入野 燕

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3/24/2023, 2:15:59 PM

ところにより雨


「ヘイsiri。今日の天気は?」
『今日の天気は晴れのちところにより雨予報。大粒の雨が降ると予想されます。傘を用意するといいでしょう』
「え〜、今日雨降るの? 卒業式なのに…」
ついに卒業式の日が来てしまった。悲しさと、新しい未来への期待と、緊張と、いろいろな気持ちがずっと私の心の中で暴れていた。
それに…今日は私の中で決戦の日でもあった。
今日私は彼に、京介君に告白するんだから。気合を入れなきゃ。
パンパンと二回気合を入れるために頬を叩く。そして指で頬を持ち上げ笑ってみる。
笑おう。お母さんだって言ってたじゃん。ちえの千笑は笑顔が絶えない子に育つようにつけたって。
笑わなきゃ、いい結果も逃げちゃうよね。
「ちえー? もう起きてるの? 早く下降りてきなさーい」
「はーい」
腹が減っては戦は出来ぬ、だよね! 早く下に行かなくちゃ!

自分の部屋がある二階から一階に降りて、テレビを見ながら朝ごはんを食べていると今日の天気予報が始まった。
『続いて、天気予報のお時間です』
『今日は全国どこの地域も一日を通して晴れ晴れしい青空が広がるでしょう』
『そうですか。この時期は卒業式シーズンですよね。桜も満開といった様子ですし、よい卒業日和ですね』
『そうですね〜。それでは…』
あれ? 今日って雨が降るんじゃないの?
「お母さん、今日って雨降らないの?」
「降らないも何も、一昨日ぐらいから今日はずっと快晴の予定でしょ。千笑が私に言ってきたんじゃない。卒業式の日が晴れで良かった、って」
お母さんが訝しげにこちらを見ていた。
「そうだっけ?  まあいっか。あ、もうこんな時間じゃん!…ごちそうさま! じゃあお母さん、先に行ってるから!」
「はいはい、気をつけてね」
カバンを持って玄関へ向かう。
…傘はいいかな。お母さんも、テレビもああ言ってたしね。今回はsiriが外れたってことで。
「いってきまーす!」
私は勢いよく家を出た。この先への不安を飛ばすかのように。
それは天気予報の通り、晴れ晴れしい、人生の門出にふさわしい晴天だった。



「卒業なんて寂しいよ〜。このまま離れたくない〜!」
「大丈夫だよ、私達ズッ友でしょ? すぐに会えるって」
「そうだよ。てか、すでにウチら遊ぶ予定あるしね」
「そうなんだけど…」
卒業式が終わった後、一度クラスに戻り最後のHRをしている。私のそばにはいつも一緒にいた友人がいた。でも私には彼女たちを気にしている余裕なんてこれぽっちもなかった。
…正直緊張でどうにかなりそうだ。何か別のことを考えようとしても、すぐに京介君が私の頭にうかんでくる。
もし、告白してOkを貰えたらどうしよう…。いや、そもそも付き合えると決まったわけでもないのにこんなこと考えても…。でもでも、最近結構ふたりきりになることも多かったし、結構良い雰囲気になることもあったはず…だし。どうしよう、もし付き合えたら…。ショッピングモールに行ったり、遊園地に行ったり、せっかく桜が咲いているんだからお花見もいいよね。
「先生は、ぜんぜいばぁ、お前らとぉ、このいぢね゛ん゛をずごずごどがでぎでぇ、ぼんどうに幸ぜだっだぞぉ!」
…何?
「ちょ、原ちゃん泣きすぎ」
「そうだよ〜。いい大人が情けないぞ〜」
なんだ原Tか。相変わらずだなぁ。
「てか、さっきから千笑ピめっちゃ静かじゃね? だいじょぶそ?」
「え…? あ、うん。だいじょぶだいじょぶ」
「どこがよ。めっちゃしおらしいじゃん。もしかしてぇ、千笑ピも悲しい系!? うっそ意外なんっですけどぉ」
どうやら私が京介くんのことを考えている様子を悲しんでいると勘違いされたらしい。
「違う違う、千笑は緊張してんだよぉ」
「そうそう、だって今日は千笑ちゃの愛しの京介君に告白する日じゃん?」
バッチリバレてたみたいだ。…ちょっと恥ずかしい。
「やだぁ、そういうことぉ? もー、千笑たよ可愛すぎぃ」
ついにはさっきまで咲いていた香奈恵も私にヤジを飛ばすようになった。
無意識にちらりと京介君の方を見る。
…! 京介君と目があった。うそ、こっち見て微笑んでる! しかも小さく手まで振って…!
私も軽く微笑んで京介君に手を振り返す。
「ちょっとぉ、誰に手なんか振ってんのよぉ?」
「青春だねぇ」
「もう、さっきからうるさいよ!」
「あははは」
テレビの天気予報通り、天気は晴れ晴れしい晴天のままだった。

