ひと

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10/7/2024, 4:56:40 PM

力を込めて


「俺の力込めといた。」
ぶっきらぼうに言い放ち、俺は少しぬるくなったスポーツドリンクを差し出した。


その子は同じ学校で同学年だが、クラスは一度も一緒になった事がなかった。部活の時間に顔を合わせるくらい。更に思春期真っ盛りの俺たちは、女子と必要最低限しか会話をしなかったので、正直彼女とはあまり話した事もなかった。
ただ、知っているのは、走る事が好きなんだろうなって事だけ。
ひたすら前を見据えて走る姿は、俺の目にはいつも輝いて見えていた。


中学最後の大会。
この3年間の集大成を表す最後の100メートル。
決勝まで進んだ彼女の背中には、予選で敗退した俺なんかには分からないほどの重圧が乗っているんだろう。
ひたすらにトラックを見つめている彼女を何となく眺めていたら、その身体が震えているのに気がついた。
いつもならそこで終わっていたが、その日は何となく声をかけてみようと思った。
「緊張してんの?」
彼女は突然の問いかけにびくりと肩を震わして、こちらを向いた。こんなにしっかりと目が合うのは、初めてかもしれない。
「山田君か…びっくりした。」
「驚かせてごめん。なんか緊張してんのかと思って。」
「そりゃ緊張しまくりだよ〜!最後なんだから。」
彼女はいまだに震える手を俺に見せると、ほら、と笑って見せた。
「カッコ悪いよね。今までこんなのなった事なかったのに…」
少し泣きそうな声で呟く彼女を励ましたくて、咄嗟に持っていたスポーツドリンクを差し出した。
「俺の力込めといた。」
「へ?」
「お、俺の力込めといたから、これで緊張なんて吹っ飛ぶはず!」
今思えば我ながら恥ずかしい。
けれど、この時は目の前の彼女をどうにか勇気付けようと必死だった。
「だって俺この3年間緊張したことねぇし!」
決め台詞を言った所で、限界に達したのは彼女だった。
「ぷっ、あははは!」
「な、なんだよ!」
「うんん、ごめん、面白くてっ」
中3男子の健気な心遣いを笑うなんてとも思ったが、そんな事より、彼女の笑顔に釘付けになった。
走っている姿と同じ、いや、それ以上に輝いて見えたからだ。
「…、そんだけ笑えりゃ大丈夫だろ。」
「うん、ありがとね!」
ちょうどそのタイミングで、女子100メートル決勝の選手を招集する放送が流れた。
彼女は受け取ったドリンクを大事そうに抱えると、軽やかな足取りで俺の横を通り過ぎた。
「あ、ねぇ、山田君!」
少し離れた場所で振り返って俺の名前を呼ぶと、彼女は先程のドリンクを掲げて、悪戯っぽく笑う。

「飲みかけ、いいの?」

思春期真っ盛りの男子に対して酷いからかいだ。
俺は急激に顔が赤くなるのを感じた。
「う、うるせぇバカ!!早く行けよ!!」
小学生並みの語彙力で対抗する俺を、彼女はもう一度おかしそうに笑うと、そのまま今度は振り返らずにトラックへとかけていった。


ーーーーー
ーーー
ーー

「そんな事もあったよね。」
「俺は知らんそんなの。捏造すんな。」
「え、ひどーい。私たちの大切な出会いなのに…」
真っ白のドレスに身を包んだ彼女が、頬を膨らませて睨んできた。
「準備できたか?俺は先に行くぞ。」
「もう!どーぞお先にっ!」
「あ、」
「?」
「忘れてた。これ、俺の力込めといたから。やるよ。」
あの頃と同じドリンクをポンと投げ渡した。
「!!」
見事キャッチした彼女は、みるみるうちに目を潤ませる。
「なに?」
「……っ、飲みかけ、いいの?」
あの時と同じ問いかけ。少し胸の奥が熱くなるのを感じた。
「うるせぇバカ。…早く来い」
今回もうまく返せなかった。
けど、それでも君は、あのキラキラとした笑顔で、俺の手を力強く握った。

                      END.

