ドルニエ

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8/6/2023, 10:42:36 PM

陽の光は無遠慮で、苛烈で、容赦がない。
雨は時に恐ろしいけど、本当に稀だ。
雪は頑としていて、生き物の行く手を阻み、巣穴へと閉ざすけど、同時に美しい。
陽の光は多くを暴く。密やかなもの、見られたくないもの、隠していたいもの。何もかも暴く。星々や月の光は頼りないがどこまでも優しい。
だからというわけじゃないけど、僕はスターダムには上がりたいと思わなかった。隅々まで暴いてその人を消費し尽くす富と欲望の象徴。――上がろうと思っても上がれなかったけれど。

でも、それも大体言いがかりだ。
陽がなければ星もなかった。
陽がなければ生き物もいなかった。
陽がなければ何もかも見えない。
陽がなければ月も光らない。
そしてスターダムの光は陽の光なんかじゃない。
あんなに下品でもない。

だから、悪いことばかりじゃないんだよな。
そうして僕はこっそり誰かに謝って日なたに出る。サングラスはしっかりかけて。

ああ、やっぱり眩しい。お前なんか――ちょっと好きじゃねぇ。

8/4/2023, 10:06:39 PM

 つまらないことでも。

 つまらないことでも人は死ぬ。転んだだけでも、それをきっかけに歩けなくなり、弱って、ボケて、死ぬ。
 水を飲みすぎただけでも、笑いすぎただけでも死ぬ。
 フィクションの中だけかもしれないけど、憤死なんてのもある。

 だけど、阿呆みたいな環境でも生きていられる人もいる。働きすぎ、罵られすぎ、飲みすぎ――何日も、何年も。
 そればかりじゃない、車に踏まれてもけろりとしているふざけた奴もいる。脚を吹き飛ばされても腕を切り落とされてもそれでも生きていたりする。
 あと、ゲーム機が壊れても。

 だからヒトは面白い。だから遊びがいがある。
 そうして今日も神々は戯れる。いろんな不幸を考える。許されないことなんて実はない。ばちを当てる最高神なんてものはいない。

 だからのっかるんじゃない、アクセルを踏むのでなく、ブレーキを踏んでくれ。

 それも難しいかな、好奇心が世界を育てるから。

8/3/2023, 2:16:03 PM

 朝か、昼か、宵の口か、真夜中か、一体いつ目覚めるのやら。いや、目が覚めた時が朝なのだ。そう開き直った青年もいたか。まあどうだっていいか。
 ともかく、目覚めの時はわからない。淡雪のような?汚泥のような?屈折した竹のような?大きな小豆のような、眠り。――最後のはつまらないか。
 海の底ように重く、暗く、平穏で、それでも荒唐無稽な世界から。外のことはわからない。だってそうじゃないか、音も、光も、熱もどちらのものかわからず、外のコトと、内の情景とが渾然一体となって奇妙なモアレを描くから。
 さて、そろそろ目醒めの兆しか。眠るのも疲れるもんな。
 さあ、目醒めの時だ。それにしたって首が痛い。
「****!いい加減起きろ」
 ああ、今日も鬱陶しい姉さんの声だ。
「あと2分」
「――119、120。ほら、起きな」
 結局律儀に2分カウントしてくれた声に観念して目を開けると、頭の上に床があった。

8/2/2023, 10:41:23 PM

 その病室は異常にきれいだった。
 ごみも出ない。布団を直してやる必要もない。食事もこぼさないから、手のかかる要素はなにひとつなかった。
 ただし普通の患者ではない。
 ナースたちはその病室に関わるのを嫌がるか不思議がるかのどちらかだ。リネン交換の必要があるのか、などと大抵の新人は不思議がる。ただ、交換のときにはきちんと声かけするようにと言われるから、納得はしないものの、一応言われたようにしている。ただししなくても困ったことはない。手のかからない患者なのだ。
 看護師さん、あの部屋の人はなんで入院してるんだい?と訊く患者への答は一応ある。でも、実は誰もそうは思っていなかった。
 神様か、妖怪か、座敷わらしか。噂は散発的だ。医院長の気が狂れてるなんてのまである。
 もう分かったかな。その患者、姿がないんだ。

8/1/2023, 1:38:10 PM

 日差しはちっとも優しくない。無遠慮に肌を焼き、目を貫く。
 雪もあんまり優しくない。舞っているだけなら美しいが、積もるのは歓迎できない。晴れ渡った冬の陽に輝く光だけがほしい。
 曇りもそんなに好きじゃない。でも、晴れのように痛くないし、雨のように鬱陶しくない。苛烈な吹雪は恐ろしい。ただそれでも、平穏なばかりで面白みはない。
 窓のむこうに木の葉が舞う。風が強いのか。がたがたと窓が鳴るから、きっとそうなんだろう。ジャズよりクラシックの似合うような男が、それでも優雅にコーヒーすする。そのうち分かるよ、と言われ続けていたら、こんな歳になってたよ――そう言って外国の新聞をめくる。でも私は知っている。彼にその言葉は読めてはいないと。それでもその所作は優雅でさまになっているから面白い。私は氷の浮いたコーヒーを一口。やはりアイスに限る。それはともかくね、と男が笑う。悪戯でも思いついたか。
 明日の天気、どうなると思う?賭けてみようじゃないか――
 もちろん正解はふたりとも聞いている。だってラジオがかかっているんだから。それでも私はその賭けにのる。そして彼は、私が何に賭けるかも察している。結果ももちろん分かってる。でも、だって、だから面白いんじゃないか、こんなゲーム。
「雨と雷。晴れは0%よ」

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