最後のHRが終わり、みんなで校庭へ出た。皆各々写真を撮ったり、友達や想い人との別れを惜しんだりと様々だ。
人もまちまちになった頃、
「さあ、可愛いかわいい恋する千笑ちゃんのために一肌脱ぎますかね」
「そうだね〜」
「さ、行くよ」
彼女たちはそれだけいうと、京介君のグループの方に行って京介くん以外の男子達とともにどこかへと行った。きっと私のために一足先に打ち上げの会場に行ってくれたのだろう。
私は本当にいい友達に出会えたみたい。
京介君は今丁度グループから抜けていた。忘れ物を取りに行っていたらしい。
私は彼が帰って来るまでに、自分の身だしなみを簡単にチェックする。
髪型は? 前髪は崩れてないよね? 制服も、おかしなところはない、よね?
スカートは…どうしよう。もう一個だけ折っとく? …よし、これで準備万端!
「…あれ、あいつらどこいったんだ?」
京介くんが戻ってきた。
「京介君」
「ああ、千笑。ちょうどよかった、あいつらどこに行ったかわかる? てか香奈恵たちもいねぇじゃん」
「あ、みんななら先に打ち上げの会場に向かったみたい」
「え、そうなの? まじかよ…。まあいいか、千笑も打ち上げ参加するだろ? なら一緒に行こうぜ」
そういって私の前に行こうとする彼を私は急いで呼び止める。
「待って! 京介君。…話があるの」
私がそう言うと彼はこちらに振り向いた。
「そうなの? 話って?」
「えっとね…」
ここに来て急に緊張がぶり返してきてしまった。
落ち着いて、深呼吸、深呼吸。
スー、ハーと小さく深呼吸をして、京介君の顔を見る。
「京介君。私ね、あなたのことが好き。私と付き合ってくれませんか?」
…言ってしまった。ついに、言ってしまった。
言い終わったあと、すぐに下を向いてしまった。恥ずかしくて彼の顔を見ることが出来ない。
「…」
ちょっとの間、沈黙が続く。
「千笑…」
突然名前を呼ばれ、反射的に顔を上げた。その時に見えた彼の顔は悲しさでいっぱいだった。
「…ごめん」
「…え?」
「ごめん千笑。俺、お前とは付き合えない」
頭にものすごく大きな衝撃が走った。鈍器で殴られたような、はたまた稲妻で打たれたかのような、わからないけれど、ひたすらに大きくてものすごい衝撃だった。
「そっか。ごめんね、迷惑だったよね。ごめん」
「いや、こっちこそ…。なんていうか、その、…ごめん」
「ううん。大丈夫」
涙が出そうだ。でも、どうしても彼の前では泣きたくはなかった。
「私、あとから行くからさ、先に打ち上げに行っててよ」
最後の力を振り絞って彼にそういう。
「うん、…わかった。それじゃあ、また後で」
もう、私は彼の顔を見ることは出来なかった。
彼が見えなくなった瞬間、涙が枷が外れたようにボロボロと出てきた。
「ふっ…うっ…」
ああ、さっきまでうかれていた私がバカみたいだ。何が付き合えたらよ、何がいい雰囲気だったよ、なにひとつ良いものなんてなかったよ。
ああ、こんな時での雲ひとつなく晴れている空を恨む。八つ当たりだと心ではわかっているけど、そんなことでもしないと私の心のダムが崩壊してしまう。
ああ、なんでこんなに晴れてるの? こんな時に限って…。私が悲しんでるんだから雨でも降りなさいよ。
…雨?
「…siri、今日天気は?」
気がついたら、私はスマホを取り出してsiriに話しかけていた。
siriはいつもどおりの無機質な感情のない声で答えた。
『今日の天気は晴れののちところにより雨予報。大粒の雨が降ると予想されます。傘を用意するといいでしょう』
はは、晴れのちところにより雨って…
「予報当たっちゃったじゃん。傘なんて、用意してないよ…」
雨はまだ止まない。止む兆しすらない。
「あ、そうだ…。香奈恵たちに連絡、しないと」
でも、あんまり乗り気じゃないな正直。…連絡ぐらいはしないとダメ、か。
震える手を頑張って制してメッセージを打つ。
『雨が止まないのでいけません』
それだけ打って送信する。

