入野 燕

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ところにより雨


「ヘイsiri。今日の天気は?」
『今日の天気は晴れのちところにより雨予報。大粒の雨が降ると予想されます。傘を用意するといいでしょう』
「え〜、今日雨降るの? 卒業式なのに…」
ついに卒業式の日が来てしまった。悲しさと、新しい未来への期待と、緊張と、いろいろな気持ちがずっと私の心の中で暴れていた。
それに…今日は私の中で決戦の日でもあった。
今日私は彼に、京介君に告白するんだから。気合を入れなきゃ。
パンパンと二回気合を入れるために頬を叩く。そして指で頬を持ち上げ笑ってみる。
笑おう。お母さんだって言ってたじゃん。ちえの千笑は笑顔が絶えない子に育つようにつけたって。
笑わなきゃ、いい結果も逃げちゃうよね。
「ちえー? もう起きてるの? 早く下降りてきなさーい」
「はーい」
腹が減っては戦は出来ぬ、だよね! 早く下に行かなくちゃ!

自分の部屋がある二階から一階に降りて、テレビを見ながら朝ごはんを食べていると今日の天気予報が始まった。
『続いて、天気予報のお時間です』
『今日は全国どこの地域も一日を通して晴れ晴れしい青空が広がるでしょう』
『そうですか。この時期は卒業式シーズンですよね。桜も満開といった様子ですし、よい卒業日和ですね』
『そうですね〜。それでは…』
あれ? 今日って雨が降るんじゃないの?
「お母さん、今日って雨降らないの?」
「降らないも何も、一昨日ぐらいから今日はずっと快晴の予定でしょ。千笑が私に言ってきたんじゃない。卒業式の日が晴れで良かった、って」
お母さんが訝しげにこちらを見ていた。
「そうだっけ?  まあいっか。あ、もうこんな時間じゃん!…ごちそうさま! じゃあお母さん、先に行ってるから!」
「はいはい、気をつけてね」
カバンを持って玄関へ向かう。
…傘はいいかな。お母さんも、テレビもああ言ってたしね。今回はsiriが外れたってことで。
「いってきまーす!」
私は勢いよく家を出た。この先への不安を飛ばすかのように。
それは天気予報の通り、晴れ晴れしい、人生の門出にふさわしい晴天だった。



「卒業なんて寂しいよ〜。このまま離れたくない〜!」
「大丈夫だよ、私達ズッ友でしょ? すぐに会えるって」
「そうだよ。てか、すでにウチら遊ぶ予定あるしね」
「そうなんだけど…」
卒業式が終わった後、一度クラスに戻り最後のHRをしている。私のそばにはいつも一緒にいた友人がいた。でも私には彼女たちを気にしている余裕なんてこれぽっちもなかった。
…正直緊張でどうにかなりそうだ。何か別のことを考えようとしても、すぐに京介君が私の頭にうかんでくる。
もし、告白してOkを貰えたらどうしよう…。いや、そもそも付き合えると決まったわけでもないのにこんなこと考えても…。でもでも、最近結構ふたりきりになることも多かったし、結構良い雰囲気になることもあったはず…だし。どうしよう、もし付き合えたら…。ショッピングモールに行ったり、遊園地に行ったり、せっかく桜が咲いているんだからお花見もいいよね。
「先生は、ぜんぜいばぁ、お前らとぉ、このいぢね゛ん゛をずごずごどがでぎでぇ、ぼんどうに幸ぜだっだぞぉ!」
…何?
「ちょ、原ちゃん泣きすぎ」
「そうだよ〜。いい大人が情けないぞ〜」
なんだ原Tか。相変わらずだなぁ。
「てか、さっきから千笑ピめっちゃ静かじゃね? だいじょぶそ?」
「え…? あ、うん。だいじょぶだいじょぶ」
「どこがよ。めっちゃしおらしいじゃん。もしかしてぇ、千笑ピも悲しい系!? うっそ意外なんっですけどぉ」
どうやら私が京介くんのことを考えている様子を悲しんでいると勘違いされたらしい。
「違う違う、千笑は緊張してんだよぉ」
「そうそう、だって今日は千笑ちゃの愛しの京介君に告白する日じゃん?」
バッチリバレてたみたいだ。…ちょっと恥ずかしい。
「やだぁ、そういうことぉ? もー、千笑たよ可愛すぎぃ」
ついにはさっきまで咲いていた香奈恵も私にヤジを飛ばすようになった。
無意識にちらりと京介君の方を見る。
…! 京介君と目があった。うそ、こっち見て微笑んでる! しかも小さく手まで振って…!
私も軽く微笑んで京介君に手を振り返す。
「ちょっとぉ、誰に手なんか振ってんのよぉ?」
「青春だねぇ」
「もう、さっきからうるさいよ!」
「あははは」
テレビの天気予報通り、天気は晴れ晴れしい晴天のままだった。

