家宝

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8/3/2023, 5:51:55 AM

あの木が桜色になったら私、死ぬんだって。

そんなんわかんないじゃん。そんなの、なってみないと。
私だってあなたが長くないって知っていたつもりだったけど。まさかそんなに―

月日は流れ日に日に衰弱していく私を見て、あの子はどんどん顔が曇っていった。一分一秒がおしいといった目で見つめて、私の心には罪悪感が芽生えた。
どうしても会いたくなくなって、布団を頭までかぶって子供みたいにやり過ごした。悲しそうな背中が病室を出ていくのを見て、このまま死んでしまえばと思った。
病室の外の丸裸の枝を見て、担当医のもうすぐ春だという声に耳を傾けた。

いよいよさいごの日になって、異常な眠気と戦いながら私は窓のそとを見た。満開の木があるだけで何もなくて。さいごの景色にはなんだか物足りない。
動かない足と共に、私ははやすぎる生涯を終えた。
さいごに聞いたのは、あなたの泣き声の混じった笑い声だった。
ねえやっぱりさ、こういうのって葉っぱが落ちたらにするべきだったかな。

5/13/2023, 6:25:35 AM

久しぶりに公園に来た。色褪せた遊具、新緑の匂い、子供たちの遊ぶ声…
自分まであの頃に引っ張り戻されるような雰囲気が足どりを軽くさせている。
もし、こんな自分をあの子が見たらどう思うかな。
罵る?憐れむ?それとも―何も思わない?
あーあ。もっとちゃんと話しとけばよかった、なんて。
後悔は簡単だ。

5/1/2023, 10:12:44 AM

「カラフル」  森絵都

【あらすじ】
生前の罪により、輪廻のサイクルから外されたぼく。ぼくの魂が天使業界の抽選に当たり、再挑戦のチャンスを得た。
自殺を図った少年、小林真の体にホームステイし、自分の罪を思い出さなければいけない。真として過ごすうちに、人の欠点や美点が見えてくるようになる。


私はこの本からはじまりました。何となくで手に取った、学校の図書室の一冊でした。
カラフルという題名と、珍しく透明なシールのようなカバーが付いていなくて。なんだか気になって冒頭部分をすこしだけ。
その時点で、もう手遅れでした。森絵都さんの世界に引き込まれてしまいました。
当時私は小学六年生。お金がなかったので文庫すら買えなくて、何度も借りて何十周としました。
読むたびに新たな発見があります。
この先、この本以上に他の本を好きになれないと思う。そんな一冊です。
是非、手にとって見て下さい。

【森絵都さんの他の本】
・風に舞い上がるブルーシート
・ラン
・みかづき
・クラスメイツ
・DIVE!!
・アーモンド入りチョコレートのワルツ
・出会いなおし
・永遠の出口
         など   

4/20/2023, 11:18:41 AM

たいせつなひとが死んでさ。
ほんとに君、なーんもいらないの?

僕だけに見える僕よりも背が大きいお兄さん。
生前、母さんが見せてくれた写真に写る子をそのまま大きくしたみたいだ。あの子は母さんの弟―つまり、僕の叔父さんだった。
でも、叔父さんは母さんが幼い頃に病気で亡くなったらしい。ちょうどお兄さんぐらいの歳で。
弟の魂は未だあの病院で、母さんが来るのを待っているんだ。弟と同じ病気で亡くなる母さんを、何年も何十年も。
それで、時折ふらっと患者の前に現れる。ぼくが、入院したときみたいに。

母さんが唯一の家族だった僕は、親戚に連れられ新しい生活をはじめた。
新しい服、新しい家、新しい学校…
たくさんの「あたらしい」が僕のことを着飾ってるけど、まだまだぽっかり穴が空いてる。
おばさんが僕を心配して穴を埋めようとするほど、どんどん穴が広がってく。
だから、お兄さんに聞かれても「いらない」って答えた。僕を満足させるものなんてないんだ。
もし、本当になんでも欲しいものをくれるなら、おかあさんをかえして欲しい。

4/17/2023, 8:00:48 AM

私の手のひらにある、ひときれのザッハトルテ。
それは幼い頃からいつもそばにある物だった。
私の話を聞いて、私の姿を見て、新しく一歩を踏み出す時は決まって一口私に進める。

ずっしりとたたずんでいて、あの子が纏う黒いチョコレートは小さなからだを守る殻だった。
大人に憧れたあのときから変わらない、ビターな味わい…
変わったところと言えば、小さな頃と比べて随分小さくなったこと。
ひときれ568円。お金がない当時は大金で、毎日ちょびちょび食べていた。 

今日はあの子の命日だ。ぽつぽつと降りだした雨は、私の体を湿らせる。
とっくの昔に消費期限は切れた。
でも、あの子の為ならお腹壊したって構わない。
私はぱくっと一口で食べきって、これから巡り会うかわいい子達に胸を膨らませながら、次のケーキ屋さんへと新しい一歩を踏み出した。

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