「ただいま」
そういって突然訪ねてきた、死んだはずの人間。
なんで生きてるんだとか、教えた覚えのない自宅の場所をなぜ知っているのかとか、色々考えたけど、
もう一度対面できたことが嬉しくて嬉しくて、「おかえり」と返しながら思い切り抱き締めた。
そんな夢を見るほど、アイツが好きだった。
【突然の君の訪問。】
雷雨が続く空の下、傘もささずに立ち尽くす。
服が水を吸って重くなる。肌にはりついたそれは全身から体温を奪っていく。顔や手を雨粒が流れて落ちていく。
今にもすぐそばから「バカ、風邪ひくぞ」という声が聞こえてきそうなのに。
こんなことをしても、誰にも咎められない。
咎めてくれる人は、もういない。
俺の唯一だった人間が死んだ。その事実を受け入れろと言わんばかりに、雨はさらに強くなる。
俺より先に死んだら許さないって言ったじゃん。
分かった、って、俺が怒ると怖いから気を付けるって、お前も言ってたじゃん。
なのになんで俺より先に逝くんだよ。
真っ暗な空を見上げ、「うそつき」と呟く。掠れた声しか出なかった。
【雨に佇む】
向かい合わせで座りたいと頑なに譲らない彼女。
「隣だと顔が見えないでしょ」と涼しげな顔で言う彼女の耳は、ほんのり色づいていた。
【向かい合わせ】
最近、気になっている人がいる。
名前は海江さん。
いろんな部署で噂になるほど仕事ができて、みんなに慕われていて、背が高くて、美人で…
どうにかお近づきになりたいと、ずっと思っていた。
そんな自分が、仕事でなんとか海江さんと知り合うことができ、そこから努力を重ねて親睦を深めたある日。
自分は彼女を海に誘おうと決めた。
「海へ行きませんか、海江さん」
昼休み、一人でいたタイミングで思いきって話しかけてみる。
「いや、えっとあの、海江さん、海似合いそうだからな~ってなんとなく思って、その、だから、」
面食らったような顔の彼女に、必死になって説明する。わずかな下心は隠して。
すると、彼女は突然ぷっと吹き出した。
「だじゃれですか?」
今度は自分が驚く番だった。今のやり取りを思い返して、はっと気付く。
「え、っと、そんなつもりはなくて!ただ純粋に誘っただけで…」
弁解しようとした自分に、彼女はさらにクスクス笑う。そして言った。
「いいですよ。行きましょう、海」
「…えっ」
「二人だけですか?」
「あ、その、つもりです」
「分かりました。日にちは?」
「まだ、決めてません…」
「では今日の業務終わりに話し合いましょう。あと時間と、場所と、いろいろ決めないといけませんね」
てきぱきと話を終え、「そろそろ時間ですね」と言いつつ部屋の扉を開けた…と思ったらふいと振り返って、微笑みながら
「楽しみにしていますね」
と言い残して去っていった。
…海江さん、すんなり承諾してくれたな。
二人きりなんて、デートみたいなものなのに。
しかも、あんな笑顔まで向けられて。
あちらにそんな気はないと分かっていても、期待せずにはいられない。
浮かれた自分は早速、スケジュール調整を始めた。
【海へ】
「好き」の裏返しは、「無関心」と「嫌い」のどちらなんだろう。
自分は、後者だと考えている。
なぜなら、天邪鬼な恋人が、いつも照れながら「大嫌い」と言ってくるから。
【裏返し】