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3/18/2026, 1:52:28 PM

『不条理』


あなたは明日、血を吐いて病院に運ばれる。

あなたは明後日、胃カメラを飲まされて、無限に吐いている苦痛に耐えながら検査をする。

あなたは三日後、胃がんの可能性を医師に指摘される。

あなたは一週間後、その腫瘍が悪性である事が、生理検査により確定する。

あなたは二週間後、ステージ3の胃癌を摘出する手術を受ける事になる。

あなたは二週間後、麻酔で眠ったまま、目を覚まさずに生涯を終える。


そんなこと、自分には起こらないと思うだろうか?

でも確実に、誰かの人生で、訪れうる出来事だ。

私たちはそんな不運が自分や家族、友人、恋人に降りかからないことを祈りながら、日々を生きている。

だけど不条理の趣味は、祈りを踏み潰す事。


今日もどこかで、救急車のサイレンが、遠く響いている。

3/17/2026, 11:09:22 AM

『泣かないよ』


「ごめんなさい。
ママ、パパ、ごめんなさい。

泣いてごめんなさい。
うるさくてごめんなさい。

ママを怒らせてごめんなさい。
パパを怒らせてごめんなさい。

もう泣かないよ。
いい子になったから。

もううるさくないよ。
ずっと静かにしてる、から。

だから、お母さん、お父さん、帰ってきて

お腹すいたよ。
いつになったら、帰ってくるの?

もう泣かないから 。
だからもう怒らないで。
叩かないで。蹴らないで。

帰ってきて。

ママ、パパ、だいすきだよ」


それが、iPadに録音されていた、宮崎優香ちゃんの最後の言葉だった。

1ヶ月間。
ゴミ屋敷の中に放置されていた優香ちゃんは、ひとりぼっちで、この世を去っていた。

死因は栄養失調。

腐敗しかけた死体が発見された一週間後、別のアパートで普通に生活を送っていた35歳の男性と28歳の女性が、保護責任者遺棄致死罪に問われ、逮捕された。

4歳で孤独死を迎えた優香ちゃんが、最後に残した両親へのメッセージは、SNSを通じて日本中に広まった。





3/16/2026, 2:21:00 PM

『怖がり』

生きるって、怖がる事だと思うの。

だってね、何も怖がらない人は、死んじゃうから。

高い所を怖がらない人は、高いところに登っちゃう。
暗闇を怖がらない人は、暗闇に入っちゃう。
蛇を怖がらない人は、蛇に近付いちゃう。

ビビりな性格は、よく馬鹿にされたり、笑われたりするけれど。

だけど、ビビりだからこそ、大切な命を守れる

勇気を持たないと手に入らないものもあるけれど。

怖がりというのは、大切なものを守る才能を、あなたが誰よりも持っている証。

今はまだ、色々なことが怖くて、何もできないかもしれないけれど。

生き続けていれば、怖がりの精度が上がって、本当に怖い事と、意外と大丈夫な事が判別できるようになるはず。

だからね、たくさん怖がって大丈夫。

それは、いつかきっと。
あなたの生きる知恵になるから。




3/15/2026, 2:42:37 PM

『星が溢れる』

俺ほどバスケが上手い奴はいない。

高校時代はインターハイ優勝と得点王の表彰に輝き、一躍スター選手として名を馳せた。

大学に進んでも変わらない。

俺のドリブルを止められる奴はいなかった。
俺のシュートはどこからでもネットを揺らした。

大学1年生でスタメンとして、インカレの優勝も果たした。

当然、気付く。
俺は稀代の大天才なのだと。

更にプレイスタイルも攻撃的で絵になる速攻性。

俺は紛れもなく、本物のスターだった。

そして、NBAへの挑戦を決意し、アメリカへ飛んだ。



ベンチにも入れなかった。



意味が、分からなかった。
自分がベンチにすら入れなかった事に、対してではない。

目の前で繰り広げられる、本物の超新星たちによる、異次元なまでの試合展開に対してだ。

あまりにも自分の理解と、能力の限界を遥かに超えていた。

無理だ。勝てない。勝てるわけが無い。
俺とは、生物が違いすぎる

当然気付く。

俺は本物のスターでは無かったのだと。


その2週間後。

俺は日本に帰国してプロチームに入り、その年の国内リーグ得点王に耀いた。

3/14/2026, 9:42:54 PM

「安らかな瞳」

愛犬家のおばさんが、大嫌いだ。

隣に住んでいる井上さんは、合計で8匹も犬を飼っている。
トイプードルを筆頭に、チワワ、マルチーズ、ポメラニアンと、かわいい小型犬が全てを占めていた。

8匹全員が服を着せられており、そもそもそれが服という概念である事すら理解せず、何となく温かい感覚に喜びを感じている、惨めなペット達に、いつも哀れみを禁じ得ない。

私は、この井上直美という40代のおばさんが、どうにも受け入れ難いのだ。

理由は、彼女の目にある。

最初は感じの良い、優しげな人だと思った。

愛犬を散歩させ、愛犬の写真を見せながら語る井上さんの目は、なんとも優しく、穏やかで、安らかな瞳をしていたからだ。

本当に、犬の事を愛しているんだな。

そう思っていた。


あの光景を、見るまでは。


それはとある夜の事だった。

夜に友達と話しながらコンビニに向かっていると、井上さんが3匹の犬を散歩させているのを、見かけた。

その中の一匹、名前をモカちゃんという小さく可愛いチワワが、散歩が嫌になったのか、歩くのを辞めていたのだ。

他の二匹は進もうとするが、モカちゃんはその場に立ち止まり、意地でも動こうとしない。

その瞬間だ。

グイッ!!
と井上さんがモカちゃんを繋ぐリードを、力強く、乱暴に引っ張りあげたのだ。

モカちゃんは苦しそうな顔をして、小さな呻き声と共に、無理やりに引きずられる。

そして、言う事を聞かないモカちゃんに向ける井上さんの瞳は、あまりにも冷徹に怒りの揺らぎを宿していて。

普段のあの安らかで穏やかな瞳とは違う、上位者の不服が、あまりにも露骨に放たれていた。

あぁ、そうか。

これが、愛玩動物なのか。
これが、ペットなのか。

井上さんは犬という生物を愛している訳ではない。

もし彼女が本当に犬を愛しているのならば、歩きたくないチワワを引きずり、無理やり歩かせる事などしないだろう。


翌日。
私は通りで井上さんと出会った。

井上さんはモカちゃんを抱いて撫でながら、あの安らかな瞳で、私にモカちゃんへの愛情を語ったのだった。

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