ひと

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7/16/2025, 3:03:01 PM

真昼の夢


少しうたた寝を…

目を閉じて夢の中に浸かると

「おい!!」

いつも耳元で同じ声がして目が覚める。


少し冷や汗をかく昼下がり。

あの声は一体誰の声なのか。

3/28/2025, 3:39:08 PM

小さな幸せ



久しぶりに袖を通したジャケットのポケットから、500円玉が出てきた。ラッキーなんて思いながら、いつも降りる駅よりも一つ早く降りて、そこで先程の500円を使いケーキを買った。もちろん少しプラスしたけど、500円のおかげでそこまで痛手じゃない。
家に帰ってケーキを差し出した。妻は少し驚いた顔をして「今日なんかの記念日だっけ?」なんてちょっと焦っている。食卓につくと、僕の好物が並んでいた。今度は僕が「今日なんかの記念日?」と聞く羽目になった。
反抗期真っ只中の娘が2階から降りてきて、3人で食事をした後、僕が買ってきたケーキを一緒に食べた。
しばらく見てなかった娘の笑顔が見れた。

たまたまが重なって小さな幸せとなる。
小さな幸せが重なって大きな幸せとなる。
何気ないものに宿る幸せは、小さくとも偉大なのだ。

2/22/2025, 7:14:54 PM

君と見た虹



東の空に薄らと浮かぶ七色のアーチを見つけた。


「あ!ママ!見てあれ!虹だよ!虹が出てる!」
「んー?あ、ほんとだ!」
「虹の下には何があるの?」
「何だろうね〜…お宝かもよ?」
「えっ!ホント!?僕今から虹の下まで行って探してくる!」

遠い日の思い出が蘇って来た。
虹を見るとキラキラと目を輝かせ、必ず私を呼ぶのだ。
ママ見てって。
私はそんな息子を微笑ましく思いながら、いつまでも一緒に眺めていた。

虹が大好きな息子は、虹の出現場所へ行こうと作戦を立てたり、登って虹の上を歩くのだとよく話していた。
そんな事も思い出した。
私にとっては昨日のことのように鮮明で、それでいて涙が出そうなほど儚く懐かしい思い出だ。


「あ。━━、見て虹が出てるよ。」
「え?…あ、それより──」

窓の外に浮かぶ虹を見て、懐かしさのあまり伝えてみたけど、息子はチラリと目線を動かしただけだった。

私よりも随分と大きくなった背。
あの頃よりも空に近くなったのに、空を見上げる事はきっと減っただろう。
虹を見て走り出す事も無ければ、キラキラと輝く目を向けてくれる事もない。
虹の下へ辿り着くことは出来ない、虹の上を歩く事は出来ない、虹の下に宝物なんてない、息子はもうそれを知っている。
でも、それでいい。それでいいんだ。
大人になるってそういう事なのだから。
けれど、あの日々に取り残されている私が居るのも事実。少しだけギュッと胸が切なくなった。


いつかきっと、息子も今の私と同じことを考える日が来るだろう。
その時に、あぁ、俺も母さんと見たっけな。なんて…少しでも思い出してくれたりするのかな。
そうしたら懐かしく思ってくれるだろうか。

…そうだったらいいな。

そうしたら自分の宝物をしっかり抱きしめてあげるんだよ。

いつか、それがまた虹の思い出となって、次へ繋がれてゆくから。きっと。

2/11/2025, 4:33:23 PM

ココロ


「ねぇ!ココロって何処にあると思う?」
突然の問いかけに、僕は思わず家へと向かう足を止めた。
問いかけてきたのは、いつも隣を歩いている幼馴染の森岡海里だ。
親同士が学生の頃からの友達らしく、家も近所という事もあって、幼い頃からずっと隣にいる存在だ。
「ちょっとキンタ聞いてる?」
勿論僕の名前はキンタは本名ではない。海里が金本颯太という僕のスーパークールな名前を改造して、作りやがった大変不名誉なあだ名だ。
「聞いてるよ…」
「じゃあ答えてよ。」
えっと…ココロは何処か、だったな。
…そんなの分かるわけがない。
「さあ?」
「何、さあ?って!質問に答えろ!」
人生80年。たったの16年しか生きてない青二才だぞ。そんな深い質問の答えなんて、持ち合わせてるわけがない。
「キンタってほんと面白くない。」
「そりゃどうも。てか何だよいきなり。」
「べっつに〜何でもない。」
こういう時は大体何かある時だ。
というか、海里が突拍子もない質問をしてくるのは、そこまで珍しくない。そう言う時は、素直に口に出せない何かが自分の中にあって、こうやって遠回しに答えを求めてくるのだ。
「……人間の存在意義って何?の時は女友達との関係に悩んでた。神様って本当に居るのかな?の時は部活で伸び悩んでた。甘い=美味しいの定義って誰が決めたの?の時は体重増加で悩んでた。それからー」
「あ、その節は…」
へへへとわざとらしい照れ笑いをしながら、会釈をするのが堪らなくイラっとする。
「で、今回は何なの?」
「じ、実は…」
「?」
「す…すすす好きな人が出来ました!!!」
大きな声が住宅街に響いた。

