ちどり

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4/29/2024, 9:25:15 AM

春の暖かい気候が到来した頃。
その日も習慣の散歩をしながらお題のことを考えていると、公園の水辺でカメラを構えている男性を見かけた。

その時はよくいるような写真が趣味の人かとしか思わなかった。
しかし、私が公園を2周も3周もしている間も、ずっと同じ場所で同じ場所格好でいる姿をみて随分と熱心だと思った。

とはいえ他人のやることに口出しするつもりもなく、再度横を通り過ぎようとしたときバズーカのようなレンズが私の視界を遮った。

カメラを構えた男性は構えたままの姿勢で移動しようとしたらしい。
とっさに足を踏みしめて立ち止まった。

見えはせずとも、僅かに漏れた私の声と砂利の音で違和感を感じたらしい。
カメラから顔を上げて私を視認すると、申し訳無さそうに頭を下げた。

「すみません、ぶつかりましたか」
「いえ……野鳥か何かをお探しで?」

ここで非難の声を上げても良かったのだが、好奇心のほうが勝ってしまった。

「野鳥……そうですね、そういうときもあります……」
「それでは花や風景を? 春めいてきましたから、花も沢山咲き始めましたよね」
「ええ、まぁ……」

男性は、偶々話しかけられた私に言うかどうか悩んだのか口ごもりつつ、このように語り始めた。

「私は、私が良いと思った『その時』を収めたいのです」
「その時?」
「言い換えれば、『刹那的な光景』とも言えますね」

刹那、というと写真で収められるようなものではないのでは、と思った。
その私の考えを汲み取るように、その男性はこう続けた。

「よく『刹那』というと、コンマ数秒のことのように感じますが、本来の意味は『今、この時』と言い換えられるように、人によって時間の長さは変わるそうです。」
「へぇ……」

初耳だった。
それならば、写真に収められる。むしろ、写真はそのために撮るものだ。

「ですが、カメラを手にして数年が経つものの、一向に『その時』が捉えられないのです」
「どういうことですか?」

写真を撮る、それはつまり目の前の風景をコピーし手元に残す行為だと単純に考えていたが、男性はどうも違うらしい。

「例えば、風に煽られて大量の花弁か散る桜や新幹線の窓から見えた輝く海、何気ない日常の中で感じた温かい風景……。それらを写真に収めたくても、撮った後に見た写真は当時とは異なっているのです」

彼が過去に撮ったという写真をいくつか見せてもらったが、どれも綺麗な写真だった。
素人目であることを差し引いても、趣味のレベルを超えているように感じる。

素直にそう感想を述べると、男性はお礼を言いつつ首を振った。

「ありがとうございます。ですが、やはり私の求める写真ではありません」

自分のカメラの腕が悪ければ、理想の写真が撮れない理由になったのかもしれない。
しかし、そうではないと自分でもわかっていたのだろう。改めて私に言われたのが応えたのか、気落ちした様子で男性はその場を去っていった。

写真とは得てして、当時の自分が感じたままに写すのは難しい。
色合いだったり、視界と写真の画角や幅も違う。
それは素人の私でもそうなのだから、彼程の腕を持ってしても難しいとなるとかなり過酷な道のりだろう。

しかし、男性が語った理想には全て、自身の当時の感情があった。

その時に感じた感情ごと写真に残す。

果たして、そんな事ができるのだろうか。

道が違えど、情景を表現しようとする者として他人事とは思えなかった。

「理想の写真」
⊕刹那

4/27/2024, 3:04:45 PM


急に呼び出して相談ってなんだよ。

は? 生きる意味?

んなもんねぇよ。
そんな難しいこと、お前みたいに頭の良いやつが考えることだろ。

…………なんだよ、本当に悩んでんのかよ。

知らねぇけどよ、今は人生…100年?時代なんだろ?

100年生きるってことは、それだけ時間があるんだろ?
俺達20歳になったばっかだぜ?
あとプラス4倍は生きるじゃねぇか。

あ?
『100年生きるって意味じゃない』?
『寿命が伸びたとかそういう意味』?
難しいこというな。何が違うんだよ。

寿命が伸びたんなら、100歳まで生きるかもしれねーだろ。

それだけ時間があるなら、今すぐ見つけなくてもいいんじゃねぇかって言ってんだよ。

俺を見てみろよ。
毎日好きに過ごしてるぜ。
学校でもバイトでも怒られてっけどよ。
楽しく生きる、がモットーだからな。

あン? 『少しは学習しろ』?
そのうちな。

あと、ばーちゃんが言うには、『生きる意味や価値なんて最期に決まる』らしいぜ。

幼馴染なんだから、これまでの生き様は見てきただろ?
だからよ、悩んでるならこれからも俺の生き様を見てればいいんだよ。

お前のお陰で大学まで来れたしな。
お礼に俺の生き様、真似していいぜ!

