最後に他人と出会ったのは果たして何年前だったか。
モニターの操作や音声指示で、日常の全てが自動で解決する自宅。
一歩外を出ても、無人の公共機関や案内ロボが最短ルートや快適ルートをナビゲートし、人間を行きたい場所まで導いてくれる。
一昔前はあんなに便利だ便利だ、と驚きと嬉しさがあったはずなのに、今やもうそれらはすっかり自分たち人間の生活に溶け込み、今やもう当たり前という地位にまで到達した。
こんなにも快適になったというのに、心の渇きがあるのはなぜなのか。
「なんで自分は寂しいんだろうね」
『そうですね。感傷的なご様子なので楽しい気分になれる書籍や映画を検索してみました。興味を持たれたものはありましたか?何日も続くようでしたらAIドクターやケアロボットドクターへの受診をお勧めいたします』
無機質な君に問うてみた。間違ってはいないのだけど、正しくはない。
【世界の終わりに君と】
やってしまった
電車を逃してしまった
無人駅で項垂れる 僕
僕の住む町は 田舎
最寄りの駅に電車は
2時間に1度しか来ない
その貴重な電車が
たった さっき
走り去った 走り去ってしまった
時刻表 そういえば
変わったんだった と
ああ あと2時間
駅の待合室で どうしようか
【最悪】
むかしむかしの話。
私にはかつて近所の公園で遊ぶ学年違いの
同性の友達がいた。
同じ学校に通う近所に住んでいる友達を仮にAとしよう。
Aは私の家とそう離れていない住宅地に住んでおり、苗字もなかなか聞かないような名前だったからよく覚えている。
私とAは近所の公園で出会い、Aが一人で遊んでいたところを私が声をかけたことが知り合うきっかけだった。
知り合って以来、私とAは時折公園で遊ぶようになった。お互いに遊び道具を持ちより、ままごとの真似事をしたり、バトンを振り回したり、一輪車で広場を走り回ったりと、年頃に相応なことをしたことを断片的に覚えている。
ある日、私とAはそれぞれお気に入りの玩具を持ち寄り、いつものように公園で遊んだ。私は細かいビーズを編むように繕われているネックレス、Aは兎のぬいぐるみであった。
Aが大事そうに抱えている兎のぬいぐるみを見て私は心底羨ましいと思った。
私は当時、欲しいものをなかなか買って貰えないという環境であった。しかも当時人気だったデザインの兎であったものだから、Aが学校であったことを色々話してくれていたが、全然頭に入ってこなかった。
私は無意識にポケットの奥に入っていたビーズの指輪を取り出していた。
兎のぬいぐるみとこのネックレスを交換しない?ネックレスに指輪もつけるよ。悪い話じゃないと思うんだけど、どうかな。
少しだけ読んでいた漫画で、取引をするシーンが頭をよぎった。取引を持ちかけたキャラになりきりながらAに言った気がする。ネックレスも指輪も綺麗で、正直手放すには惜しいとは思ったけれど、それを容易く上書きするくらい、当時の私にはぬいぐるみの方が魅力的に思えた。Aは快く承諾し、私たちはお気に入りのものを交換することとなった。
それからAとは自然と疎遠になってしまった。
元々Aとは学年も違く、公園で時折会って遊ぶだけの仲だったので、いずれは疎遠になっていくだろうとは薄々思っていたが、今振り返ってみると思いの他早かった気はする。
最近になって実家に帰り、近所を散歩してきた。Aの家を前を通り過ぎたが、家も表札も全然知らない姿となっていた。
今も私のそばにいる兎のぬいぐるみ。
ぬいぐるみのことは家族にも誰にも言っていない。
【誰にも言えない秘密】
周りが気になって仕方がない
学校 職場 出かける先々
家の中の居間ですらも
落ち着かない
本当に
誰かひとりでもいると駄目だ
たとえ 気の知れた友人でも
たとえ 身内である家族ですらも
トイレと風呂以外にも
気持ちが落ち着ける場所が欲しかった
物事つくころから
ずっとそう思い続けて
何十年後
ようやく自分も
一人暮らしをはじめた
決して広くはないワンルームだけど
自分にとっては 楽園だ
【狭い部屋】
「ぐあーーーーちょっと聞いてよっ」
「何、朝から奇声をあげて」
HR前の教室。おはようの挨拶を軽く交わした直後、後ろの席の友人が私に声をかけてきた。
「推しがっ推しがってか朝のニュース見た?」
「いや見てないけど」
「マジか聞いて聞いてほんと信じられないんだけど」
「聞くから落ち着いて。そんでさっさと鞄を下ろしたら?」
「うん」
私に宥められた友人は、すぅ、と深呼吸をしながらゆっくりと鞄を机の上に下ろした。そして信じられない…と鞄に顔を沈めるように座り込んだ。
「結婚…した」
「え?」
「結婚したのっ推し!あーーー朝からほんと鬱い」
「あー…なるほどね」
鞄の上に伏せる友人を眺めながら納得する。だから朝からなんかテンションおかしいのか。最も彼女はいつもテンションはおかしいのだけど、今日はおかしさの質が違うというか。
「この間のワンマンライブで皆大好きって言ってたのは嘘だったのかよっっ」
「…まぁキミの推し君も全然結婚しても良い歳じゃん」
「あーあー聞こえない聞こえないっワタクシ結婚という単語は存じあげませんっ」
「じゃあなんで結婚で嘆いてんの」
「あー聞こえません」
友人は異性アイドルが好きな、所謂オタクと呼ばれる人の一種らしい。なんか数ヶ月前は別のアイドルが好きだった気がするんだけど、いつのまにか今のアイドルが好きらしい。まぁ今好きなアイドルもそろそろ変わりそうなんだけども。
いや、でもね!と友人はがばっと顔を上げる。
「結婚するにしても!してもよ!!うちらには隠せー?って思うのよ正直」
「うんうん」
「うちらは歌って踊ってトークできる推しが好きな訳で、そこにリアルを持ち込まれたら、ずっと脳裏に過ぎって気持ちよく推せない訳。世の中の人たちが結婚を祝える心情がうちには分からんのよ」
「おおう」
なんと傲慢な、という言葉をギリギリで飲み込む。勿論、友人と違って素直に推しの門出を祝える人たちも沢山いるだろうけれど、なかなかにオタクというものは難儀な思考をしている。
「てかアンタはほんとアイドルに興味ないよね」
「まぁあんまり」
友人が言うように、私はというとアイドルどころか芸能人全般に興味がそんなにない。こういう時ばかりはあんたが羨ましいよ、と友人が足をパタパタ宙でバタつかせる。
「はぁ…積んだ円盤や写真集どうしよ」
「いっそのこと売れば?」
「皆持ってるよ〜大して売値つかん」
「どんまい」
「帰りなんか奢って」
「しょうがないなぁ」
こんな調子の友人だが、数週間もすれば新たな推しが見つかるだろう。
【失恋】