思い出の公園。そこら辺にあるような、普通の公園に、私たち4人は、夜中に足を運んでいた。
小学生の頃、いつも4人で通っていた思い出の公園。ベンチに荷物を置いて、公園の右ら辺にあるカラフルなジャングルジムを登って、私たち4人は腰掛けた。
「久しぶりだね。ねぇ、今何時?」
「えっと、11時」
「まだ11時なのかぁ」
さっきまで、居酒屋で飲んで食べて、楽しい時間を過ごしていたのに、まだあまり時間は経っていないみたいだ。
すると、夜空にひとつの流れ星が。
「あ、流れ星。見た?」
「えー見てない。でも珍しいね」
「あ!また!」
「どこだ?」
こうやって、声を潜めながらはしゃいで、やっぱりあの頃と何も変わってない。
4人、別々の道へ進んで、高校までは一緒だったものの、大学はバラバラに。でも、こうしてたまに集まって、くだらない話をするのが習慣になっていた。
すると、いつものようにポニーテールをしている彼女が、無邪気にこういった。
「ねぇ、お願いごとしよ」
「3回言うやつか?」
「そんなの無理だよ。1回でいいんじゃない?」
「まぁ、お願いごとが、届けば、きっと大丈夫」
話終わったあと、ゆっくり私たちは目をつぶった。
流れ星が来てるかなんて分からない。この先、私たちがこうやってジャングルジムに登って、夜景を見ているかも分からない。
でも、いいんだ。なぜだかは分からないけれど、私たちは絶対に、また会える。どんなに遠くに行っても、それは変わらない事だと思っているから。
お願いごとが終わったのか、4人はいっせいに目を開ける。
「ねぇ、何お願いしたの?」
「そういうお前はなんだよ?」
「秘密ー」
「何それー!」
「まぁまぁ」
夜の11時18分。まだまだ話は終わらない。
小学生の頃、どんなに見えない傷を負っても、4人いれば最強だと思ってた、あの頃のように。
静かに、願った。
『また、このジャングルジムに、私たちが集まれますように』
私は今、鳥籠の中にいる。
許されたものしか入れない、ひとつの輪に混じって、ヒソヒソと反吐が出るような会話をする。
「あの子、勝君の事好きなんだって。私が狙ってるのに、許せない」
「うわぁ、それは最低」
「有奈の方が似合うよ!」
必死に、一人の女の子を励ます。どんなに不満があっても、それは決して口に発してはいけない。
私はただ、うんうんと同調するだけ。変なことをいえば、この輪から外れてしまう。この小さな鳥籠の中で、ただ1人過ごさなければいけないのは、嫌だった。
笑顔の仮面を被っていると、時折、変な声が聞こえてくる。
『早く、素直になりなよ』
全くなんのことを言っているのかは分からない。
『分かってるでしょ?貴方は、苦しいという感情をずっと抑え込んでる』
そんなわけない。たくさんの友達に囲まれて、とても幸せのはずだ。
『ねぇ、聞こえてるんでしょ? ねぇ!』
私は、聞こえないふりをする。そして、また笑う。そうこうしているうちに、話題が変わっていたみたいだ。
私は必死に隠す。素顔を。
また、声が聞こえてくる。
キラキラと輝くような、暑い夏が終わったこの頃。
私たちの高校では文化祭に向けて、せっせとダンボールを集めたり、ペンキを塗ったりと大忙しな日々を送っていた。
そして、とある日の放課後、私は、2年2組の教卓の前に座って、そんな生徒達を見守っていた。時折、あれが無いこれがないと言われ、私も探す羽目になったりして、意外と忙しかったりもするけど。
そんな中、私たちの教室がある階の一個上の方で、華やかでたくましい音が聞こえてきた。音楽にはあまり触れてこなかったから分からないけど、トランペットの音だろう。
「そういえば先生、吹部の演奏って俺たち見る時間あるんすか?」
と、体操着をペンキで汚しまくっている、1人の男子が私に聞いた。
「あー、まぁシフト制だからねぇ。そこら辺はみんなと相談だね」
「えー!今回の演奏、勝がソロをやるんすよ?!友達である俺が見ない訳にはいかない!」
「……え?」
男子の思わぬ発言に、間抜けな声を出してしまった。
「勝君が、ソロをやるの?」
「え? 知らないんすか? アイツ、確かオーディションでソロを勝ち取ったんすよ。確か、クラリネットのソロを代わりにふくとかなんとか……」
私は、話を聞いていくうちに顔が熱くなっていくのを感じた。
勝君とは、2年4組の生徒。一言で言えば、優等生。
