入野 燕

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3/18/2023, 4:28:12 PM

泣かないよ


「もぉ〜、泣くなっての泣き虫」
「泣いてないもん!」
「どこがだよ。出てんじゃん、涙。ほらいい加減泣き止めっての。どうすんだよこんなので泣いちゃってさ…」
薄暗い廃墟の中、座り込んで泣いている高校生ぐらいの女子と、全身を黒で包んだ一人の男性がそこにいた。
男は面倒くさそうにしゃがみこんで彼女の涙を雑に拭った。
そして、彼女たちの隣には一つのぐちゃぐちゃになったナニカ、と一つの…死体。
「なあ、お前やっぱ向いてねえよこの仕事。諦めて今からでも普通の暮らしに戻ったほうがマシだ。確かにお前の体質と才能は異常だ。でも、だからといってここにいる必要はないんだ。お前がそうやっているうちは。
なあ、お前がここに来て何ヶ月経った?」
「4ヶ月ぐらい、です」
彼女は少し怯えたように男の質問に答えた。先程おさまった涙が、再び彼女の頬を伝う。そんな彼女を見て男はため息をついた。
「そうだな、4ヶ月だ。もう、4ヶ月だ。お前以外のやつはもう全員こんなくらいの雑魚なら倒せるようになってる。なあ、こんなのも倒せないくせにお前は…。医療班に送ろうにも人の死体どころか、ちょっとした傷で顔真っ青にするやつがまともに働けるとは思えねえし…」
「でも、しょうがないじゃないですか! こんなもの私は今まで見たことも、聞いたこともなかったんですから! それなのにいきなりこんなやつと戦えって言うし、人はたくさん死ぬし…」
男の言葉に、彼女は大粒の涙をボロボロと流しながら反論する。すぐそばに転がっているナニカ、を指さしながら。
彼女の指の先にあるものは『変異特』とよばれる怪物だ。なぜ現れるのか、なぜ人間を襲うのか、どのような仕組みで生まれ、動いているのか、生態を含む全てが謎に包まれている。
そんな奴らに対して対処・研究を秘密裏に行っている組織があった。その組織のは「Wh.スノウ」といい、彼女らはここに属している戦闘員だった。彼らの仕事はただ一つ、変異特を迅速に対処し研究班に受け渡すことだ。
そんな彼らにはそれぞれ「異能」と呼ばれる一つの能力を持っていた。
そして先程から泣いている女子高校生、白雪凜花にはその「異能」のなかでも特でも異彩を放つものだった。そんな彼女を見つけこの世界へと勧誘したのが、先程から白雪に対してぐだぐだと説教をしている男、鷹司慧だった。
鷹司は白雪に対して期待していた。それほどの力が彼女にはあった。だが、その期待はすぐに打ち砕かれることになった。
彼女は病的なほどに、それはそれは病的なほどに泣き虫だったのだ。虫を見ればすぐそばにいる人間に泣きつき、転べばまるで幼稚園児かのように泣き叫び、他人が少しでも怪我すれば泣きながら卒倒、就寝時では未だに暗闇で寝ることができない。そんな具合であるから、この世のものとは思えないほど醜い形をしている変異特を倒すなど、到底無理な話だった。
「はぁ…、なんで俺はこんな泣き虫をスカウトしたんだか。そんな才能があっても、こんなんじゃ宝の持ち腐れだってんだ」
鷹司のその言葉に白雪の涙が増した。鷹司はもう何度目かもわからない大きなため息をつく。
「ほんとにどうすっかね…、泣き虫で弱虫まじで救いようねえって。最近、コイツらの動きも活発化してきてるってのに…。あ、しまった早く研究班に連絡しねえと、泣きよわ虫の相手してる暇はねえってのに、余計な時間を」
「はぁい、そこまでだよ慧ちゃん。それ以上憎まれ口たたかないの」
鷹司の言葉を遮って一人の男がきた。
その男の雰囲気はいかにも軽薄だった。長い金髪を適当にまとめ、Tシャツと黒のスキニーの上にくたびれた白衣を羽織っている男だ。
「武蔵か。どうしてここに居るんだ?」
「どうしてもなにも、あんたと凜花ちゃんが帰ってくるのがあまりにも遅いから迎えに来たの。変異体の回収もしなくちゃだし、今回は死体も出るって話だったからね。あと、名字で呼ぶなっての」
「リンさん…」
「あらあら、凜花ちゃん。またあのおバカに泣かされたの?」
「おい」
武蔵は鷹司の近くで座り込んでいる白雪に話しかけた。
「うう…」
白雪は武蔵の優しさでさた涙がぶり返した。
「はぁ、また泣いた」
鷹司は白雪を見てうんざりそうにつぶやく。
「もう、慧ちゃん! そういう態度を取るから凜花ちゃんが萎縮するんでしょ? もう、凜花ちゃんは私が連れて行くから、あんたは先に本部に戻ってて」
「言われなくても」
鷹司は白雪を一瞥し、彼女に対してはなにも言うことなく出口に向かっていった。
「ったくあいつは…。責任を持てっての。…凜花ちゃん、大丈夫?」
「はい…、大丈夫です。すみません、お手を煩わせて。ただえさえ役立たずなのに」
「そんなことは…」
「いいんですよ、自分でわかってるんで…」
白雪は武蔵の言葉を遮り、そしてそのまま話を続ける。
「でも嬉しかったんです最初は。私、今まで何もなかったから。でも、だめですよねこんなんじゃ。わかってるんです、でもここからいなくなるのは嫌なんです。私に期待してくれたのは鷹司さんだけだから、私は期待にこたえたいんです、まあ結局何もできていませんが…」
白雪は先程とは打って変わって、芯の強い目で武蔵を見つめる。そこには先程の弱々しい彼女など存在していなかった。
「はは、なんだ。随分としたたかじゃん」
心配する必要なかったじゃん、と言って武蔵は白雪の頭を撫でる。
「今の凜花ちゃんは泣き虫とは程遠いね。さあ、帰ろう」