何だそれ。
全然知りたくなかった。
「…へ、へぇ。」
突然のカミングアウトに、一瞬にして心臓が滅多刺しにされた。
腹から絞り出した声は少し掠れてしまった。
「ねえねえ、誰か知りたい?知りたいよね?」
知りたいわけない。この様子だと完全に僕じゃないし、わざわざ僕に恋バナをするって事は、ほぼ脈なしだ。
血の気の引いた手のひらをギュッと握りしめた。
知りたくない。知りたくない。知りたくない!

だけど…
「…だ、れなんだよ。」
海里のキラキラと輝く目を見たら、拒否する事は出来なかった。結局は惚れた弱み。惚れた方が負け。
海里の笑顔を崩したくない。
ただそれだけだ。

「1組の、小山君っ!」

それから海里は、小山君について雄弁に語り出した。
僕は、そっと気持ちを隠していつも通り相槌をうつ。

ココロの在り処なんて聞いてきたくせに、自分のココロが何処にあるかを語るなんて、ほんとに酷いやつだ。

でもきっと、僕のココロはもう戻って来ないんだろうな。


だって、こんなにも君の笑顔が眩しい。

1/12/2025, 5:10:33 PM

あの夢のつづきを



ホールに響く音、ライトで煌々と照らされたステージ、仲間の真剣な眼差し、先生の道しるべ。

心が熱くなるような、泣きたくなるような、叫びたくなるような、切なくなるような…そんな複雑な思い全てが混ざって音となり、ホールを震えさせる。
青春の3年間をこの一瞬のために捧げてきたと言っても過言ではないほど、私たちは努力をしてきた。
"本番で実力以上ものもは出せない"よくそう言われているが、間違いなくこの瞬間は、今までとは違う響きがそこにはあった。

全日本吹奏楽コンクール 全国大会。

吹奏楽の甲子園とも言われるこのコンクールは、野球のそれと同じように、地区、県、支部、そして全国と、狭き門を潜ってきた精鋭達が音でぶつかり合うものだ。
ほぼ全員が、あの真っ黒なステージで演奏することを夢見ている。
そこに向かって学生たちは日々努力を重ね、音を重ね、譜面を重ねていく。

一体、この最高の瞬間を迎えるために、どれ程の音を出してきたのだろう。どれだけ涙を流し、唇を噛み、下を向き、そしてまた顔を上げてきたのだろう。

実際にステージに立つと期待に押しつぶされそうになった。ステージから見る客席は、圧巻以外の何ものでもなく、ただただその重圧に押しつぶされるしかなかった。
手が震え足が震え、音も心も震えた。
きっと他のみんなもそうだったに違いない。ステージに魔物は確かに居るようだ。
リードに当たる唇がかさりと音をたてた。
でも、ここまで来たんだ、もうやるしかない。
そう気合を入れ直し、唇を舐めると、もう指揮と仲間の顔しか目に入らなくなった。

そこからは夢のような時間で、確かに、私たちの音は客席に届いた。

私たちの中で最高の演奏だった。先生もそう褒めてくれたし、聞きに来てくれていた親や友達からもそう言われた。

しかし、同時に現実を突きつけられたのも事実だった。
あんなに自分達の120%を出しても、"金"には届かないのだと思い知らされた。

それでも楽しかったんだ。


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ふと、目を開けると、そこは見慣れた天井だった。
あの輝かしい日から10年。
私は大学に進学後、普通のOLとなっていた。
凹もない、凸もない平凡な毎日を送っている。
あの日と今の日常にあまりにも差がありすぎて、私はいまだにあの日の夢をよく見る。
心のどこかで、しんどかったけど、楽しくて毎日が充実していたあの日に戻りたいと思っているのだろう。
あまりにも輝かしい青春は、対応しきれないギャップを生む。
きっと、あの瞬間を越す何かが起こらない限り、私はこうして過去に夢を見続けるのだろう。
戻れないと分かっているのに、あの夢のつづきを私はまだ見ていたくて、そっと目を閉じた。


end...

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