『別れ際に』
飛行機が飛んで行く。
ずっと目で追っていたそれは、機体が水平になる頃にはすでに大きな雲の向こうへと消えてしまった。
38A
たしかチケットにはそう書いてあった。窓側の席だ。
なら、あの子にもちゃんと見えているのだろう。私たちの視界を隔ててしまった、この憎ましい白い雲が。
「ねぇ、今度________。」
別れ際、あの子はそう言った。
…………残酷だ。
「今度」がないかもしれないことを、……きっと誰も、あの子に知らせていないんだろう。
『通り雨』
たった2分の通り雨。
それだけでも、すべてをもっていくにはじゅうぶんだ。
今日のために買ったブラウス。
黒のハイヒール。
ゆるく巻いてアップにした髪。
春に合わせた淡いメイク。
ぜんぶ崩れた。
濡れて、泥がはねて、巻きは取れて、顔もぐちゃぐちゃ。
沖縄の雨は突然なもので、激しく降ったかと思ったら、数分後には、雨上がりの輝かしい空が広がっている。
まるで、この綺麗な虹のためにさっきの雨は降ったんだというように……嘘のようによく晴れる。
その雨で崩れてしまったものに、空は寄り添ってくれない。
久しぶりに、1人で気兼ねなく出かけられると思っていたのに。
もういいや。
…………………………………………帰ろう。
『秋🍁』
春は恋の季節だと言うけれど、私にとっては秋こそが恋の季節。
私が求めているのは、桜のような淡い桃色ではなくて。暖かくて穏やかな空気でもなくて。
美しいけどちょっとドライな、涼しくて心地いい、さっぱりとした秋のような……そんな恋。
甘い空気は、私にはいらないから。
だから、この心地のいい関係のままで……できるなら、ずっと。
『声が聞こえる』
夜の砂浜。
潮風とさざ波の音だけが耳を掠める。
何の目的もなく、ただ一人で砂浜を歩いていた。
そのとき、声が聞こえた。
少し離れた崖の上。一人の少女が立っている。童謡のようなリズムで、素朴な声が言葉を紡ぐ。
歌詞はたぶん、英語だと思う。
儚げで、決して大きな声ではないけれど、下にいる私にもよく聞こえた。
少女は自らの腹部に手を当てて、時々撫でているように見えた。歌うときの癖なのかもしれない。
少し叩けば壊れそうな歌声だった。泡沫のようだ。
綺麗なのに、とても痛々しい。
彼女の見えないところに、まだかさぶたができていないジクジクした傷があるような気がした。
____あの子の傷を、潮風が刺激しませんように。
てきとうに歩いていたこの砂浜でも、ふと聞こえてきた声の先にも、きっとこんなふうに、物語が広がっているんだろう。
それは楽しい話かもしれないし、悲しい話かもしれない。
でも、声が聞こえるだけで、その先を思い描けるなら。それはきっと、本や映画よりもよほどリアルなノンフィクションになると思う。
それが見えるなら、こういうてきとうな散歩も悪くないかもしれない。
『秋恋』
恋することを、春が来ると言うけれど……
私の恋は、春なんてとっくに過ぎてしまった。
桜のような、ほんのり淡く可憐な桃色ではなくて。春風のような、包み込む温もりのあるものではなくて。
はっきりとした色で、鮮やかだけど少しドライな、さっぱりとした……まるで秋のような恋。
仲のいい友達にはバレてるし、私自身もしっかり自覚している。けれど、甘い雰囲気にはなりたくない。付き合いたいとも、大して思わない。
今のように、普通の友達より仲がいい、くらいのさっぱりした関係。
これが心地いい。
だから、このままでいい。
……やっぱり、この恋は秋でもないかもしれない。
いろんな木の実が実る秋という季節で例えるには……
私の、実らせるつもりのない恋は、とても似合わない。