鏡の前に立ち、歯を磨き始めて間も無くのこと。
目の前に写る自分を何気なく眺めていると、きらりと頭頂部に光を反射する毛が一本。
そう、白髪だ。
どうやら長さはないようで他の毛の間にちんまりと存在している。
ようし、口を濯いだら絶対に抜いてやろう。
そう意気込みながら俯いて口を濯ぎ、口周りについた水滴を拭ったところで顔を上げて頭部に手を伸ばす。
するとどうだろうか、先程まで光を反射して存在を主張していたヤツは姿をくらましているではないか。
そんなはずはない。確かにそこにあった。絶対にだ。
しかし暫く髪を指先で掻き分けても行方は知れず……これはどう言うことなんだろう。
うーん…どこ?一体どこに行ってしまった?
おかしい。
次見つけた時には必ず抜いてやる。そう胸に誓いつつ朝の支度を終え、今日は大人しく隠れた白髪と共に外へ出るのだった。
2025.3.20 『どこ?』
良い歳をして未だにぬいぐるみを手放せない私がいる。
大好きなあいつとはゲームセンターで出会って、当時苦手だったクレーンゲームにたくさんお金を飲み込ませてようやく連れ帰ったのだ。
あれから早10年が経った。
引越しの度、「邪魔でしょう捨てなさい」と周りに言われ続けても尚ずっと連れてきた。
余談だが、あいつを手に入れた後しばらくクレーンゲームにハマり、たくさんのぬいぐるみを連れ帰ったことがある。その時期はどんどんぬいぐるみが増え、自室が兵馬俑さながらの状態となった。…今思えばあれは恐ろしい数だったな。
結局そのぬいぐるみ達はすべて寺に寄付したが、最初に手に入れたあいつだけは今もここにいる。
何をするでもなくただ寝室に置いてあるだけなのに。不思議と…変わらず大好きなままのは何故だろう。このとぼけた顔が私を癒してくれているのだろうか?
もういっそのこと棺桶まで一緒に連れて行ってしまうのも悪くないのかも。
……連れて行けるかわからないけれど、願わくば共に。
2025.3.19『大好き』
もしできることなら、過去に戻って違う生き方をしてみたいと思うことがある。
もっと早く現状に気付くことができたのなら何か違ったのではないだろうか?
自分一人の力では何も変えられないかもしれない。
それでも、明るい未来を夢見てしまうのだ。
たとえ叶わぬ夢だとしても。
2025.3.18 『叶わぬ夢』
週に二回、決まった曜日に花屋が店内を装飾する花を持ってやって来る。
大きな花瓶に生けられた鮮やかな花は季節の移ろいを感じさせてくれるものだ。
ここ最近は黄色やピンクの花が増えてきたように思う。気温はまだ安定して高くはないが、少しずつ季節の変化を感じる。
どれ、花をよく見てみよう…と近くに寄ってみると、菜の花の少し独特な香りがふわりと私の鼻へ届く。
…実のところこれは好みの香りではないのだが、その花の香りと共に待ち望んだ季節の気配を感じ、私は一人こっそりと微笑むのだった。
もう少しで暖かな春が来る。
2025.3.17『花の香りと共に』
その姿を一目見た瞬間左胸が強く拍動するのを感じた。
口が渇き己の鼓動が耳にまで響く。
この感覚は一体何だろうか?
一目惚れ?いや、それにしては苦しく切ない気持ちだ。
根拠も何もないが、胸の内がざわざわとして君から目が離せない。
朧げだが、どこかで…。
思い出せない。だけどきっと私は君を知っている。
君は何者だろうか?
……ああ、わからない。
わからないけれど、知りたい。
だから声をかけたんだ。
「こんにちは、初めまして。私はーー」
2025.3.16『心のざわめき』