「ぐあーーーーちょっと聞いてよっ」
「何、朝から奇声をあげて」
HR前の教室。おはようの挨拶を軽く交わした直後、後ろの席の友人が私に声をかけてきた。
「推しがっ推しがってか朝のニュース見た?」
「いや見てないけど」
「マジか聞いて聞いてほんと信じられないんだけど」
「聞くから落ち着いて。そんでさっさと鞄を下ろしたら?」
「うん」
私に宥められた友人は、すぅ、と深呼吸をしながらゆっくりと鞄を机の上に下ろした。そして信じられない…と鞄に顔を沈めるように座り込んだ。
「結婚…した」
「え?」
「結婚したのっ推し!あーーー朝からほんと鬱い」
「あー…なるほどね」
鞄の上に伏せる友人を眺めながら納得する。だから朝からなんかテンションおかしいのか。最も彼女はいつもテンションはおかしいのだけど、今日はおかしさの質が違うというか。
「この間のワンマンライブで皆大好きって言ってたのは嘘だったのかよっっ」
「…まぁキミの推し君も全然結婚しても良い歳じゃん」
「あーあー聞こえない聞こえないっワタクシ結婚という単語は存じあげませんっ」
「じゃあなんで結婚で嘆いてんの」
「あー聞こえません」
友人は異性アイドルが好きな、所謂オタクと呼ばれる人の一種らしい。なんか数ヶ月前は別のアイドルが好きだった気がするんだけど、いつのまにか今のアイドルが好きらしい。まぁ今好きなアイドルもそろそろ変わりそうなんだけども。
いや、でもね!と友人はがばっと顔を上げる。
「結婚するにしても!してもよ!!うちらには隠せー?って思うのよ正直」
「うんうん」
「うちらは歌って踊ってトークできる推しが好きな訳で、そこにリアルを持ち込まれたら、ずっと脳裏に過ぎって気持ちよく推せない訳。世の中の人たちが結婚を祝える心情がうちには分からんのよ」
「おおう」
なんと傲慢な、という言葉をギリギリで飲み込む。勿論、友人と違って素直に推しの門出を祝える人たちも沢山いるだろうけれど、なかなかにオタクというものは難儀な思考をしている。
「てかアンタはほんとアイドルに興味ないよね」
「まぁあんまり」
友人が言うように、私はというとアイドルどころか芸能人全般に興味がそんなにない。こういう時ばかりはあんたが羨ましいよ、と友人が足をパタパタ宙でバタつかせる。
「はぁ…積んだ円盤や写真集どうしよ」
「いっそのこと売れば?」
「皆持ってるよ〜大して売値つかん」
「どんまい」
「帰りなんか奢って」
「しょうがないなぁ」
こんな調子の友人だが、数週間もすれば新たな推しが見つかるだろう。
【失恋】
6/4/2024, 4:01:21 AM