあるがもう自分の鼓動がやばいことになっているのが分かる。
私は私らしく元気よく後ろからおもいっきり抱きついた。
「先輩っ」
「うお」
不意打ちをくらった先輩の身体はビクッと反応した。
「先輩無視はだめですよ無視は!」
「なんだお前か」
「無視ってなんだ?」
「さっき私先輩のこと呼んだじゃないですか!私の声って分かったから振り向いたんでしょ?」
「聞き間違いかと思ったんだよ…」
「ふ~ん、そういうことにしといてあげます」
突然の出来事に下校途中の生徒達から注目を集めてしまっている。
でも私にはそんなこと関係ない。
私は抱きついた先輩の背中をさらに強く抱きしめる。
「てか恥ずかしいから離れろ!何これ公開処刑?!」
「先輩が無視したからです。変わりにお願い聞いてくれるなら離してあげます」
「お願い聞くから離してくれ、ほんと恥ずかしいから」
「言いましたね先輩!」
私は先輩から離れ前にまわって今できる一番の笑顔を先輩に向ける。
「今日は一緒に帰りましょ」
「ん、それがお願い?てっきりなんか奢れとか言われるかと思ってた」
「先輩私の事何だと思ってるんですか」
家に帰り自分の部屋で夜空を見ていた。
つい最近何かで見たのだが月は毎年少しずつ地球から遠ざかっているらしい。長い年月をかけて…
私は離れるわけにはいかない。今の先輩との距離は心地良い。
でも年月をかけすぎたら…
だから私は決めたんだ!歩き出そうって。
私は自分の想いを改めて実感しながら…
「絆」
今日の昼休みも私の横には先輩がいる。
学年が違う私にとって唯一先輩と一緒にいられる時間だ。
とても心地良い空間、私が素直でいられる空間。
最初は私が来るたびに怪訝そうな顔をしていた先輩も、
今では私の分のジュースを準備してくれている。
素っ気ない態度は相変わらずだけどそれがとても嬉しい。
「ありがとうございます」
「おう」
「でもなんで先輩私の好み知ってるんですか?もしかして私のことつけてます?ストーカーですか?」
「ストーカーって言うならお前だろ。ここバレちゃったし」
「前にお前が自販機で買ってるの見かけたんだよ。それだけだ」
「冗談ですよ先輩」
ちょっと不機嫌そうな先輩に私はいつものように肩に寄りかかる。
先輩は何も言わず肩を貸してくれる。
「ちょっとずつだけど思いは届いてるのかな」
「なんか言ったか」
「なんでもありません。ズルい先輩には内緒です」
「そうかよ。早く寝ろ」
「変なことしないでくださいよ!」
「しねーよ」
私は先輩との距離に嬉しさを感じながら明日も屋上に向かうのだ。
「たまには」
「おい、起きろ!おい」
「そろそろ教室戻るぞ、ってかヨダレ」
どんだけ気ー許してだこいつ。まったく、勘違いするからやめて欲しい。
「先輩、私のヨダレ見て変な妄想膨らませて変なことしようとしませんでした?!」
「どっちもしてないししようともしてないから安心しろ」
耳まで真っ赤にして…そもそも何しに来たんだこいつ。しかもちょっと不満そうだし。
「ほら、むくれてないで行くぞ」
頭を2、3度撫でてやり立ち上がろうとする
「先輩、ホントずるいです」
「ああ、そうかよ」
そっけない俺の態度に少し呆れたのか
「ほら、先輩行きますよ」
口調はやや棘があったが立ち上がる彼女を見上げると、満面の笑みで俺の手をとる彼女がそこにいた。
…こんな日があってもいいかと心のなかで呟いていた。
「大好きな君へ」
「ねぇ先輩、隣座ってもいいですか?」
先輩はいつも昼休みになると教室からいなくなることを私は知っている。
こっそり後をつけてようやく行き先を突き止めた。
そこは学校の屋上。普段生徒は立ち入らない。うちの学校は中庭が充実しており、主だった生徒はそこで昼食をとっている。
「なんだ、お前か」
「って俺の許可求めたくせにもう座ってるし」
先輩は呆れた顔をしながらも仕方ないといった様子で少し私から遠ざかった。
「ホントは嬉しいくせに」
「何か言ったか」
私は先輩の肩に寄りかかって目を閉じた。
「寝るのかよ」
…先輩は私の気持ち気付いてるのかな
…それとも気付かないフリしてるのかな
…暫くはこのまま…この時間を大切にしよう
「ひなまつり」
たった一人の自分
失うものがあるかもしれない
今よりもっと困難かもしれない
けれど時を動かす術は行動を起こしたときだけなのだから
だから歩き出そう
小さなその身体で守ってもらえたことに感謝して