小説
迅嵐
「迅、お前熱あるだろ」
「え?」
出会い頭にそう言われ、おれはとぼけた声を出す。嵐山が見ているのはトリオン体のおれ。どこからどう見ても健康体そのもののはずだった。
「えっと…どっからどう見ても普通だと思うんだけど?」
「トリガー解除しろ」
「いやー、今トリガーのバグで解除できなくてさー」
「…迅」
嵐山は眉間に皺を寄せ、いつもより少しだけ低い声を出す。じりじりとこちらへにじり寄ってくる彼を止める術を、今のおれには持ち合わせていなかった。
「……」
美人の無言は怖い。
「……分かったよ、……トリガー解除」
トリガーを解除すると、頭と身体が少しだけ重くなる。今だけは重力を恨めしく思った。
「何度だ?」
「…三十七度ちょっと超えた感じ。微熱かな」
おれの平熱は平均よりも低いから、微熱と言えど結構辛い数字となっている。
「…ちょっと来い」
嵐山はおれの手を引くと、無言で廊下を進む。突き当たりにあった部屋のロックにトリガーをかざすとドアが横に開いた。中には簡易ベッドがあり、ここが休憩室だと今更ながら気がつく。嵐山が先にベッドに上り、自らの太ももをぺちぺち叩く。
「今日は三時から会議だから、一時間だけここで寝ていけ。あとは玉狛の誰かに連絡して迎えに来てもらおう」
魅惑的な太ももから逃げられるはずもなく、おれは崩れるように横になる。
トリオン体でいるとあんなに楽だったのに。生身の体はやっぱり少し不便だ。
熱で動きの鈍くなった頭はおれの願望を素直な言葉に変換する。
「あらしやまー…あたまなでてー……」
「ふふ、甘えんぼさんだな」
髪と髪の間を嵐山の綺麗な指がすり抜けていく。いつもは温かな嵐山の指が、トリオン体のせいか少しだけひんやりしていた。髪を梳きながら鼻歌を歌う彼は、おれを安心させるように笑う。
「……あらしやまもさー…なまみにもどってよー…」
「はいはい」
微睡みながら言うおれのわがままは、嵐山を温かな生身へと戻す。生身の体は不便だけど、近くで嵐山の匂いを感じられるのは良い。
温かくて柔らかくていい匂いな嵐山。…あぁ眠い。久しぶりに生身に戻ったせいかな。すぐに眠れそうだ。
「…おやすみ、迅」
おれは微熱特有の気だるさと嵐山の体温を感じながら、ゆっくりと意識を手放した。
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迅嵐※友情出演:生駒
「好きなところ?」
多分今、俺は隊服と同じくらい真っ赤になっているに違いない。
生駒との模擬戦で課された罰ゲーム。それは『負けた方が迅に自分の好きなところを聞く』というものだった。生駒は随分と勝てる自信があったらしく、負けた後に聞こえてきたのは「これで素直になれるんやないか」という一言。付き合っていても素直になれていないことは、気の置けない友人にはお見通しだったという訳だ。
「……何かあったの急にそんなこと聞くなんて」
「うっ……いや……別に……」
罰ゲームという事を見透かされている気がして少しだけ居心地が悪かった。でも聞きたかったのは嘘では無い。常々知りたいと思っていたのだ。
「…どこが好きで付き合ってくれてるのかなって」
「ふぅん」
ちらと横を見ると、こちらの会話が聞こえるか聞こえないかのギリギリな距離で生駒が見ていた。普段から表情の起伏が乏しい友人は、オーラから言いたいことが伝わってくる。『頑張れじゅんじゅん!』……人の気も知らないで!