うるせぇ、一言余計だ。
俺だって悩みごとくらい……。

ま、どうでもよくなったんなら飯でも行こうぜ。

誕生祝いに奢ってやるよ。



「イニシエーションは幼馴染と」
⊕生きる意味

4/27/2024, 7:42:30 AM

―――曰く、髪には不思議な力が宿るといいます。

特に長い髪は、遥か昔から目に見えぬ霊力の様な宿ると信じられております。
それ故、その手の職を担う者は髪を長く伸ばしている者もいるのです。

また、幼い頃から言い聞かされて伸ばしていた髪が身代わりとなり、幼少時から目をつけられていた魑魅魍魎から守ってくれた、などという逸話もあります。

更にいうと、古より呪術の類で毛髪が用いられる事例は、枚挙にいとまがありません。

このように髪には力が宿り、古今東西なんであれ力にはあらゆるモノが惹きつけられるのです。

それこそ、善いモノも悪いモノも関係なく。
善いモノであればよいですが、悪いモノだと知らぬ内に宿主に降り掛かることがあります。

ところで『魔が差す』という言葉をご存知でしょうか。

『魔』の文字通り『悪魔』が囁き唆し、それに抗えぬ人は出来心で罪を犯してしまうのです。

そしてその『魔』もまた、力が宿った髪に惹きつけられて近寄ってきます。

『魔』を払うためには髪を切る、または髪を整えることが大切です。

整えられた髪は善の状態となります。
悪いモノは近寄り難く、逆に善いモノがより集まりやすくなり、それらが幸運を授けることもあります。

最近、嫌なことが続いたりツイてないと思ったら『魔』が寄ってきている可能性があります。

先程のような兆候を感じたら是非、当美容院のスタッフにご相談ください。

専門の美容師が、お客様の髪を善の状態へと導きます。



「投函されたチラシより抜粋」
⊕善と悪

4/26/2024, 3:39:47 AM


小さい頃、流れ星が怖かった。
綺麗だが怖かったのだ。

それもこれも、流れ星のことを聞いた私に悪戯心で脅してきた父が原因だった。

「流れ星は宇宙からの落とし物なんだよ。時々どこかに落ちてくることもあるんだ。もし、頭に落ちてきたら……」

そう言って、父は拳で自分の頭をポカッと殴り、その場で倒れてみせた。

怖がりだった私は、それだけで青ざめてしまったという。
もちろん父は母に叱られ、母によってフォローはされたが、幼子のインプット力は侮れない。

後日、流星群の観測に誘われて、一緒に見に行った友達は無邪気に目を輝かせてお願い事をしていた。
私は祈る友達を尻目に母の袖を掴み、とてもお願い事をする気にはなれなかった。

流れる光の筋の美しさに目を取られながらも「自分の上に降ってきたらどうしよう」という心配の方が勝ってしまったのだ。

大人になった今でも心のどこかで恐怖はある。
しかしそんな私でも人生で一度だけ、流れ星に願い事をしたことがある。

流れ星のような先輩に出会ったからだ。

先輩の印象は、綺麗でかっこよくて少し怖い。
その感覚は流れ星を見るときに似ていたが、もっと近くでいたいとさえ思った。

暇さえあれば先輩の姿を探し、先輩もそんな私を見て気に入ってくれたのか、よく可愛がってくれていた。

その先輩がある日、「プラネタリウムに行きたい」と言うのでついて行ったことがある。

擬似的な夜空を走る流れ星を見たが、プラネタリウムなら落ちてこないので安心して見ていられた。

説明を聞きながらいくつか光の筋見送っていると、ふと一瞬で消えゆく姿に一抹の寂しさを感じた。

だからこっそりお願いしたのだ。
流れ星が「ずっと見れますように」と。

本物でなくても効力があるのかは謎だ。

けれど流れ星のような先輩は、数年経った今でも私の前で輝き続けている。



「隕石までとは願わずとも」
⊕流れ星に願いを

4/25/2024, 4:14:57 AM

この世にはルールがある。

秩序を保つため、効率化を図るため、
公平に事を進めるため……。

このように様々な事由で用意されるが、
あらゆる物事にはルールが必要なのだ。

そう、このデスゲームにさえ。

「ハァ……」

山と積まれた手元の資料にため息を吐く。
頭上を見上げると、コンクリートで囲われた薄暗い部屋に、唯一小さく開いた窓が採光の役割らしい働きをしている。

次の開催で何度目かになるこのデスゲーム「天使の交わり」は金持ちの道楽で成り立っている。

金持ち達は自分を「神」と称し、駒として訳アリの人間を拾ってきては「天使」と呼び、デスゲームに参加させる。

そこには漫画やドラマ等でよくあるようなドラマチックな展開はほぼない。
大抵は全てを支配したがる「神」と、必ず生き残って帰るという「天使」の思惑だけだ。

極稀に過去に参加した「天使」の仇討ちに来た参加者もいたが、そんな状況は事前に用意できるものではない。

そうなると、退屈してくるのはゲーム参加者の金持ち――スポンサーだ。

彼らを満足させねばならないが、面白いからといって言い分を全て叶えていてはゲームが破綻する。
しかし、毎回同じ内容ではつまらないからと、定期的にルールの変更を要求までしてくる。

流石にゲーム中の大きなルール変更は参加者全会一致で禁止になったが、では事前に用意するルールは誰が決めるのか。
そのためにゲームの管理委員は存在する。

ルールの中にも態と穴を作る者、
その穴を突くつもりだろうと指摘する者、
しかしガチガチに固めては面白くないだろうと、妙な提案をして享楽に耽る者……。

スポンサーが提案、意見した内容と、ゲーム進行のため差し出された権利書諸々の資料が目の前の山だった。

さしずめルールの宝庫、もしくは「神」の言葉――神託というわけだ。

これら全てに目を通し、今回または次回以降開催のゲームに適用した内容とルールを決め、「神」達のご機嫌を伺う。

嫌な持ち回りだが、命があり、金が貰えるならと諦めて山に手を出す。

「墜ちた天使は人と成り、ってね……」

そうぼやいた 元「天使」は、今日も帰れそうにない。



「天使は人に成ってさえ」
⊕ルール

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