彼から目が離せない。
長くて細い指
立ち上がると際立つ背の高さ
勇ましい演奏からは想像もつかない甘い笑顔
気づけば恋に落ちていた。
高校に上がって、彼と同じ部活に入った。
中学の頃からずっと目で追っていたけど、声をかける勇気はなかった。
声をかけたら、もっと求めてしまいそうだったから。
あわよくばあなたの隣にだなんて、考えてしまいそうだったから。
そんなことを考えてはいけない。
だって、彼には彼女がいた。
彼は私に見向きもくれなかった。
でも、
…欲が出た。
「先輩、今度の週末…」
声をかけた。 だめ。
「…カフェにでも行きませんか。」
後輩からのただの相談。 だめ、だめ。
「今度の大会について相談したいことがあって。」
私の腹の底にどす黒い塊がドスンと落ちたようだった。
「いいよ。」
先輩は少し考えたあと、甘い笑顔で答えた。
その笑顔にまたときめいてしまった私が許せなかった。
『ごめんなさい』
何度も打っては消してを繰り返した。
スマホを睨みつけて、罪悪感に押しつぶされて、恋心に浮ついて、そんな事を繰り返すうちに、ついにその日が来てしまった。
私はヘラヘラと世間話を連ねて、場を凌いた。
しかし、沈黙が目立つようになってきた頃、先に切り出したのは先輩だった。
「今日はどうしたの?相談って…」
「えっ、あー、」
本当は相談なんてない。
頭をフル回転させて答えを考えたが、ついに私は言葉を詰まらせて、俯いてしまった。
視界は髪と机だけ。正面にいるはずの先輩は、存在を感じさせない沈黙を貫いていた。
耳まで熱くなっているのを感じる。
手には汗を握っている。
自己嫌悪が頭を巡る。
私は顔を上げた。
途端に、真っ直ぐに私を見る先輩の目線に貫かれる。
顔がさらに熱くなる。
「…先輩、ごめんなさい。」
先輩は何も言わない。
「私、先輩のことが好きなんです。」
先輩は表情ひとつ変えずに、私を見つめていた。
私はいたたまれなくなって、再び下を向く。
それとほぼ同時に、机の上にあった私の手に先輩の手が重なった。
驚いて顔をあげると、すかさず唇を奪われた。
「俺も。好きだよ。」
頬を伝う嬉し涙が、悲しみと混ざる頃には目が覚めていた。
スマホの画面には、先輩からの返信の通知が表示されていた。
01-14 夢を見てたい
もう一歩だけ、踏み出せたならどれだけ良かっただろう。
あの日、真夏の太陽が真上に来た頃。あと一歩踏み出せたら、屋上から身を投げる君の体を掴めただろうか。
その年の夏休みは、何ともやるせないものだった。
最終日には、夏休み前の明るい雰囲気はどこにもなく、クラスの空気は重苦しかった。
眩い日差しが僕らを刺し殺そうとしているような、そんな猛暑の夏休みが始まった。
蝉の声がうるさく鳴き、僕らの耳を無能にする。
五感が正常に機能していないように感じるのは、きっとこの夏のせいだ。
僕らはまるで夢のような、非現実的なこの世界で、君の面影を探し続けている。
08-25 もう一歩だけ、
パニック障害
いつの間に眠っていたんだろう。
目が覚めると、知らない天井。ここはどこだろうと瞬時にパニックになり、目で当たりを探る。
「あ、気がつきました?今、先生呼びますからね。」
甲高い女性の声。その声に、感情はこもっていない。
私は、電車でパニック症状を起こして過呼吸になり、なんとか駅のホームのベンチに座ったがそのまま意識を手放したらしい。偶然居合わせた人が救急に電話をし、搬送されたようだ。
まだ、先程の記憶が曖昧だ。
「そうですか…ありがとうございました。」
私は、大した処置もされずに病院を後にした。今頃、人騒がせな野郎だとか、大の大人が恥ずかしいだとか、言われているんだろうか。パニック障害になってから、卑屈な思考が頭を占拠する。
