過ぎた日を思う
久々に帰省した。
高校卒業してすぐに家を出た。こんな田舎に自分は収まらない。東京に出てデカい男になるんだと、どっかの売れない漫画の主人公のセリフのような言葉を吐き捨てて、故郷を出た。
それから30年経った。もう両親にも「たまには帰って来い」とも言われなくなった。
しかし、がむしゃらに働く日々に丁度疲れた時、ふと、あの田んぼだらけの田舎を思い出したのだ。
「……帰ってみるか」
そう呟いてみれば、帰りたいと言う気持ちが溢れ出し、その日のうちに飛行機のチケットを取り、3日後には故郷の地を踏んでいた。
30年も経てばそりゃ街は変わる。田んぼだった所もスーパーやマンションになっていたり、大きな道がついていたり、驚いたことにショッピングモールまで出来ていた。
思い出の景色はほぼ消え失せていた。
「……あ、たい焼き屋!あのたい焼き屋はまだあるかな?」
それでも必死に当時の面影を見つけたくて、小学生の頃よく友達と通っていたたい焼き屋を探すことにした。
「あのたい焼き美味かったんだよな〜。しかも美人なお姉さんが焼いてて、半分お姉さん目当てで行ってたっけな。」
よく通っていた店だから道も覚えている。思い出通りに進んでいくと、あの日と変わらぬ店構えでたい焼き屋はそこに建っていた。
しかし、たい焼きを焼いていたのは、面影はあるもののすっかり膨よかになって歳をとった「お姉さん」だった。それに、あんこしかなかった味も、チョコやカスタードといった変わり種も増えているし、たい焼きの値段も変わっている。
「いらっしゃい!」
「……あ、あんこ一つ…」
「はいよ。108円ね。……お兄さんもしかして小学生の頃よく来てくれてた子かい?」
「! え、ええ!そうです!」
「いや〜!すっかり大人になって!」
「大人って、もう僕も48ですよ。」
「そんなになるのかい。まあそりゃアタシも歳取るわけだ!」
そう言って豪快に笑う「お姉さん」からたい焼きを受け取ると、一つ礼をして店を後にした。
そう、お姉さんだけじゃない。僕だってすっかり歳を取った。
たい焼きを一口齧ると、あの頃の思い出が鮮明に蘇ってきた。その時していた会話、当時好きだった女の子のこと、好きだった遊び…
けれど、たい焼きはあの日ほど美味しくない。
お姉さんが製法を変えたのか?
それとも素材を変えたのか?
何故だろうと悩んでいると、目の前を小学生らしき二人組が自転車で通り過ぎる。
「たい焼き屋いこーぜ!おばちゃんとこ!」
「あり!俺チョコ味にしよー!」
……あぁ、なんだ、そうか。
100円玉を握りしめて、友達とくだらない話をして、全力で走ってたあの時だから…
あの日々だから、美味しかったのか。
夢を追ってきた自分を間違っていたとは思わない。
けれど、僕は大事なものを置いてきてしまっていたんだ。
もう30年も経った。経ってしまった。
僕が手放したものは、こんなにも綺麗で尊い物だったなんて…知らなかった。
過ぎた日を思いながら、少ししょっぱくなったたい焼きを一口齧った。
END.
10/7/2024, 3:48:56 AM