「…いいよ教えてあげる」
意地の悪い笑みを浮かべた迅が顔を寄せてくる。驚いた俺が一歩下がると、迅もまた一歩歩み寄る。何度か繰り返すと、背に壁が当たった。しまったと後ろに目をやり視線を戻すと、迅の空色の瞳と視線がぶつかる。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離。この時間帯は人が通らないとはいえ、絶対では無い。それでも好きな人に迫られ抵抗する事など出来ず、俺は固く目を瞑る。
ふ、と小さく笑う声が聞こえたかと思うと、耳元で誰にも聞かれないように迅が囁く。
「好きなものを目にすると輝くように笑うところ、太陽の下でコロと楽しそうに散歩してるところ、……おれの前では恥ずかしがり屋なところ」
「んえっ」
その後も次々と出てくる『好きなところ』のオンパレードに、俺は茹だる顔を隠しながら受け止めることしか出来なかった。
「どんなおまえもぜーんぶ好き」
「か、勘弁してくれ…」
これでは罰ゲームではなくご褒美だ。
頭の中に生駒の声がトリオン体の通信機能を通して聞こえてくる。
『人払いしといたるからな』
友人の気遣いに小さく頷いた俺は、顔から手を離し、迅に躊躇いながらも抱きついてみる。迅はこの未来が視えていなかったらしく、ぴくりと肩を跳ねさせた。きっと今の俺の反応に集中しすぎていたのだろう。
「……生駒が、人払いしてくれるって」
ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めると、迅も俺の背に腕を回してくる。
……生駒のおかげで、少しは素直になれた気がした。俺は心の中で、気を使ってくれた友人にナスカレーを奢る計画を立てたのだった。
後日、生駒と迅の会話にて(トリオン体の通信)
『迅〜俺の好きなところは〜?』
『嵐山の可愛いところを存分に引き出してくれるとこ〜』
『もうちょい好きなところ無かったん?』
小説
迅嵐
『嵐山准にセーターを着せてはいけない』
いつの頃からか合言葉のように広まっていた謎の文言。おれは不思議に思って、本人には内緒でセーターを用意してみることにした。
「嵐山、これ着てみてよ」
「セーター?…すまない、セーターは着るなと言われててな…」
「いーからいーから、な?」
渋々と言った形ではあるが嵐山はセーターに腕を通す。するとどうだろうか。
「……確かに着せちゃいけないな…」
破壊力がえげつなかった。見た瞬間におれの心は撃ち抜かれていた。
まず可愛い。これが大前提にある。それに加え妙な色気がある。
誰にも見せたくないと、すぐに脱がせようとした時だった。
「嵐山さーん、取材の時間ですよー」
遠くから時枝の声が聞こえた。嵐山が時計を見やり、おれもそれに続く。
ふっと視線を戻すと、そこに嵐山はもう居なかった。
「えっ!?ちょ、待って嵐山…!」
「すまない!!すぐ終わらせてくる!」
物凄い速さでセーターを着たまま取材へ向かう嵐山。視えている未来の中では驚いた顔の男性陣と卒倒する女性陣。興奮と酸欠で倒れた女性は恐らく嵐山のファンだったのだろう。ネットでは#嵐山准 セーター、#じゅんじゅん セーター、など有り得ない程盛り上がっている。まさか嵐山の人気がこれ程までとは思っていなかった。そして根津さんに呼び出されこっ酷く怒られるおれと嵐山。おれに向かっている怒号は、口の動きから察するに『嵐山くんにセーターを着せてはいけないと言っただろう!!!!!!!』だな。……さすが根津さん、全部お見通しって訳か…完敗だ…。勝手に敗北感を味わいながらおれは頭を抱える。
…あぁ…興味本位で嵐山にセーターを着せるんじゃなかった…!