「おい、白雪何してんだ! 逃げろ! お前が敵う相手じゃないんだ、応援を呼んでこい!」
「でもそうしたら鷹司さんが危ないじゃん! 動けないんだから黙っててよ!」
絶望的だ、としか形容できない状況だった。都市の半分が崩れ、あたりは火の海となった。一般人と合わせて一体いくら人が死んだだろうか。
白雪と鷹司の目の前にいるのは、強大な敵。実際、鷹司はその敵に敗れていた。足の骨は砕け、全身は傷だらけ、異能ももう余力も残ってない。
鷹司は決して弱くない。むしろ強い分類に入る。実際、彼は組織のトップ10だ。
そんな彼が敗れるほど、敵は強大だった。急激な異能特の進化と活発化。それにより異能特は新たな力を手に入れた。それが人間の乗っ取りだ。
そして今彼女たちと敵対している敵は人間だ。いや、人間だったという方が正しいだろう。それだけに収まらず、その人間だったナニカの体は、Wh.スノウの一員であり、白雪の同僚であった。
白雪は今、鷹司をかばいその元同僚に立ち向かっている。
「お前には無理だ! お前にそいつは殺せない! 他人が傷を作って卒倒する人間が、仲間を殺すのは無理だろ!?」
鷹司は白雪に向かって懸命に叫ぶ。彼女は怖がりで泣き虫だ。はたしてそんな人間が、元とはいえ人間を、同僚を殺せるだろうか。
それに、鷹司は気がついていた。彼女の、白雪の手が震えていることに。
「大丈夫だよ、鷹司さん。私、もう泣かないよ」
「は?」
「だから、安心して」
「何言って…! お前手ぇ震えてんだろ、そんなんで本当に戦える訳g」
「ごめんなさい、鷹司さん」