雨は、まだ止まない。

3/23/2023, 3:38:49 PM

特別な存在


リナちゃん。私のリナちゃん。私の、私だけのお友達。とっても、とぉっても大切な私の特別な存在。
なのに…、どうして私をそんな目で見つめるの? やめてよ、どうして? どうして私をそんな目で見るの。
私、どこかおかしい? そんなことない、よね? だって私はただ彼女が好きなだけなの。

私はただ、なんでも話せるお友達がほしかっただけなのに。一緒にいてくれるお友達がほしかっただけなのに。


「おはよう、リナちゃん。今日もいい朝だね」
今日もカーテンを開けて、陽の光を浴びながら私のリナちゃんに朝の挨拶をする。そしてぎゅっと抱きしめる。
これが欠かせない私のルーティーン。彼女に挨拶しないと私の一日は始まらないの。
「…」
だけど、今日も相変わらず彼女からのお返事はなかった。
まあ、いっか。いつものことだしね!
「今日のご飯はなにかなぁ…、早く下に行かなくちゃ! リナちゃん、待っててね! すぐに戻ってくるからね!」
「…」
「ふふふ、そんな悲しい顔しないで。あなたを捨てたりなんてしないからね」
タッタッタッ
下で私を待っているであろう朝ごはんのために小走りでダイニングに向かった。


「はぁ〜、美味しかった!」
ガチャッ
リナちゃんは私の部屋で私を待ってくれていた。真っ白の肌に、大きくて真っ赤な綺麗なおめめ、可愛いおべべに、綺麗でつやつやなお肌、サラサラで輝いている黒色の長い髪の毛。
ぜーんぶがかわいいの。
「ご飯美味しかったよ、リナちゃん。 ふふ、今日もかわいいね。ずっと見ていたいぐらいだよ。…あ、そろそろ時間だ! 学校に行かないと」
「いってきます! リナちゃん!」
『カナチャン、いってらっしゃい』
リナちゃんがそういってくれた。今日はリナちゃんのおかげで頑張れそう!