未来の中でおれは根津さん以外の上層部から哀れみの視線を受け、現実では女性陣の黄色い声が、スタートの合図の様に聞こえたのだった。
小説
迅嵐
冬のとある一日。寒さに耐えかねた俺は、遂にあるものを出す。
「あったかい…!」
そう、こたつを出したのである。モコモコのこたつ布団にくるまりながら、感嘆の声を上げる。
「ただいまー…っていいもん出してんじゃん」
買い物から帰ってきた迅が、靴を脱ぎながら言葉を投げかけてくる。迅の手の中にあるビニール袋にはみかんが入っていた。
「みかん!美味そうだな」
「そー、冬だしいいかなって。もう食う?」
「食べる」
いつの間にかコートを脱いでいた迅は、袋ごと机の上に置き、俺の横に並んで入ってくる。ついさっきまで外にいたせいか、迅の体はアイスのように冷たかった。
「えい」
「ひあっ!…迅、冷たい!」
ひんやりとした足をくっつけられ、間抜けな声を上げてしまう。恥ずかしさから俺は迅の足をえいやと蹴飛ばす。
「ごめんって。ほら、あーん」
みかんの皮を剥き、実の一粒を俺の前に突き出す。素直に口を開けるところりと口の中に転がってきた。久しぶりに食べたみかんは甘酸っぱくて、思わず笑みが零れる。
「どう?美味い?」
「ん…美味い」
食べ終わってまた口を開けると、迅は笑いながら俺の口にみかんを放り込む。さながら親鳥が雛鳥に餌を与えているかのようだ。
全て食べ終えると隣で迅が腕を広げながら寝転がった。続いて俺も迅の横に寝転がってみる。頭は迅の腕の上に置いてみた。うん、いい枕かげんだ。
横を向くと空色の瞳と視線がぶつかる。いつ見ても綺麗だな、とか意味の無いことを考えていると空色が三日月形にたわむ。
「んよいしょっ!」
「わっ」
次の瞬間、俺は迅の腕に捕まえられてしまった。肺の中が、迅の匂いでいっぱいになる。俺の好きな匂いだ。迅は俺の頭を顎でグリグリしている。ちょっとくすぐったい。
「んー、あったかい」
「あったかいな」
しばらくそうしていると、迅の匂いと絶妙な温かさに包まれているせいで、段々と眠くなってきた。
「…ねむい」
「いいよ、後で起こしてあげる」
風邪をひいてしまうだろうかと少しだけ心配になるが、迅が止めてこないということは風邪を引く未来が視えないということだ。まぁ、たまにはこんな日もあっていいだろう。
窓の外で小さな雪が落ちていく。
冬っていいな。寒いのは嫌だけれど、こうしてくっついていても誰にも文句を言われない。
俺は心に温かな幸せを抱えながら、夢の中へと誘われていった。
おばみつ※物語風
むかし、ある時代に一人の少女がおりました。
その少女は桜色と若草色の美しい髪を持ち、常人よりも八倍力持ちでありました。
優しく美しい少女は、周りからとても慕われておりました。
十七になったある日、少女はお見合いをすることになりました。
するとお相手から心無い言葉を言われ、少女は深く悲しみ心を閉ざしてしまいました。
美しい髪を黒く染め、大好きな食べることを辞めてしまいました。
「私のことを好きになってくれる人はいないの?」
彼女は自らの力を生かすため、こんな自分でも愛してくれる素敵な殿方を探すため、鬼を狩る鬼殺隊という組織に入りました。
そこで少女は出会いました。
出会った青年は白蛇を連れ、蜂蜜色と瑠璃色の美しい瞳を持っていました。
二人は直ぐに仲良くなり、愛し合うようになりました。
しかし、青年には秘密がありました。
その秘密があるせいで青年は少女に想いを伝えず、また少女も中々言えずにありました。
そんな中、鬼との戦いは続いていきました。
ある月の美しい夜、二人は最後の戦いへと向かいました。
次々に放たれる攻撃を交わしきれなかった少女は深い傷を負い、それを見た青年は少女を抱え建物の裏に駆け込みます。
そして少女を戦いから遠ざけると自らは戦場へと戻ってゆきました。
「いかないで!」
少女の悲痛な叫びは届かず、青年の姿は小さくなるばかりでした。
しかし少女は一人生き残ることが嫌でした。仲間と共に最期まで戦いたかったのです。
少女は治療を終えると、無惨な戦場へと舞い戻ります。
激戦を乗り越え、遂に鬼殺隊は鬼の頭を討ち取り、世界は平和を取り戻しました。
陽の光を浴びながら、少女と青年は寄り添い合い最期の時を待ちます。
二人には生き残る力がもう残っていませんでした。
「生まれ変わったら私のことお嫁さんにしてくれる?」
少女の問いに青年は頷きます。
「君が俺でいいと言ってくれるなら」
二人は静かに天に昇ってゆきました。
鬼が居なくなり、平和な世界が普通となったある日。
ある男女が、美しいチャペルで結婚式を挙げていました。
それはあの少女と青年でした。生まれ変わった二人は、再び出会い、愛し合い、今日夫婦となるのです。
二人はとても幸せそうに笑いました。
少女は言います。
「私を好きになってくれてありがとう」
少女の瞳から一粒の涙が零れ落ちました。
そしていつまでもいつまでも、夫婦となった二人は仲良く幸せに暮らしました。
この先、二人が離れることはないのでしょうね。
めでたしめでたし