不自然なほどに白い空間。気を抜けば飲み込まれて、そのまま消えていってしまうような、そんな危うさをもつ空間。そんな場所に、鷹司は立っていた。
彼のそばには、一つのベット、そしてそこには人が眠っていた。
「ッチ、胸糞わりぃ。なんでこいつがこんなんになんなきゃいけねぇんだ。なあ、白雪」
ベットで眠っているのは白雪凜花だった。彼女は先の戦いで鷹司をかばったのちに、勝利。強大な敵を倒しかつ貴重な研究材料を手に入れ、その後、良い方へと展開していくと思われたが、現実はそう上手くはいかなかった。
白雪凜花の異変。先の戦い後、もう泣くことのなくなった彼女は、鷹司の元を離れて任務にあたっていた。そんな中、彼女は突然眠りを始めた。
「泣かねえお前ってのも、なんだか味気ねえな。まるで機械だったよ。あの時からのお前は」
鷹司の言った機械のようだという表現は言い得て妙だった。
彼女は機械になってしまったのだ。いや、機会というよりはシステムというべきだろうか。
彼女は眠ったまま、白雪というシステムとしてWh.スノウを動かしていた。
「なにが、もう泣かないだよ。泣かないどころか話もしなくなりやがって…」
鷹司は悲しそうに白雪を見る。ピクリとも動かない身体、生気のない肌色…、どれも死人のようだった。かすかに彼女の鼻から聞こえる呼吸音のみが、今日も彼女が生命維持をしていることがわかる唯一の要素だった。
「…俺のせい、か。お前がこんなんになっちまったのは。俺があの時お前を勧誘しなかったら…、俺があの時負けなかったら、お前はこんな風にはならなかったのか?」
「ああっクソっじれってぇ、大体俺はこんなことでしみったれてる暇はねえんだ」
「なあ、白雪。今日はお前に誓いを立てに来たんだ。いいか、よくきいておけ。俺は絶対になかねえ。今も、過去も、これからも、絶対にだ。だから早く目覚ませ、お前は俺の分も泣け。そのために俺は今日行く。最終決戦だ。
わかったら、泣く準備でもして待ってろ」

もう泣くことのできない俺の代わりに。

鷹司はそれだけいうと白雪の方をもう見なかった。
そのまま出口へと歩き始めた。

3/16/2023, 3:43:49 PM

怖がり

「私、怖いんだ」
彼女がそういったのは一体いつ頃のことだっただろうか。
なんてことのない日、いつもどおり僕の家でどうせ見やしないテレビをつけて、特に理由もなくソファに互いに身を寄せてスマホをいじっていたあの夜。
僕が「なにが?」とスマホから目を離さずに言った僕に、彼女はスマホに目を向けたまま静かにこういった。
「人って死んだらどこに行くんだろうね」
その時、僕は彼女のそんな言葉に少しどきりとした。
死、そんなものを考えたことをいちどでもあっただろうか。僕はまだ大学生だった。死なんて言葉に実感なんてものはなかったんだ。
自分の遠くにある、自らが手を伸ばすことがあっても到底届くようなものではないもの。そんな認識だった。実際、高校の頃に見た戦争の映画なんかや少し前にあった親戚の葬式なんかでも死を実感することなんてできやしなかったんだ。
だから僕は、
「さあね、地獄か…天国にでも行くんじゃない?」
なんて、適当なことを彼女に言った。
「ふふ、そうだね。私は天国に、いけるかなぁ」
彼女はスマホをいじる手を止めて天井へと目線を移した。
その時、彼女の声が少し震えていたことに気がつけば何かが変わったのだろうか。
「自分が天国に行けないようなことをしていると思ってるの?」
話の核が見えなくて、少し声に苛つきを持たせてしまった。
「ううん、ちっとも」
彼女はこの話を始めてから一度もこちらを向いてはいなかった。
「じゃあ、なんで?」
「これから、するかもしれないだろう? …私はずっと怖いんだ、死ぬのが。ここのところ良く考えるんだ。ずっと、ずっと、ずっと考えている」
その時の彼女の声は、到底死を怖がってるような声には聞こえなかった。何かを、何か重要なことを抱えて覚悟を決めた人間の声だった。
僕は、愚かにもそんな彼女の異変に気がつくことができなかったんだ。
「そんなもの考えるだけ無駄だ」
だから僕は彼女にこんな言葉を吐いてしまったんだ。
「君は、そのままでいいよ。そのままでいてね」
彼女はこの言葉を最後に、もうなにも言わなかった。