「はあ〜、やっと学校終わったよぉ。ほんとに長すぎぃ」
「それなぁ。…ま、もう学校終わったし今日金曜日じゃん? 遊びいかね?」
学校が終わり、放課後になったところで友人から声をかけられた。
「あーごめん、無理だわ。また今度にしてよ」
「また例のリナちゃん? ほんとに好きだよねー。ね、こんど会わせてよ。うちカナがこないなら帰るわ。一緒に帰ろ」
「いいよー、帰ろ帰ろ」
二人で教室を出て帰路につく。彼女はリナちゃんの話を聞いてくれる人だ。だから仲良くしている。
「それでね、今日のリナちゃんは一味違ったんだよ」
「え、なになに」
「今日のリナちゃんはね、私に『いってらっしゃい』って言ってくれたの!」
「え?」
私がそういった瞬間、彼女の顔色が変わった。悪い方に。
「え、勘違いだったら悪いんだけどさ…、あんたの言ってるリナちゃんってさ、」
「あ、もう私の家じゃん! あ、ごめん。遮っちゃった…。なんて言ったの?」
家につき、もうすぐリナちゃんに会えることが嬉しくてつい彼女の言葉を遮ってしまった。
「あ、ううん。なんでもない。…じゃあね。また月曜日」
「? うん。じゃーね」
彼女の様子が少し変だった。顔には困惑と少しの恐怖があるように見えた。
まあ、いっか! そんなことより、早くリナちゃんのところに行かなくちゃ!
「ただいまぁ!」
「はい、おかえりなさい」
珍しく母親が家にいた。
「…なんでいるの?」
「なんでって…、いたらいけない理由なんてあるの? ここはあなただけの家じゃないのよ。それにやらなくちゃいけないこともあったし」
「やらなくちゃいけないこと…?」
なんだか胸騒ぎがした。急いで部屋に行かないと。
ダッダッダッダッ
母親がなにか言っていた気がしたけれど、そんなものを気にしている余裕はなかった。
ガチャッ
「…ない。リナちゃんが、…ない」
私の部屋に、リナちゃんはいなかった。
「嘘、嘘、うそ、ウソ、ウソ」
部屋を必死ですみずみまで探す。
「どうして…? まさか!」
母親が捨てた。という考察が頭の中に生まれた瞬間、母親は私の部屋にやってきた。
「なにしているの、騒がしい…。ああ、あれのこと? あれを探していたのね? あれなら捨てたわよ」
「は…?」
頭が、真っ白になった。なにも考えられない。捨て、た? リナちゃんを…? ステ、タ?
「あなたがいつまでもあんなのに執着しているから、しょうがないことなのよ。高校生にもなっても必死にあれに話しかけて、いい加減大人になりなさい。いい切り替えになるでしょ?」
なにを、言って、るの?
「なに、言って、」
「大体、不気味なのよ、あなた。小さい頃はまだよかったし、いつかなくなると思ってたのに…」
「だって、リナちゃんは…。生きてるでしょ?」
「なに言ってるの? あなた。…はあ、やっぱりあんなもの与えるべきじゃなかった。だからあれほど止めたのに…。あんな不気味な人形をあなたに渡すのを」
ぬい、ぐるみ?
違う、違う、違う違う違う違う!
「違う! リナちゃんはぬいぐるみなんかじゃない! おかしいよ!」
そうだよ、じゃああの悲しそうな顔は? いってらっしゃいって言ってくれたあの言葉はなんだったの?
「おかしいのはあなたよ! いつもいつも一日中あの気味の悪い人形に話しかけて、挙げ句の果にはあのぬいぐるみは生きているですって!? 冗談はいい加減にしてちょうだい!」
なんで? どうして?
「どうして? なんでそんなこと言うの? リナちゃんは生きてるんだよ? いい加減にするのはそっちの方、だよ?」
「目を覚まして! あなた、どうしてこんな風のなってしまったの?」
私が、おかしかったの?

_それは違うよ。_

そうだよね、リナちゃん。

_そうだよ。ねえ、リナのことカナチャンは捨てないよね?_

「うん。もちろんだよ、リナちゃん」
「何、急に」
「あは、あははははは」

リナちゃん、リナちゃん。私のリナちゃん。私の、私だけのお友達。
ほら、やっぱりそうだ。私はおかしくなんてなってないの。おかしいのはあいつだ。
「カナ!」
「うるさい!! 黙れ!」
ああ、もう邪魔しないでよ!