最後のHRが終わり、みんなで校庭へ出た。皆各々写真を撮ったり、友達や想い人との別れを惜しんだりと様々だ。
人もまちまちになった頃、
「さあ、可愛いかわいい恋する千笑ちゃんのために一肌脱ぎますかね」
「そうだね〜」
「さ、行くよ」
彼女たちはそれだけいうと、京介君のグループの方に行って京介くん以外の男子達とともにどこかへと行った。きっと私のために一足先に打ち上げの会場に行ってくれたのだろう。
私は本当にいい友達に出会えたみたい。
京介君は今丁度グループから抜けていた。忘れ物を取りに行っていたらしい。
私は彼が帰って来るまでに、自分の身だしなみを簡単にチェックする。
髪型は? 前髪は崩れてないよね? 制服も、おかしなところはない、よね?
スカートは…どうしよう。もう一個だけ折っとく? …よし、これで準備万端!
「…あれ、あいつらどこいったんだ?」
京介くんが戻ってきた。
「京介君」
「ああ、千笑。ちょうどよかった、あいつらどこに行ったかわかる? てか香奈恵たちもいねぇじゃん」
「あ、みんななら先に打ち上げの会場に向かったみたい」
「え、そうなの? まじかよ…。まあいいか、千笑も打ち上げ参加するだろ? なら一緒に行こうぜ」
そういって私の前に行こうとする彼を私は急いで呼び止める。
「待って! 京介君。…話があるの」
私がそう言うと彼はこちらに振り向いた。
「そうなの? 話って?」
「えっとね…」
ここに来て急に緊張がぶり返してきてしまった。
落ち着いて、深呼吸、深呼吸。
スー、ハーと小さく深呼吸をして、京介君の顔を見る。
「京介君。私ね、あなたのことが好き。私と付き合ってくれませんか?」
…言ってしまった。ついに、言ってしまった。
言い終わったあと、すぐに下を向いてしまった。恥ずかしくて彼の顔を見ることが出来ない。
「…」
ちょっとの間、沈黙が続く。
「千笑…」
突然名前を呼ばれ、反射的に顔を上げた。その時に見えた彼の顔は悲しさでいっぱいだった。
「…ごめん」
「…え?」
「ごめん千笑。俺、お前とは付き合えない」
頭にものすごく大きな衝撃が走った。鈍器で殴られたような、はたまた稲妻で打たれたかのような、わからないけれど、ひたすらに大きくてものすごい衝撃だった。
「そっか。ごめんね、迷惑だったよね。ごめん」
「いや、こっちこそ…。なんていうか、その、…ごめん」
「ううん。大丈夫」
涙が出そうだ。でも、どうしても彼の前では泣きたくはなかった。
「私、あとから行くからさ、先に打ち上げに行っててよ」
最後の力を振り絞って彼にそういう。
「うん、…わかった。それじゃあ、また後で」
もう、私は彼の顔を見ることは出来なかった。
彼が見えなくなった瞬間、涙が枷が外れたようにボロボロと出てきた。
「ふっ…うっ…」
ああ、さっきまでうかれていた私がバカみたいだ。何が付き合えたらよ、何がいい雰囲気だったよ、なにひとつ良いものなんてなかったよ。
ああ、こんな時での雲ひとつなく晴れている空を恨む。八つ当たりだと心ではわかっているけど、そんなことでもしないと私の心のダムが崩壊してしまう。
ああ、なんでこんなに晴れてるの? こんな時に限って…。私が悲しんでるんだから雨でも降りなさいよ。
…雨?
「…siri、今日天気は?」
気がついたら、私はスマホを取り出してsiriに話しかけていた。
siriはいつもどおりの無機質な感情のない声で答えた。
『今日の天気は晴れののちところにより雨予報。大粒の雨が降ると予想されます。傘を用意するといいでしょう』
はは、晴れのちところにより雨って…
「予報当たっちゃったじゃん。傘なんて、用意してないよ…」
雨はまだ止まない。止む兆しすらない。
「あ、そうだ…。香奈恵たちに連絡、しないと」
でも、あんまり乗り気じゃないな正直。…連絡ぐらいはしないとダメ、か。
震える手を頑張って制してメッセージを打つ。
『雨が止まないのでいけません』
それだけ打って送信する。

雨は、まだ止まない。

3/24/2023, 2:15:59 PM