小説
迅嵐
冬のとある一日。寒さに耐えかねた俺は、遂にあるものを出す。
「あったかい…!」
そう、こたつを出したのである。モコモコのこたつ布団にくるまりながら、感嘆の声を上げる。
「ただいまー…っていいもん出してんじゃん」
買い物から帰ってきた迅が、靴を脱ぎながら言葉を投げかけてくる。迅の手の中にあるビニール袋にはみかんが入っていた。
「みかん!美味そうだな」
「そー、冬だしいいかなって。もう食う?」
「食べる」
いつの間にかコートを脱いでいた迅は、袋ごと机の上に置き、俺の横に並んで入ってくる。ついさっきまで外にいたせいか、迅の体はアイスのように冷たかった。
「えい」
「ひあっ!…迅、冷たい!」
ひんやりとした足をくっつけられ、間抜けな声を上げてしまう。恥ずかしさから俺は迅の足をえいやと蹴飛ばす。
「ごめんって。ほら、あーん」
みかんの皮を剥き、実の一粒を俺の前に突き出す。素直に口を開けるところりと口の中に転がってきた。久しぶりに食べたみかんは甘酸っぱくて、思わず笑みが零れる。
「どう?美味い?」
「ん…美味い」
食べ終わってまた口を開けると、迅は笑いながら俺の口にみかんを放り込む。さながら親鳥が雛鳥に餌を与えているかのようだ。
全て食べ終えると隣で迅が腕を広げながら寝転がった。続いて俺も迅の横に寝転がってみる。頭は迅の腕の上に置いてみた。うん、いい枕かげんだ。
横を向くと空色の瞳と視線がぶつかる。いつ見ても綺麗だな、とか意味の無いことを考えていると空色が三日月形にたわむ。
「んよいしょっ!」
「わっ」
次の瞬間、俺は迅の腕に捕まえられてしまった。肺の中が、迅の匂いでいっぱいになる。俺の好きな匂いだ。迅は俺の頭を顎でグリグリしている。ちょっとくすぐったい。
「んー、あったかい」
「あったかいな」
しばらくそうしていると、迅の匂いと絶妙な温かさに包まれているせいで、段々と眠くなってきた。
「…ねむい」
「いいよ、後で起こしてあげる」
風邪をひいてしまうだろうかと少しだけ心配になるが、迅が止めてこないということは風邪を引く未来が視えないということだ。まぁ、たまにはこんな日もあっていいだろう。
窓の外で小さな雪が落ちていく。
冬っていいな。寒いのは嫌だけれど、こうしてくっついていても誰にも文句を言われない。
俺は心に温かな幸せを抱えながら、夢の中へと誘われていった。
11/23/2024, 1:39:19 PM