_大丈夫だよ、カナチャン_

ああ、リナちゃん。私のかわいい、かわいいお友達。
誰もわかってくれなくても、リナちゃんだけはわかってくれる。リナちゃんだけが、私の全てをわかってくれる。私の、私だけの特別な存在。
リナちゃんのいない世界にいる意味なんてないよ。

だから、ずっと一緒にいようね、リナちゃん。





私はただ、私のそばにいてくれる人が欲しかっただけなのに。

3/22/2023, 3:11:26 PM

バカみたい


ほんとに、本当にバカみたい。なんであんたが死ぬの? どうして?
どうして私を助けたの? あんなに冷たくしていたのに。あんなに突き放したのに。
…私はあなたのことが嫌いだったはずなのに。あなたに対してこんなに気持ちがほだされるなんて、バカみたい。

こんな気持を私の中にとどめておくなんて無理よ。
私はゴメンなのよ。
だから、今から相当馬鹿なことをするわ。

「スゥ…」
バカみたい。本当に、バカみたい。私、本当にここから飛び降りるのよね?
ここは高層ビルの屋上だ。私はあいつが死んでしばらく経った後、ある噂を耳にした。
『あそこにある、ここらへんで一番大きなビルには時を戻せる神様が小さな神社に祀られている。そこで屋上から飛び降りれば、時を戻してくれる』
という噂だった。
もちろん最初は疑った。だってあそこに神社なんてものはなかったはずなんだから。でも、少しだけ気になって見に行った。
そしたら、本当にあったんだ。神社が、そこにあるはずのない神社が。
そこで完全な疑いから、半信半疑までランクが上がった。
でも、もう我慢が出来なかった。あいつが勝手にかばったくせして、私にとんでもない置き土産を遺していったんだ。あいつは本当にバカだ。
だから、もう楽になりたかったんだ。でも、私は死ぬ気なんてひとつもない。だから、ここから飛ぶのも死ぬためなんかじゃない。
覚悟を、決めるんだ。
…行ける、行くんだ。
頼んだよ、神様。
トンッ
私はふわりと飛ぶように、ビルから飛び降りた。

私は目が覚めるとあいつの横にいた。
日の位置や周りの様子を見るに、今は下校中のようだ。
ここなら、まだあの時までは時間があるな…。あれが起きた原因は私が横断歩道でカバンから小物を落としてしまったのが原因だった。
あの時はたまたまカバンを開けっぱなしにしてしまっていた。今回はきちんと閉めなければ。大丈夫だ、何も問題はない。あの横断歩道を渡りきればもう問題はないはずだから。
「…大丈夫? ぼーっとしているみたいだけど…。調子悪い?」
「ッ…。別に、なにもない」
「そう? ならいいけど」
どうやらかなりの時間考え込んでいたらしく、あいつから心配の声がかかった。
「そうだ、次に渡る交差点のことだが…。お前はなにがあっても気にせずに渡れ。いいな」
まあ、こんなことを言ってもあいつが言うとおりに動いてくれるとはあまり思わないが、一応言っておく。
「え? うん。でもなんで?」
「なんでもない。別に普通に渡ればいいだけのことだ」
「そ、そっか。わかったよ」
そこからしばらく沈黙が続いている。
ドッドッドッ
私は柄にもなく緊張していた。それはそうだろう。一人の命が私の手にかかっているのだから。
正直バカみたいだ。あいつを助けようとしていることも、あいつを助けようとしてあのビルから飛び降りたことも、実際に過去に戻っていることも。
でも、もうそんなことを考えていてもしょうがない。
…もう大通りに出てしまった。もう、横断歩道はすぐそこだった。
横断歩道までたどり着いた。今は赤信号だ。この信号が赤に変われば…。
ピッポ ピピポ ピッポ ピピポ
信号が青に変わった。二人で歩き出す。
大丈夫だ、もう半分は渡り終わった。あと、あと少しだ。よし、もうこのまま行けば無事に着ける…。

どてっ

後ろで誰かが転んでいる音が聞こえた。
思わず後ろを振り向く。そこには横断歩道でコケてしまい泣きじゃくっている子供。
そして横目に見えるのは、猛スピードで子供に向かってきているトラック。
「おい、お前は…」
私があいつを止める前にあいつは子供へと向かっていた。
あいつは子供の元へと向かい、そのまま私たちが先程までいた方に戻ろうとしている…が、トラックはもうすぐそこまで来ていた。
あいつのみだったら、きっと助かる。でも、子供を抱えながらは無理だ。