初めてパニックを起こしたあの日から、私の人生はがらりと変わった。勿論、悪い意味でだ。
家に出ることすら怖い。人混みの中が怖い。狭く閉鎖された空間が怖い。乗り物が怖い。
これだけで済めばまだ良かったのだ。予期不安などもあるが、脳で恐怖をまだ認識していないうちに発作が起きていることもあるのだ。
満員電車の中、電車が発車すると同時に襲い来る強烈なめまい、そこから精神へと波及し、脳がパニック症状を理解する。理解したら最後、焦ることで症状は一気に悪化する。焦らなければ良いと言うあなたは、1度経験してみてほしい。強烈な乗り物酔いと一緒にくるめまい、白く歪む視界、強烈な耳鳴り、吐き気、手足のしびれ、全身から溢れ出る冷や汗、手足を超えて腕と脚にも波及する震え。これを精神論だと片付けられると、流石に腹が立つ。これはれっきとした病気である。
この病気になってから、電車に乗れなくなり、車に乗れなくなり、あらゆる友人からの誘いを断った。
理解のある友人と、全く理解していないような友人がいた。パニック障害は、この多様性が叫ばれる令和の時代でも、まだ知らない人が多いのかもしれない。私はこの病気で多くの友人を失ったのではないだろうか。今回断った友人はもうきっと、連絡をよこさないだろう。
精神障害は、理解されにくい。それを身をもって体感した。多くの人に理解され、みんなが少しでも生きやすい世界になったら嬉しい。
08-10 やさしさなんて
“将来の夢 宇宙飛行士”
僕の小学2年生のときの作文だ。
このような壮大な夢を持つことは、小学生にとっては珍しくない。先生だって笑って応援してくれる。なぜなら、本心ではなるはずないと考えているから。
だが僕は、誰よりも本気で夢見ていた。
宇宙飛行士になるということを。
高校3年生、僕はありきたりな私立高校に通っていた。一応、進学校と言われているが大して偏差値も高くない、平凡な高校だ。そんな高校で、僕は底辺だった。
(途中)
07-21 星を追いかけて
毎日満員電車に詰められて、高校へ行く。
片道1時間。ある程度良いところへ行ってほしいという親の意向により、私は遠い高校に受験したのだ。
中学までの学生生活で既に不登校気味だった私は、慣れない環境に1ヶ月で限界を感じていた。初めて会う人と初めての場所、周りがあっという間に順応していく中、私は順応したフリをした。どうして出会って1ヶ月でそんなに仲の良い友達ができるのか。親友ができるのか。カップルができるのか。周りが上辺だけで生きている気がした。気味が悪かった。人は、誰でもいいから友達を作ろうとする。そんな薄っぺらい世界を身をもって体感した。世界に嫌気がさしていた。精神的に、私は限界だった。
「桜子ー!今日一緒に帰れる?」
「あー、今日は用事あって…ごめん、先帰っててー!」
「おっけー、ばいばーい!」
友達の誘いを断った。特に用事はなかった。ただ、1人になりたかった。
空き教室に何となく残ってみるが、やることもなく30分でその場を後にする。いつもより遅く歩いて、駅に向かう。同じ高校の生徒に会いたくないためである。いつもより遅い電車に乗った。電車は下校中の学生と仕事終わりの会社員で満員だった。春も終わりがけ、世間はもう夏の雰囲気を感じる。電車はクーラーがかかり、満員電車の二酸化炭素を掻き回していた。疲れて眠そうな人、景色をただ眺める人、置換を疑われないよう手を上げている人、濃いクマがある人、黙々とスマートフォンを構う人…多種多様の人がいる。人は社会の中で生きていく生き物である。だから、この生き方が正しいのだと思う。この人達の生き方が正しいのだ。
だから私は明日からも、吐き気を催しながらこの世界で正しく生きていくんだ。
07-20 今を生きる