私の手のひらにある、ひときれのザッハトルテ。
それは幼い頃からいつもそばにある物だった。
私の話を聞いて、私の姿を見て、新しく一歩を踏み出す時は決まって一口私に進める。
ずっしりとたたずんでいて、あの子が纏う黒いチョコレートは小さなからだを守る殻だった。
大人に憧れたあのときから変わらない、ビターな味わい…
変わったところと言えば、小さな頃と比べて随分小さくなったこと。
ひときれ568円。お金がない当時は大金で、毎日ちょびちょび食べていた。
今日はあの子の命日だ。ぽつぽつと降りだした雨は、私の体を湿らせる。
とっくの昔に消費期限は切れた。
でも、あの子の為ならお腹壊したって構わない。
私はぱくっと一口で食べきって、これから巡り会うかわいい子達に胸を膨らませながら、次のケーキ屋さんへと新しい一歩を踏み出した。
4/17/2023, 8:00:48 AM