10/7/2024, 3:48:56 AM

過ぎた日を思う



久々に帰省した。

高校卒業してすぐに家を出た。こんな田舎に自分は収まらない。東京に出てデカい男になるんだと、どっかの売れない漫画の主人公のセリフのような言葉を吐き捨てて、故郷を出た。
それから30年経った。もう両親にも「たまには帰って来い」とも言われなくなった。
しかし、がむしゃらに働く日々に丁度疲れた時、ふと、あの田んぼだらけの田舎を思い出したのだ。
「……帰ってみるか」
そう呟いてみれば、帰りたいと言う気持ちが溢れ出し、その日のうちに飛行機のチケットを取り、3日後には故郷の地を踏んでいた。

30年も経てばそりゃ街は変わる。田んぼだった所もスーパーやマンションになっていたり、大きな道がついていたり、驚いたことにショッピングモールまで出来ていた。
思い出の景色はほぼ消え失せていた。
「……あ、たい焼き屋!あのたい焼き屋はまだあるかな?」
それでも必死に当時の面影を見つけたくて、小学生の頃よく友達と通っていたたい焼き屋を探すことにした。
「あのたい焼き美味かったんだよな〜。しかも美人なお姉さんが焼いてて、半分お姉さん目当てで行ってたっけな。」
よく通っていた店だから道も覚えている。思い出通りに進んでいくと、あの日と変わらぬ店構えでたい焼き屋はそこに建っていた。
しかし、たい焼きを焼いていたのは、面影はあるもののすっかり膨よかになって歳をとった「お姉さん」だった。それに、あんこしかなかった味も、チョコやカスタードといった変わり種も増えているし、たい焼きの値段も変わっている。
「いらっしゃい!」
「……あ、あんこ一つ…」
「はいよ。108円ね。……お兄さんもしかして小学生の頃よく来てくれてた子かい?」
「! え、ええ!そうです!」
「いや〜!すっかり大人になって!」
「大人って、もう僕も48ですよ。」
「そんなになるのかい。まあそりゃアタシも歳取るわけだ!」
そう言って豪快に笑う「お姉さん」からたい焼きを受け取ると、一つ礼をして店を後にした。

そう、お姉さんだけじゃない。僕だってすっかり歳を取った。
たい焼きを一口齧ると、あの頃の思い出が鮮明に蘇ってきた。その時していた会話、当時好きだった女の子のこと、好きだった遊び…
けれど、たい焼きはあの日ほど美味しくない。
お姉さんが製法を変えたのか?
それとも素材を変えたのか?
何故だろうと悩んでいると、目の前を小学生らしき二人組が自転車で通り過ぎる。
「たい焼き屋いこーぜ!おばちゃんとこ!」
「あり!俺チョコ味にしよー!」


……あぁ、なんだ、そうか。

100円玉を握りしめて、友達とくだらない話をして、全力で走ってたあの時だから…

あの日々だから、美味しかったのか。


夢を追ってきた自分を間違っていたとは思わない。
けれど、僕は大事なものを置いてきてしまっていたんだ。

もう30年も経った。経ってしまった。

僕が手放したものは、こんなにも綺麗で尊い物だったなんて…知らなかった。

過ぎた日を思いながら、少ししょっぱくなったたい焼きを一口齧った。

                      END.

10/6/2024, 5:22:33 AM

星座


「あれは水瓶座。あれは山羊座。俊、分かるか?」
「分かんねぇよ。」
「あの星とあの星とあの星と…なんかこうなってこうなったら、ほらヤギに見えるだろ?」
「見えねぇよ。パンツにしか見えねぇ。」
「情緒の欠片もないな…」
「じゃあ洋太はヤギに見えるのかよ。」
「見えるわけねぇだろ。」
「笑笑」

10/4/2024, 5:29:53 PM

踊りませんか?



『僕と一緒に踊りませんか?希望者は旧校舎3-7まで。』

「なにこれ。」
校内に貼られた一枚のチラシ。イラストはなく、B 5の更紙にその言葉だけが雑に書かれていた。
誰かのイタズラである可能性が高い。
これは教師である私が注意しなくては…!新任であるが、だからこそ積極的に指導は行わなくてはならないのだ!
そう息巻いて、早速指定された場所へ行く事にした。

新校舎の裏側にひっそりと建っている旧校舎は、今では教師すらも立ち入る事のない、所謂廃墟だ。勿論、私も例外ではなく、この度初めて足を踏み入れる。
生徒たちの中では「おかっぱ頭の女の子が窓から手を振っている」「旧校舎のトイレに入ると呪われる」などと言った噂があるようだが、学舎の廃墟があれば必ずと言っていいほど立つ噂であり、あまり信ぴょう性はない。
それに聞く話によると、数十年も前からある噂であり、もはや都市伝説と言えるレベルだ。

あまり信じていないと言っても、やはりこれだけ古い建物になると、雰囲気だけはあるので、少し気後れしそうになる。だが、もし、生徒がいるならば連れ出さなければならない。あんなイタズラは勿論注意すべきであるし、建物の状態もかなり悪くなっているので、物理的な危険性もあるからだ。

