小説
迅嵐※捏造あり
「また来るね、最上さん」
形だけの墓前には一輪の花が手向けられている。
「もう良いのか?時間はまだあるぞ」
「大丈夫。話したいことは話せたし。今日はこのくらいでいいよ」
少し離れた所で待たせていた嵐山と合流すると、おれ達は帰路へ着く。今日はお互いの休みが偶然重なり、月に一度の墓参りに付き合ってもらったのだ。
「何話したんだ?」
「んー、最近キャベツが高いとか、新しく買った洗剤がめっちゃ良かったとか」
「そんな主婦みたいな話してたのか?!」
最上さんにはそんな他愛もない話ばかりしている。たまに任務の事や副作用の話はするけれど、すぐに話題は軽いものへと変わる。
「最上さんが生きてた頃もそんな話ばっかだったし。多分キャベツの値段上がりすぎてびっくりしてると思うよ」
「そ、そんなものなのか…」
嵐山は生前の最上さんを知らない。
(続かない)
魔法
(ストック用)
小説
迅嵐
多くの人々が寝静まる真夜中。着信に震えるスマホを取り出すと、予想通り迅からだった。
「おつかれさーん」
「お疲れ様、今夜はこれで最後か?」
俺は足元の大型トリオン兵を見やる。電話口からは申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「いや、もう1回開きそうかな。てか嵐山、明日大学あるんだろ?今からでも変わって…」
「安心してくれ、大学は午後からだ。そもそも今俺が駆り出されてるのは、俺よりも迅の方が休んだ方がいいっていう上層部の判断だろう?」
「うっ…」
今現在、中高生は期末試験期間、そのうちの3年生は受験ときたことで、ボーダー内部は大学生以上の者が殆どだった。そのため任務は必然的に大学生以上が担う事になり、頻回に臨時部隊が組まれる事態となった。しかしあまりの忙しさにダウンする隊員が続出。そして極めつけはインフルエンザの流行だ。この極限の人手不足に、普段ならB級以上の隊が2チームで行う夜の見回りは、A級部隊の隊長クラスの者であれば1人で行う仕様になっていた。
そして今一番働き詰めなのは、嵐山の恋人である迅悠一であった。
大学に通わず、 未来予知を副作用として持つ迅は、人手不足のボーダーにとって必要不可欠と言ってもいい程の人材だった。しかし迅は本日で3徹目5連勤中。朝夜問わず働く迅を流石に休ませねばと悩んだ上層部は、迅が担当する予定だった夜の見回りを、急遽嵐山に変更を願い出たという訳だった。
「もうすぐ試験期間も受験も終わる事だし、あと少しの辛抱だ」
「…そうだな。……嵐山、あのさ…」
何かを言いかけた迅の声色が変わったことに気がつく。
「嵐山、来るよ。北。またかけ直す」
「嵐山、了解」
通話の終了を告げる音がゲート発生の音にかき消される。
銃を構え直し、夜空を駆ける。
夜が明けたら、会いに行っても良いだろうか。暫く会えていない恋人を想う。
声を聞いたら会いたくなってしまった。俺は自覚していないだけで、結構な寂しがり屋なのかもしれない。
星を背に宙を舞う。
俺はゲートから訪れるトリオン兵に向かって銃を向けた。
ひそかな想い(ストック用)
小説
甘露寺蜜璃(おばみつ)
目が覚めると、私は光を背に暗闇を見つめていた。
視線の先には、黒い髪を三つに編んだ髪をもつ振袖姿の少女。
その少女は顔を手で覆い、泣いているようだった。
「……大丈夫?」
「…え…」
顔を上げた少女の顔は驚きに染まってはいるものの、紛うことなき自分であった。
「……あなたは誰?」
少女に問いかけられ、どう答えようかと悩んでいると、後ろから声をかけられる。
「甘露寺」
光に包まれ、こちらを向いている顔は逆光で見えない。けれども分かった。愛しいあの人に呼ばれている。踵を返し彼の元へと向かおうとする。しかし思い留まり、不安そうに顔を歪める少女に向かって精一杯の笑顔で希望を伝える。
「私は未来のあなた。…きっと今のあなたは辛く悲しい現実で生きてるのよね。でも安心して欲しい。あなたはこれから沢山の仲間に巡り会って、一人の殿方に出会い、恋に落ちる。…あなたの夢は叶うわ」
今度こそ踵を返し、彼の元へと向かう。すると後ろから上擦った声が聞こえた。
「ねぇっ!あなたは今…幸せなの……?!」
私は歩みを止めず、光の中に居る彼に向かって手を伸ばす。彼にも、過去の自分にも聞こえるように、大きな声で問いかけに答える。
「世界一幸せよ…!」