私は、気がついたら走り出していた。

ドゴッ! …ドサッ

二つの衝撃音があたりに響いた。

ああ、私は死ぬ気なんてものはなかったのに。
気がついたら、私は走り出していた。あいつの背中を突き放していた。気がついたら…、私はトラックに跳ねられていた。
あいつがこちらへ走って来ているのがわかる。大粒の涙をボロボロと流しながら。野次馬の一人が電話しているのが見えた。おそらく救急車を呼んでいるのだろう。
私は思っていたより冷静だった。
「…ほん、とう、に、バカ、み、たい」
「ねえ、なんで? なんで君が轢かれているの? ねえ、どうして? …死なないでよ」
あいつは轢かれて醜い様になっているだろう私を見つめてそういう。
弱々しく震えていた。
「お願いだ、から、お前、は、私み、たい、に、は、なる、なよ。い、き、てく、れ」
「ねえ、最期みたいなこと言うのやめてよ! 死なないでしょ? ねぇ、死なないでしょ?」
こんなことをいうのはバカバカしいとは思っていた。でも、言わずにはいられなかった。私が気づくよりももっと前から
「わた、しは、あん、た、が、すき、だった…み、たい、だ」
「…え?」
ああ、本当に柄じゃない。私がこんなことをするなんて。私が他人にこんな感情を抱くなんて。私が他人のためにこんなことをするなんて。

本当に、ほんっとうに…


         バカみたいだ。








ほんとうに、君はお馬鹿な人だよ。…大丈夫、君は僕が助けるから。


3/21/2023, 2:50:08 PM

二人ぼっち

ぽちゃん、と音がして、目を開けたら
そこは夢の中。

「ふふ、また来てくれたんだね。嬉しい」
「当たり前じゃん」
ここは、二人の、ふたりだけの空間だ。
私と彼女以外何もいない。人間どころか動物も植物さえも。
「今日は何をしようかしら?」
「今日は久しぶりにお話しよう? 最近人肌が恋しくて…」
「もちろん! 二人でくっついて、二人だけのお話! とっても素敵よね!」
彼女はそういって屈託のない綺麗で眩しい笑顔をこちらに見せる。
彼女はとても美しいんだ。もちろん容姿は言うまでもなく綺麗だ。でもそれ以上に心が綺麗なんだ。
彼女の中には汚れなんて一つもなくて、まだ何にも染まっていない純白の彼女。そんな彼女が私に笑いかけている、その事実だけで私の心は洗われるんだ。
「ねえ、なんのお話をする? 私、あなたとのお話ならなんでも好きよ!
「そうだなぁ。あ、じゃあこの前あった…」
二人で他愛もない話をする。中身のない、本当にくだらない話。でも、私にとってこの時間は何よりも大切で私の心の支え。
二人でしばらく話した後、しばらくの沈黙が訪れた。いつも、必ずこの時間が訪れる。二人の二人だけの心が通じ合うような時間。
そこには言葉なんてなくて、そもそも言葉なんて必要はなくて、何を言わずとも私と彼女は自然とこの時間を共有する。
そんな時間にピリオドをうったのは彼女の方だった。
「ねえ、ふたりぼっちだね」
彼女はおもむろにそう言った。穏やかで、何かを確かめるようなそんな声色。例えるなら、手のひらの中にある宝物がその手にあるかどうかをゆっくりと確かめるかのような、そんな声色。
「それって普通、ふたりきりって言わない?」
私がそんなことを言えば、彼女は薄く笑った。
「だってここには私とあなたしかいないでしょ? だからふたりぼっち。私は前までひとりぼっちだったのよ」
彼女は今度は悲しそうに微笑む。
でも、それは私も同じなんだよ。
なんて思ったけど、それよりも今の彼女を見ていられなくて、彼女のそんな顔を見たくなくて、私は彼女の頬に触れようとする。
だけど、その手が彼女に触れることはなかった。
ああ、彼女に触れることが出来なくなってしまった。
「もう、時間みたい。…ねえまた来てくれる? 明日も来てくれる?」
「もちろん、会いにいくよ。だって私達は」