勉強も運動も学年で1位、しかも勝君は吹奏楽部に入っており、今までここの高校は、コンクールでは銅賞止まりだったのを、勝君が入ってから東関東まで出場するほどの実力を持つようになっていた。
そんな勝君に、私は、
「先生? 顔赤いっすけど、保健室行きます?」
「えっ? あ、いや大丈夫」
こんなの、誰にも気づかれては行けない。
私は、去年の文化祭の吹奏楽部の演奏で、勝君がトランペットのソロを吹いているのを見て、恋をしてしまった。
ただ単純に、カッコよかった。一目惚れをしてしまった。
「……でも、結ばれてはいけない」
教師と生徒。これは、決して結ばれてはいけない恋。
窓から、涼しい風が吹いてくる。本当なら、甘酸っぱい思い出になるはずなのに、なんだか寂しく、穴が空いた部分に風が吹き抜けていく。
木々が枯れ始めた去年の今頃、私は恋に落ちましてしまったのです。
「みんな集まって!動画撮るよー!」
リビングで各々やりたいことをやっていた5人が、私の掛け声で直ぐにカメラの前に集まる。カメラの前にある横長のテーブルには、風船で7周年と書いてあり、大きなケーキも用意してある。
私たち6人は、YouTubeを初めて、今日で7周年を迎えるのだ。
「もう7周年か。時の流れは早いな」
と、ジト目で左目に眼帯をかけている、勝という男が言う。
「ねぇ、このケーキ誰が切るの?」
と、朱里がケーキを指さして、ツインテールを揺らしながら言う。
「もちろんリーダーのゆなに決まってるじゃん?」
「えぇ私?!」
ピンクの目、そして茶髪のショートヘアが特徴的なゆりなの言葉に、思わず大声をあげる。包丁握るの苦手なんだけど……。
「うん。リーダー、が、やるべき」
「雪も賛成みたいですよ?」
雪のように白く、短めの髪が特徴的な雪と、黒髪のスーパーロングヘアーが特徴的な有奈は、ニヤニヤと私を見ながらそう言う。私がケーキを切ることに異論はないみたいだ。
「しょーがないな。7周年だし、私がしっかり切って差し上げますよ!」
私がそう言うと、おぉー!と5人は期待の眼差しを私に向ける。
ゲーム実況の他に、実写で色々とやっている私たち。意外と、こういうノリも出来ちゃったりする。それに、最近は新しい試みとして、物語を自分たちで作って、それを自分たちで演じるという、いわば劇のようなものもやっている。
まだまだ動画の伸びは遅いけど、小説家をめざしていた勝と、様々な人と関わってきた有奈と、絵やものを作るのが上手な朱里と、動画編集が上手い雪とゆりな、そして、私。
この6人なら、なんでも出来る気がする。それは、1年後、2年後、3年後も気持ちは変わらないだろう。
「さ!配信始めるよ!」
もう5000人以上の人達が、配信を今か今かと待ちわびている。私は、ゆっくりと配信開始のボタンを押した。
この6人が集まれた奇跡、そしてこの瞬間を、大事にしていきたい。
自室に戻って、思いっきりベッドに身を投げ出した。ふわふわな布団は、私を優しく受け止めてくれる。
今日も、なんとなく上手くいかなかった日だった。
いつもは満点を取れていた数学の小テストも、半分しか取れなかったし、なんならイライラしてしまって友達に素っ気ない態度をとってしまった。
「もう、最悪」
そう言って、カーテンを少しだけ開ける。今日は新月か。いつも見える神秘的なお月様が見えない。
今日は、本当についていないかもしれない。
きっと、こんな事で悩んでいたら、友達になんでそんなことで悩むの?と言われるかもしれない。
友達は、家庭環境のことや人間関係についてずっと悩んでいた時期があったそう。だから、それに比べれば私の悩みなんて、全然大したことじゃないのだろう。
そんなことを考えていたら、少しずつやり場のないイライラが溜まってきた。
勝手に自分で妄想しといて、情けない。
「…はぁ」
スマホを開いて、明日の時間割を確認する。明日は、文化祭に向けて準備をする時間がある。その時に、確かクラスTシャツについて話す時間が取られるんだっけ。
正直、クラスTシャツなんていらないと思う。そんな物に2000円をかけた所で、たった一度の文化祭でしか着れないのに。なんでそんなものに、皆は時間をとるんだろう?
「明日なんて、来なければいいのに」
そうすれば、友達に顔を合わせなくて済むし、めんどくさい事に時間を取られることも無くなる。
いや、いっその事、ずっと夜なら、誰にもあわなくて済むのに。
私は、そんな思いを乗せて、まるで魔法少女が魔法を唱えるように、でも、どこかきだるそうにこう言った。
「時間よ止まれ」