日々家

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2/27/2024, 11:08:05 AM

現実逃避

――朝焼けの空を眺め、波の音を聞きながら、好きな人と手を繋いで歩きたい。

しかし、その肝心の好きな人の顔は未だぼやけている。  
都合良く好きになってはもらえないし、仮に好意を向けられたとしても、私自身が相手を好きでなければ意味がない。
だから今は、ぼやけた顔の“好きな人”に付き合ってもらう事にした。
頭の中くらいは、ドラマチックな世界でも良いでしょう?

私は溜め息を吐いて黒板の文字を書き写し、“私の春はまだまだ先だなあ……。”なんて思いながら、外の満開の桜の木を羨ましく感じた。

                        日々家

2/26/2024, 12:14:44 PM

君は今


君は今、どんな顔をして日々を過ごしているのだろうか。
もう知る術はないけれど、良いと思える日が多ければ僕は嬉しい。
いや、しかしあれからどれくらい経ったか分からない。もしかしたら君は僕と同じ世界にいるのかもしれない。

「転生番号百二十五番さん。時間ですよ」

スーツ姿で黒髪短髪の男、柊さんが僕を呼ぶ。
柊さんは僕の担当死神というやつで、ここに来てからよく他愛もない話をした仲だ。

「あはは、なんだか番号って変な感じですね」
「すみません。決まりなので」

前は今呼ばれたヘンテコな名前ではなかったが、転生一週間前あたりから前世の記憶がじわりじわりと消えていくと説明されていたから受け入れてはいる。
まさか本当に自分の名前まで忘れるとは……。
けれど不思議な事に、“君”の事は覚えていた。
名前は忘れてしまったけれど、姿とか声とか表情とかは思い出せるんだ。

「また奥様と一緒になりたいんですか?」
「おくさま? ああ、“奥様”。そうか、彼女は僕の妻か」
「……すみません。転生前のデータの確認作業の為に記憶を拝見しました」
「良いんですよ。仕事ですもんね」

このやり取りに、あの世もこの世も変わらないなあ。なんて呑気な事を考えていると「一緒になりたいんですか?」とまた問いかけられた。

「なりたいと言えばなりたいし、なりたくないと言えばなりたくないですね」
「?」

彼は真っ黒な目を丸くして首を傾げる。きっと「なりたい」が返ってこなかったのが意外だったんだろう。
それが小さい子供のように見えて、僕は少しだけ笑ってしまった。

「生まれ変わった僕は、僕であって僕ではないからですよ」
「転生ですから」
「そう。だから、知らない男に彼女を取られるのが複雑なんですよ」

「ね? わがままでしょう?」と言うと彼は頷く。僕は言葉を続ける。

「でも、生まれ変わって彼女の生まれ変わりに恋をしたら、笑って下さいね。柊さん」
「……ええ。同僚達と“そらみたことか。やっぱり生まれ変わっても彼女を選んだ”って笑ってあげますよ」

僕らは最後に友達同士が見せるような笑顔で会話終えた。
最後の記憶を消されながら僕は、“ああ、きっと来世の僕は柊さんに笑われながら前世の僕のわがままを聞かされるんだろうな。”と考えながら真っ白な世界に消えた。



                        日々家



2/25/2024, 11:20:09 AM

物憂げな空


どんよりとした重い雲が空を覆い、しとしと雨が地面を濡らしていた。
「せっかくの休日なのに……」ぽつりと呟きつつ溜め息を吐いて、新しく買った傘を広げる。ふと視線を上げると内側に淡い水色が広がっていた。そこで、この色合いに一目惚れしてしてこの傘を買ったのを思い出す。
少しだけ気分が和み、私の足取りはさっきよりも軽くなっていた。

                        日々家

2/24/2024, 10:43:36 AM

小さな命

あなたがわたしを迎えるのなら
名前をつけて
一緒に歩いて
ご飯を食べさせて   
頭を撫でて
抱きしめて
最期の時まで一緒に居て
あなたがわたしの世界の全てだから


                        日々家

2/23/2024, 11:40:33 AM

Love you
(花束の二人のその後)


何回目かの春を迎え、桜の花があちらこちらで咲き誇る。俺は片手に一輪の花束を持って、いつもより朝早くあの人の所へ向かう。
――きっともうそろそろ出かけるはずだ。この誰の目もない時間が勝負だ。
俺はチャイムに指を伸ばした。しかし、それより先に扉が開く。

「あ、はる。おはよう。どうしたの?」 

ちょうど良いタイミングでなつちゃんが家から出てきた。俺は内心驚いたが、気持ちを落ち着かせて挨拶を返す。

「おはよう。なつちゃんに渡しておきたいものがあったからさ」

今日、なつちゃんは学校を卒業してしまう。一つ上だから仕方ない話だが、いつも追いかける身としては辛いものがある。
ガキだった俺も成長し、今ではなつちゃんの身長を超えて声だって変わった。あえて、“なつ姉ちゃん”から“なつちゃん”に呼び方を変え、頼れる人間になる為に勉強もスポーツも努力して上位に食い込めるようになった。

しかし相変わらず彼女は、俺を近所の弟みたいな子として見ている。
ひらりと俺の想いをかわす彼女は、周りで舞い散る桜の花びらみたいだ。
でも、何でそうするのかは何となく分かっている。
だから今日、どんな結果になろうとも俺はこの曖昧な関係に終止符を打つ。

「はい、卒業おめでとう」
「わあ、ありがとう。綺麗に咲いたチューリップだね」
「それと――」
「うん?」

心臓がうるさいくらいに鳴っている。きっと俺もどこかでこの曖昧さに安心していたんだ。だから、次の言葉を口にするのが恐ろしい。
でも、本気だと伝えられないまま“近所の弟みたいな子”でいるのは嫌だった。

「俺はなつちゃんが好きです」

なつちゃんの表情が変わる。柔らかい笑顔が困ったような笑顔に変わる。俺は彼女が何か言う前に口を開く。

「なつちゃん、怖いんだろ」
「えっ」
「自分が居ない一年の間に俺が心変わりするかもしれないから、“私も好きだよ、弟みたいで”とか言ってかわすんだろ」

図星だったようでなつちゃんは目を見開いた。

「ハッキリ言っとく。ガキの頃に勉強教えてくれてた時からなつちゃんが好きだった俺はこれからも変わらない。なつちゃんだけが好きだ」
「はる……」
「だから、受けとって下さい」

なつちゃんに赤いチューリップを差し出す。綺麗にラッピングしてこの日のために用意した俺の気持ち。
ガキの頃に公園で摘んで必死にリボンを巻いたたんぽぽの花束を渡した時と同じように、下を向いたまま差し出している。
受け取る感触が直ぐに伝わらず、駄目かと思った瞬間――。

「はるはいつも真っ直ぐ私を見てくれていたのにね」

俺の手から一輪の花束がなくなった。

「私も好きだよ」

顔を上げるとなつちゃんは泣いていた。「今まではぐらかしてごめん」と言う彼女を俺は抱きしめた。

「いいよ。それでも俺は、なつちゃんが好きなままだったから」

腕の中の彼女が、苦しさで潰れないように俺はできるだけ優しく抱きしめ続けた。


                        日々家

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