ひとりぼっちの人間達だから。
その言葉を言い切る前に彼女とのつながりが切れた。電話のようにプツンと。
そして、朝が来てしまった、一人ぼっちの朝が、彼女のいない朝が。
彼女はここにはいない。
だから、私はまた夜、夢を見る。彼女に会いに。彼女とふたりぼっちになるために。

3/19/2023, 1:32:40 PM

胸が高鳴る

もう何度、この場所を訪れただろうか。
彼女が眠ってからいくつの時間が経った。いや、眠っているという表現は正しくはないかもしれない。
彼女の心臓は、もうすでにその動きを止めているからだ。
彼女の鼓動が止まった時、僕の周りの人間は皆口々に「彼女はもう死んだ」と言った。
だが、僕はどうしてもそれを信じることだできなかった。彼女の身体は、僕の身体とは対照的に温かいままだったからだ。
僕はいつもどおり彼女のそばまで行くと、僕自身の胸に触れる。
トッ…トッ…トッ…
僕の心臓はいつもどおりの律動を刻んでいた。
そして、今度は反対の手で彼女の心臓があるであろう場所に手を置いた。
…彼女の心臓は依然、鼓動を停止していた。
僕は両手でそれらに触れたまま、彼女の横たわっているベットの近くに座り込んでベットに頭を置く。
この行動に論理的な根拠はない。ただなんとなく、こうしていると彼女が、彼女の心臓が動き出すんじゃないかと思って僕は毎日こうしている。
トッ…トッ…トッ…

トッ…トッ…トッ…

トッ…トッ…トッ…
…こうしているといつも不思議な気持ちになる。僕と彼女が一つになる、そんな感覚。この時だ、この時だけは、僕は彼女の生を感じることができる。彼女の鼓動はここにあって、僕の律動と彼女の鼓動が合わさって一つになっていく感覚。
ああ、このままいっそ
(彼女と一つになってしまえればいいのに)
トッ…トッ…トッ…

トッ…トッ…トッ…

トッ…トッ…トッ…
ゆらゆら、ゆらゆら、ふらふら、ふらふら、ぐらぐら、ぐらぐら
僕と彼女の境目がぐちゃぐちゃになって、溶けて、なくなっていく。
僕の手がこのまま彼女の身体の中へと入っていって、直に彼女の心臓に感じられる、そんな感覚。
トッ…トッ…トッ…

トッ…トッ…トッ…

トッ…トッ…トッ‥トッ

トッ‥トッ‥トッ‥トッ‥

トッ‥トッ‥トッ‥トッ‥
(鼓動が変わっ、た…?)
僕は思わず彼女と自分自身から手を離した。
とっさに僕は彼女に触れていた方の手をもう一方の手で握りしめた。
(手が、冷たい…? 彼女に触れたあとは多少温かいはずなのに。それにあの鼓動、あれは僕のものなのか?)
僕は恐る恐る僕自身の胸に手を当てる。
トッ…トッ…トッ… トッ…トッ…トッ…
僕の心臓はいつもどおりの律動を刻んでいた。
(僕の鼓動は、いつもどおりだ…。じゃあ、さっきの鼓動は…)
「まさか、心臓が動いたのか?」
僕は恐る恐る彼女の心臓の場所に手を当てる。
…なにも感じられない。
僕は手を当てるのをやめ、彼女の心臓に耳を当てる。
ト……ト……ト……ト……
彼女のそこからは、弱々しくも力強さを感じる確かな鼓動があった。
僕はあまりの衝撃に体を起こす。
「はっ…はっ…はっ…」
驚きで思わず息があがる。
その時、彼女の手がほんの少しピクリと動いた。
そして、彼女の口が開いた。
「う…」
彼女の声が僕の耳に届いた。
僕の耳に彼女の声が届いた時、反射的に彼女の顔に目を向ける。
それと同時に、彼女の目が…

開いた。

ドッドッドッドッ

その時、俺の心が息を吹き返したんだ。

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