その次の日から彼女のいない生活が始まった。


彼女に会えたのは半年後のことだった。
「なあ、どうしてだ? どうして僕に何も言わなかった? それに何なんだの手紙。他に好きな人ができたから別れようって、何を考えているんだ?」
彼女の居場所をようやくのことで突き止めた。そこに入ってすぐ、出てきたのは久々の再開を確認する言葉でも、愛の言葉でもなかった。
彼女はある病院の一室にいた。あの時よりも遥かに痩せ細り、弱々しくなった彼女がそこにいた。
呼吸器をつけている彼女は儚くて、息も絶え絶えで、今まで僕の頭になかったものが一気に頭を駆け巡った。
「ああ…来て、しまった、か」
弱々しく、生気のない声で彼女は言った。
僕は彼女に一目散に駆け寄った。
「なあ、どうしてそんな姿なんだ? それにこの手紙、何なんだ? なあ、死ぬのか? まさか死ぬなんて、言わない…よな?」
久々に見た彼女の姿と、いままで言いたかったことがグチャグチャになって口から出ていった。
「ははは。君の…そこまで焦っている、姿を見るのは初めて、だな」
彼女はこんな状況でものんきにそんなことをいった。まるでいつもどおりの日常の会話のように。
爆破無意識に自分の頭をガシガシとかく。
「そんなことどうでもいいだろ。なあ、質問に答えてくれよ。なんでそんな姿なんだ?」
「ははは…。その癖もあい、変わらず…だな。…そうだな、まず、手紙のことだが…。君に別れを告げよう、と思ったんだが、君は、強情だからな…簡単には、別れられないと思って、手紙を、書いたんだ」
「それで僕を納得させるためのいい訳が他に好きな男ができた、か。なあ、本当にこんなもので僕が納得できると思ってたのか?」
僕がそう言うと彼女はくぼんだ目を細めて笑いながら、でも少し泣きそうな顔をしながら
「君なら、そういうと、思ったよ。だから、夜逃げを、したんだ。…問い詰め、られたら、ボロが出てしまう気がしてね…」
「なんでだ…、本当のことを言えばよかったじゃないか。なんでわざわざこんなことを…」
「君に、死に目を見せたくなかったんだ」
彼女の僕を見る目が変わった。何かを慈しむような優しい目。
「君には…死を、感じてほしくなかった。未来…と、いう名を…持つ、君には、ね…。死という概念を…感じさせない、そんな君を変えたくは…なかったんだ」
「なんだよ、それ…。じゃあお前は僕に、愛している人の死に目を見せないつもりだったていうのか!?…そんなのあんまりだ」
彼女のくぼんだその目が、少しだけ見開いた。
「愛…している、か。死ぬ前に…君から…そんな言葉が、聞けるとは、ね」
「死ぬ前って、そんな事言うなよ…。せっかく、たどり着けたのに」
僕のその言葉を聞いた瞬間彼女の、肉のない、骨と皮だけの腕が少しだけ動いた。
「ああ…もう、君の頭を、撫でることも…できないのか」
僕は反射的に彼女の手を握った。手はほんのりと暖かくて、でも、普通に生きている人間の体温ではなくて、彼女の死が刻々と近づいているのがわかってしまった。
目に水がたまる。
「ああ、泣かないで…くれ。…本当は、言うつもりは、なかった、んだけど、ね。……こわ、かったんだ。死ぬ、のが。君、と離れるの、が」
『怖い』という言葉を彼女がこぼしたのはたったの二回目だ。
「君が、死ぬ、直前まで、いると、生きたい、と思ってしまうんだ。でも、そんな、思いを持ち、ながら死ぬのは、いやでね。君が、いない場で静かに死ぬ方が…マシだと思ったんだ。
君が、最後まで…私のそばで悲しんで、るところを想像すると…どうしても耐えられなくて」
僕は彼女の吐く初めての弱音に何も言うことができなかった。彼女はもっと強い人だと思ってた。死なんてものは彼女の前ではなんてことのないもので、彼女に関連のないものだと、思っていたんだ。
「以外だ、と思っている…の、かな? はは、は…どうやら、私の猫かぶり、は最後まで…成功していたよう、だな…」
「猫かぶりってなんの…」
「私は、ね…君が思って、いる…何十倍も…怖がりな、弱い…人間なんだ、よ。だから…死、なんてものは特に…怖かったんだ…。悪かった、ね…君のことを、今まで騙して、いて…。
君は…私の芯のある、ところが…好きだったの、だろう?」
こんな時なのにも関わらず、彼女は僕心配をしていた。
「そんなこと、どうだっていい …。どうだっていいから…!」
だから…と、僕が続けようとしたところで、彼女は言葉を紡いだ。
「なあ…君、は…私、が怖が、りでも…愛して…くれた、か?」
そんなの…そんなこと、
「当たり前だろ…!そんなこと、だって、だって僕は…」
「そうか、なら…いい、さ」
ピッ………ピッ………ピッ…………
僕が来た時から、いや来る前からずっと規則的になり続けている心電図の音がやけに頭に響いた。嫌な予感が、頭をよぎった。
「ああ、もう…そろそろ、だめかも、ね。…君の、家に…唯一、置いて、いった…物があるんだ。探して、みて…くれ」
彼女はそれだけいうと一度だけ、少しの間だけ目を閉じると
「…最後に、顔を見せておくれ」
彼女は優しく柔和な笑みを浮かべた。僕は何も言わずに顔を彼女に近づけた。僕はもう、何も言わなかった。何も言えなかった。
ただただ、何も言えない口に変わって涙がこぼれ落ちた。
涙は彼女の人工呼吸器と、顔をつたる。
「ああ…、死に、たくない、なぁ…。君が、来る前…は覚悟が、できていた…はず、なの、に。ああ、死にたくない。死に、たくないよ。まだ、君といたかった。君と、君と…。
なあ、未来…君を、君を、私は…本当に…_____」
ピーピーピーピーッ
彼女が、死んだ。
無機質なその音が彼女の死を告げていた。僕は彼女の顔を見ることができなかった。
シーツに滲みている涙が、彼女のものか、僕のものなのか、それは誰にもわからなかった。


