「ただいまー」
「おかえりー」
帰ったらもうこんな時間。
部屋に入って目につくのは、使った食器が重なるシンク、畳まずに積み上げられた洗濯の山、食べたままのお菓子のゴミ。
どっと疲れが込み上げる。
「どうしたの?」
「ううん、やっと帰ってこれたなと思って」
「今日遅かったね。何かあったの?」
「……後輩がミスっちゃって」
「そっか、お疲れ。ゆっくり休みな」
「ありがとう」
これを見て休む気になると思うかい?
まあ言っても仕方がないから。
遅くなった理由も。
さすがに、上司に言い寄られてました、なんてね。
『何でもないフリ』
うずくまっているが、別に泣いている訳では無い。
いやいや、本当に。
何してるのかって?
いや〜、ちょっと小銭が入っちゃって。
本当に、本当に。
えっ、何で小銭出したかって?あ〜の〜、財布の中身いくらだったかなって。
マジ、マジ。あっ、なんか鳴ってね?スマホ!ちょっと行ったほうが良くね?
あっぶねー、急に入って来んなよなぁ。
プレゼントどこに隠すか。
『部屋の片隅で』
「はい、じゃあ皆手を繋いでお散歩に行くよー」
隣にいる子と二人一組で手を繋ぐ。
「皆さん入学おめでとうございます。体育館に移動するので、隣のお友達と手を繋いで並んでください」
「さとしくん、おなじクラスだったね」
「うん、あいちゃんといっしょでよかった!」
そう話しながら手を繋ぐ。
「それでは、式が始まるので体育館に移動します。2列で並んでください」
「ねえねえ、さとし、最後までクラス一緒だったね」
「中学も3年間、またあいと同じクラスかもな」
そう話しながら並んで歩く。
「あい、クラス違ったな」
「残念だわ。来年はさとしと一緒でありますように」
話し終わるとそれぞれのクラスに入っていく。
「結局一回もならなかったね」
「高校は一緒だけど、人数多いからな」
二人並んで帰る。
「さとし!教科書貸して!」
「おお、何のやつ?」
「なあなあ、あいつら付き合ってるの?」
「そうじゃね」
「あっ、さと、須藤!なかなか会わなくなっちゃったね」
「そうだな、部活忙しいよな」
「おーい、須藤行くぞー」
「今行く。じゃあまたな、中島!」
「中島、進路どうするの?」
「私はデザインの専門かな」
「この辺無くね?」
「うん、だから一人暮らしかな。須藤は?」
「俺は考え中かな…」
「まさか須藤が近くの大学だとは思わなかったよ」
「まあな」
「せっかくなら同じ所で部屋借りようよ!」
「飯係やらせようとしてるだけだろ」
「バレたかー」
「ほら!あい、飯!」
「さとしー、ありがとー」
「課題が忙しくても食べなさいよ」
「美味しい!もう養ってー」
「いいよ、卒業したらな」
「えっ!?」
「久々に実家帰って挨拶しないとな。ほら、飯食っちまえよ」
「ええぇっっ!」
『距離』
顔を上げると今にも泣き出しそうな子がいた。
その子の顔を見て、違うだろと思った。
クラスでは明るくお調子者でいつも笑顔である。
クラスメイトからも、
「人生楽しそう」
「おもしろいよね」
といった感じに言われている。
お前がそんな顔をしているのはおかしい。
いつも通りの笑顔でふざけた事を言わなくては。
悩みなんてないように、毎日が楽しいように、周りの評価に合わせて。
大丈夫、大丈夫、まだやれるから。
さあさあ、今日は何を話そうか。
そうして鏡の前から去っていく。
『泣かないで』
「ねえ、私の大切なものになってよ」
そう言って僕の顔を覗き込む。
怖いくらい整った顔の彼女の表情から気持ちを読み取る事ができない。
大きく茶色がかった瞳に吸い込まれていく。
彼女が白く細長い手を僕の首元へ伸ばす。
僕は時が止まったように動けない。
彼女の指先が僕の喉に触れる。
「時間です」
そう言って入ってきた女性は、一直線に彼女の腕を掴み部屋から連れ出す。
彼女の顔は僕の方を向いたまま、表情は変わらない。
扉が閉まる瞬間、彼女は微笑を浮かべていた。
バタンと扉の閉じる音をきっかけに体の緊張がとれる。
わずかに触れた彼女の指先は冷たかった。
なのに触れられた部分から熱が広がる。
僕も部屋をあとにする。
この熱はきっと風邪の前兆だろう。そうでなくてはいけない。
彼女は…
心臓が締めつけられるようだ。
『微熱』