胸が高鳴る
もう何度、この場所を訪れただろうか。
彼女が眠ってからいくつの時間が経った。いや、眠っているという表現は正しくはないかもしれない。
彼女の心臓は、もうすでにその動きを止めているからだ。
彼女の鼓動が止まった時、僕の周りの人間は皆口々に「彼女はもう死んだ」と言った。
だが、僕はどうしてもそれを信じることだできなかった。彼女の身体は、僕の身体とは対照的に温かいままだったからだ。
僕はいつもどおり彼女のそばまで行くと、僕自身の胸に触れる。
トッ…トッ…トッ…
僕の心臓はいつもどおりの律動を刻んでいた。
そして、今度は反対の手で彼女の心臓があるであろう場所に手を置いた。
…彼女の心臓は依然、鼓動を停止していた。
僕は両手でそれらに触れたまま、彼女の横たわっているベットの近くに座り込んでベットに頭を置く。
この行動に論理的な根拠はない。ただなんとなく、こうしていると彼女が、彼女の心臓が動き出すんじゃないかと思って僕は毎日こうしている。
トッ…トッ…トッ…
トッ…トッ…トッ…
トッ…トッ…トッ…
…こうしているといつも不思議な気持ちになる。僕と彼女が一つになる、そんな感覚。この時だ、この時だけは、僕は彼女の生を感じることができる。彼女の鼓動はここにあって、僕の律動と彼女の鼓動が合わさって一つになっていく感覚。
ああ、このままいっそ
(彼女と一つになってしまえればいいのに)
トッ…トッ…トッ…
トッ…トッ…トッ…
トッ…トッ…トッ…
ゆらゆら、ゆらゆら、ふらふら、ふらふら、ぐらぐら、ぐらぐら
僕と彼女の境目がぐちゃぐちゃになって、溶けて、なくなっていく。
僕の手がこのまま彼女の身体の中へと入っていって、直に彼女の心臓に感じられる、そんな感覚。
トッ…トッ…トッ…
トッ…トッ…トッ…
トッ…トッ…トッ‥トッ
トッ‥トッ‥トッ‥トッ‥
トッ‥トッ‥トッ‥トッ‥
(鼓動が変わっ、た…?)
僕は思わず彼女と自分自身から手を離した。
とっさに僕は彼女に触れていた方の手をもう一方の手で握りしめた。
(手が、冷たい…? 彼女に触れたあとは多少温かいはずなのに。それにあの鼓動、あれは僕のものなのか?)
僕は恐る恐る僕自身の胸に手を当てる。
トッ…トッ…トッ… トッ…トッ…トッ…
僕の心臓はいつもどおりの律動を刻んでいた。
(僕の鼓動は、いつもどおりだ…。じゃあ、さっきの鼓動は…)
「まさか、心臓が動いたのか?」
僕は恐る恐る彼女の心臓の場所に手を当てる。
…なにも感じられない。
僕は手を当てるのをやめ、彼女の心臓に耳を当てる。
ト……ト……ト……ト……
彼女のそこからは、弱々しくも力強さを感じる確かな鼓動があった。
僕はあまりの衝撃に体を起こす。
「はっ…はっ…はっ…」
驚きで思わず息があがる。
その時、彼女の手がほんの少しピクリと動いた。
そして、彼女の口が開いた。
「う…」
彼女の声が僕の耳に届いた。
僕の耳に彼女の声が届いた時、反射的に彼女の顔に目を向ける。
それと同時に、彼女の目が…
開いた。
ドッドッドッドッ
その時、俺の心が息を吹き返したんだ。
3/19/2023, 1:32:40 PM