チリン…チリン…
鈴が僕の歩くテンポに合わせて鳴る。
彼女の残したものとは鈴だった。小さな小さな、それでもどこか存在感を放つ、したたかな鈴だった。『必ず、いつでも持ち歩くものにつけるように!』という彼女の残し手紙の言う通り、
スマホにつけて持ち歩いている。そのせいで、どこに行こうともこの鈴はチリン…チリン…と規則的なリズムを刻んで僕についてくる。
彼女は本当に怖がりだった。怖がりな人間だった。僕は、それに最後まで気が付かなかった。いや、気がつくことをしようとしなかった。きっと僕も怖がりだった。死ということを僕は僕の奥底できっと恐怖していた。
だから、僕は彼女を忘れない。僕に死を教えた彼女を、最後にこんなものを残していく怖がりな彼女を僕は忘れない。忘れることはできないだろう。
死を教わった僕もまた、怖がりになってしまったのだから。



3/15/2023, 2:21:20 PM

星が溢れる

星が溢れるような夜だった。
死んだ人はどこへ行くのだろうか。
あの世? 天国、または地獄? そのそも死んだ人間に行き場などあるのだろうか。

ある日の夜の星が異様に綺麗だったと聞いたことがある。
この島国に甚大なる被害を与えた大震災が起こった日の夜のことだ。その日、多くの人が死んだ。
数え切れないほどの人が波に飲まれ、瓦礫の下に眠った。
そんな日の夜、人々は上を見上げた。
人は、いつでも何かと天を仰ぐ。
流れる涙を落とさないためか、いもない神に向けての祈りのためか。
それはその日も例外ではなかった。
皆が皆あの日の同じ空を眺めていた。
そこに広がるのは、情景を語ることのできないような景色。人々の言葉では完璧に表現することなどは到底できないような、そんな景色だった。
空を眺めていた皆は口々にいった。
数え切れないほどの星々、この世の全ての寒色を集めてきたかのように複雑に、だが芸術的に混ぜられた色。
都会の空なんてもっての他、田舎でも見ることができないような綺麗な、それは綺麗なものだった。
その中でも目を見張るのは星々の輝きだろう。
星の数はいつもでは考えられないほど多く、その一つ一つが主役のように輝いていた。
まるで『私はここにいるよ。ここに居るの、私を見つけて』と誰かに呼びかけているようだった。
そんな星を見て人々は口々にこういった。
「死んだ人は星になって私達を見守っている」と。

今思えば、そんなものは残された者が自身を慰めるための自己暗示であり、各章のないものだと理解出来るが、その時の私にはなぜかスッと入ってきた。
先の災害で亡くなっていった人たちが本当に私達を見守っている、そのときは確かにそう思ったのだ。


もう、あの災害から20年がたった。
星はもうあの頃のようには見えない。それでも私は星を見上げる。
涙を落とさないためでも、神に祈りを捧げるわけでもない。
それでも私は空を見上げる。
結局は私も確証のないものすがってしまうのだ。
私は信じている。彼女が、愛しい彼女がまだ空で私を見ていてくれていることを。まだ、私が彼女を愛していることを。あの輝く一番星が、彼女であることを。
あの日の溢れんばかりの星々が存在することを。