意を決して旧校舎の鍵を開け、そっと足を踏み入れた。
些細な音でも鼓動が早くなるくらいには恐怖を感じている。
使用されていた頃は、3年生が一階を使っていたのだろう。幸い指定された場所は一階にあるので、何かあっても窓から脱出可能だ。
「…本当にこんな所に生徒がいるの…?」
一歩、また一歩と進んでいくと、廊下の先に『3-7』と書かれたプレートが見えた。
あそこだ。恐る恐る歩みを進めて行くと『3-6』を過ぎた時、一瞬世界がぐにゃりと歪んだ気がした。
突然のことに思わず足を止めたが、特に異変は見られない。視界も普通だ。
「疲れが出てるのかな…」
きっとそうに違いない。疲れている上に、急激な恐怖を感じたせいだ。ストレスが爆増している証拠だ。
そう言い聞かせ、たどり着いた『3-7』教室の扉に手をかけた。
木製の扉は引き戸になっていた。建て付けが悪くなっていると思っていたが、案外すんなりと開いた。
教室の中に一歩踏み入れた瞬間、息が止まった。

「っ!!!」

教室の窓際に、青年がひっそりと立っていた。
飛び出そうになった絶叫を何とか飲み込み、震える声で話しかける。
「っあ、あなた、うちの生徒?見た事ないけど、こんな所で何をしているの?」
銀色の髪、赤い瞳、異常に白い肌。明らかに異質な空気を纏う男は、やはりどう見ても生徒ではない。男は薄らと笑うと、徐に口を開いた。
「お姉さん、見えたんだ。あの紙。」

やばい。

そう思った時には大抵手遅れである事が大半だ。
頭の中で逃げよと警鐘が鳴り響いているが、足が竦んで動けない。
「来てくれたって事は、お姉さんが僕と踊ってくれるんだよね。そうだよね。だから来てくれたんだよね?」
「ち、ちがう…私はただ確認しに来ただけで…!」
「張り紙が本当かどうかって事?じゃあ本当だったね!おめでとう、良かったね。」
満面の笑みとはこの事だろう。しかし、このような状況下での満面の笑みは、狂気しか感じない。
逃げなきゃ…!
急いで踵を返すと、向けた背に男が嬉しそうに呟いた。
「帰れないよ。」
ゾクリと背筋が凍りつく。少し離れた場所から聞こえていた声は、いつの間にか真後ろに移動していた。
「ひっ」
「ね、だから一緒に踊ろう。君が君を忘れてしまうまで。」

静寂を纏う旧校舎に、カラカラと扉が閉まる音が静かに響いた。


「あれ、誰か旧校舎の鍵知りませんか?無いんだけど…」
「あぁ、それならーーー先生が持って行きましたよ。何でも、一緒に踊りましょうっていう意味不明の張り紙がしてあったらしくて、それも場所が旧校舎の3-7教室と指定されてたみたいで…。生徒がイタズラ目的で侵入してたら危ないから、確認しに行くって言ってました。」
「なんだって!?」
「!! …鍵貸し出したらまずかったですか?」
「い、いや、大きな声を出してすみません。実は…旧校舎の一階は3-6まで…。3-7なんて教室は存在しないんですよ。」
「え……」
「彼女は一体何処へ……」

                      END.

10/3/2024, 5:29:38 PM

巡り会えたら


よく晴れた昼下がり。見上げれば胸がすくような青空。
大きく息を吸い込むと、僕はこの青空に似合わない、灰色の背中に別れの言葉を投げつけて、大袈裟に手を振った。
「元気でなっ!」
「…」
「もう変なところに入り込んで嵌ったりするなよ!」
「…」
もちろん返事はない。
「……」
…いや、もしかしたらふりふりと左右に揺れているあの尻尾こそが、返事の代わりなのかもしれない。

見知らぬ土地、見知らぬ風景、そして見知らぬ猫。
猫から見れば僕も見知らぬ人間。
浮草のように所在なく旅を続ける僕だから、もうここには二度と来ないかもしれない。もし再び訪れたとしても、少し青みがかった灰色の毛並みを持つ君とは、もう二度と出会えないかもしれない。
幾度となく出会いと別れを繰り返し、もう惜しむ心も見失っていたはずなのに。
なのにーーー・・・

もうほとんど見えなくなった背中に向けて、そっと呟いた。
「また、巡り会えたら…」
なんて、そう思うんだ。

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