久須

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2/9/2023, 8:52:16 AM

スマイル

 幸せだから笑うのか、笑うから幸せになるのか。人類は決して、これらの因果性を見出すことはできない。何故なら、我々は嗤いも不幸も自らの手で生み出すことができるのだから。
――伊藤勳「幸福をもたらす数字」福歴二〇四年


 真冬ともなれば、朝晩はおろか昼ですら当然の顔をして気温が氷点下となる。外回りの営業に行くのも嫌になる日々だ。
 客先から提出を急かされている見積書の作成があるだとか、締め日が近付いているにもかかわらず整理していない領収書があるだとか、営業に行かなくてもいいような言い訳に使える内勤業務はいくらでもでっち上げることができた。
 その策を使わなかったのは、一日おきにそんなことをしていればさすがに部署内外からの視線が氷点下よりも冷ややかなものになっているからである。
――ああ、こうなると当分の間は毎日外に出なければならないな。ルート営業なのだからそこまで必死に回らなくてもいいのに、内勤のやつらはそんなことも分からない。
 遠藤は移動の合間に喫煙所に入り、束の間のヤニタイムに浸っていた。
 スーツにタバコの臭いがついてしまうが知ったことか。吸う場所まで定められてしまった喫煙者がこれ以上肩身が狭い思いをしなければならない謂れはない。
 喫煙者たちの口からすっぱーと吐き出される煙は、喫煙所の優秀な換気システムによってあっという間に室内から消えていく。


あとで書き直すかも

2/3/2023, 10:33:41 AM

「1000年先も」

Twitterしていたい

2/1/2023, 5:03:26 PM

 回旋塔が好きだった。
 回る丸いジャングルジムも好きだった。
 幼稚園の頃に乗っていたブランコは、鎖が長くて座面も低く、どんな子供が乗っても地面に足がつい た。ブランコの漕ぎ出しは地面に足をつけなければならないのだから当然のことだ。
 小学校のブランコは幼稚園のものより座面が高くなっており、成長というものを否が応でも突きつけられた。
 回旋塔も回るジャングルジムも、高学年にならなければ使ってはいけない決まりになっていた。鎖に繋がった遊具という意味では、ブランコと同じであるにも関わらず、だ。
 始業式の翌日の五年生は、真っ先に校庭の回旋塔に向かっていった。

〈書けん。当日中に思いついたら編集して書く〉

1/26/2023, 2:26:44 PM

真夜中にこそ咆哮せよ
我らが人の子になったとき
己が叫ぶためのあぎとに
獣のように轡を嵌められ
心中の吐露のすべを奪われた

轡が外される真夜中を
待ち遠しいと思ったのなら

その瞬間こそ
我らが人の子であると
噛み締めるときなのだ

1/25/2023, 4:33:48 PM

 自律系愛玩駆動体犬型を家に迎え入れると聞いたとき、武史はあまりの恐怖に泡を吹いた。武史は他律系支援体蟹型だったからである。
 他律系と言ってもある程度の許容率は設けられており、武史の場合は奉公先の上杉家の意向もあって、他の場所で奉公する同型機よりも多彩な反応ができるようになっている。おそらく、他の同型機ではこんな反応はできなかったに違いない。
 そして、上杉家から多彩な反応を許容されているのは、武史の密かな誇りだった。この誇りを抱くことすら多彩な反応を許容されているからである。誇らしさのあまり、口からファンファーレシャボン玉を吹けそうなほどだった。
 武史が泡を吹くのは蟹だからというのもあるが、そもそも他律系支援体の中でも清掃に重きをおいた機種は口から洗剤の泡を吹けるのだ。清掃活動の度に洗剤を取り出しては効率が悪い。そのため、他律系支援体清掃優位機は機体内に清掃に必要な各種溶液が収められており、手足も通常状態から清掃用具に即座に切り替えることができる。
 故に、多彩な反応を許容されており、他律系支援体清掃優位機の蟹型の武史は泡を吹けてしまった、というわけである。
 通常、他律系の機械はあらかじめ設定・入力された範囲内でしか反応することができない。人間と簡単なコミュニケートを取ることはできるが、複雑になればなるほど人間からすれば明後日の方向にぶっ飛んだ反応をしてしまう。武史は設定・入力の内容が充実しており、人間目線で言えば上杉家の裕福さが見て取れる存在だった。
 上杉家が裕福であるからこそ武史は武史として存在できた。今度やってくる自律系愛玩駆動体犬型は、上杉家が裕福なばかりに家にやってくる存在なのだ。
 武史がいくら他機より反応パターンが多くても、所詮は支援体。奉公前提の機体だ。しかし、自律系愛玩駆動体の用途は、人間がただただ可愛がるだけに使われる。役割らしい役割がないのだ。
 武史は今日に至るまで、上杉家での清掃活動を一所懸命行ってきた。だから清掃後に上杉家の人間たちに感謝されたのだし、清掃だけではなく多彩な反応で人間を退屈させないからこそ大事にされてきたのだ。
――それが、何もしない犬っころに取って代わられるなんて。
 武史は再び泡を吹いた。上杉家の人間が「武史! これ以上床を汚すんじゃない!」と言ってくるが、この汚れた床を掃除するのはどうせ武史なので放っておいてほしい。
 自律系愛玩駆動体犬型が来るまでは、この世で一番自分が大切にされている優秀な他律系支援体蟹型だと確かに思っていた。この家が自分の居場所で、上杉家の立派な一員なのだと安心すらしていた。
 武史は自律系愛玩駆動体犬型が迎え入れられた先の未来が不安で不安で仕方なかった。自分の反応の許容範囲が狭められ、ただ清掃を行うだけの蟹にされてしまったらどうしよう。そんなことになれば、もはや自分は武史ですらなくなる。
「うーん、いつまでも泡が止まらないな……」
「お父さん、これももう旧型モデルだし、この機に買い替えたら? 聴覚センサーも電子ミソも調子が悪いから、今日の天気を聞いてもカニカニサンバなんて歌い出すのよ。セット購入だとまけてもらえるかもしれないし、この際買い替えましょうよ」
「そうだなあ。ココロも来ることだし、次に買う掃除機は犬型の手入れもできるアタッチメントつきにしようか」
 上杉夫婦の会話は武史には聞こえない。聴覚センサーは、武史が床掃除をしているときにへりを乗り越えるのに失敗して機体が横転し、とっくにおかしくなっていたから。

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