何年傍にいても、まだ知らない君の一面を見る。そのたびに君への愛おしさが増してくるんだ。
穏やかな日差しが降り注ぐ麗らかな昼下がり。
久々の好天に心躍った夢花は外を散歩していた。彼女の少し後ろを青年がゆっくりとした足取りで歩いている。
並木道はすっかりと葉を落としていて寒々しい。冷たい風が吹いているが、歩くうちに感じなくなってくる。
平坦だった並木道は、いつしか緩やかな坂道に変わっていた。
「夢花ちゃん、ちょっと待って……」
そう呼び止められた彼女は立ち止まると振り返った。
「もー、松緒さんったら。まだちょっとも歩いてないのに!」
呆れたように言う彼女に、彼は困ったように微笑んだ。
「……もう年寄りだからね。体力がないんだよ」
「松緒さんくらいの歳で年寄りとか言ってたら、本当のお年寄りに怒られるよ」
夢花は肩を竦めると、びしっと彼を指差した。
「松緒さんが体力ないのは、全然外に出ないからだよ!」
「今って、家で仕事が完結できるからいい時代だよね」
ふふと微笑んで、しみじみと言う彼に、夢花は溜息をついた。
夢花は実は気づいていた。彼は体力がないのではなく、外出が好きではないのだということを。彼女はたびたび彼を外に連れ出すが、そのたびに彼は色々な口実を作って、早く家に戻ろうとする。
夜間ならば、それなりに付き合ってくれるのだが、あまり夜に出歩いていては翌日起きれなくなる。夢花はフツーの学生であり、夜更かししたから朝寝坊するという生活をできる身分ではないのだ。
「もうちょっと日中に、外に出ようよー」
「僕は日に当たると溶けちゃうんだよ」
「嘘ばっかり」
彼の言葉に間髪容れずに返してから、夢花は歩き出した。もう彼のことなど考えずにずんずんと先を行く。待って、と聞こえたが構わなかった。
彼が日差しを嫌いだと言うのならば、本当ならば外へ連れ出そうとすることをやめた方がいいのだと思う。
わかっているんだけどな。夢花は胸中でつぶやくと振り返った。彼がどこか遠くを見ながら、急ぐことなく歩いている。その中でも彼はなるべく日陰を歩いていた。
彼は夢花が立ち止まっていることに気づくと、その歩みを速めた。ようやくして、彼女の傍にやってきた彼は、日陰に佇んで夢花を見つめている。
日陰に佇む彼はまるで幽霊のようで、いつか見失ってしまいそうで怖い。
だから、日の当たる場所にいてほしい。ただそれだけなのだ。
自分の前で、人参のような赤毛の尻尾がゆらゆらと揺れている。自分の従者、シルヴィアのポニーテールだ。彼女がきょろきょろと辺りを見回すたびに誘うように揺れている。思わず掴みたくなる衝動に駆られるが、掴んでしまえば機嫌を悪くすることは必定なので、何とかコンラートは堪えていた。
自分の気を逸らすために、彼は口を開いた。
「お前、随分と物珍しそうに辺りを見てっけど……そんなに来たことなかったか?」
彼の前を歩いていたシルヴィアは立ち止まると振り返った。その顔は好奇心できらきらと輝いている。
「ええ。麓の街はよく訪れていましたが――王都は数えるほどしかありませんね」
「そうか。じゃあ、今日は好きなだけ見て回りな」鷹揚にコンラートは頷いた。「何か欲しいモンあったら遠慮せずに言えよ」
彼のその言葉に、シルヴィアは滅相もないと言いたげに首を横にぶんぶんと振った。
「お気づかいは有難いですが……それには及びません。見ているだけで充分です」
コンラートは苦笑した。
「別に遠慮すんなって」
シルヴィアは困ったように眉尻を下げて、再度首を横に振った。彼から何かを与えられるだなんて、二重の意味で勿体ない。彼は人に贈るとなると、お金に糸目をつけない。自力で賄える範囲で収めているだろうが――彼が贈り物を贈る相手には枚挙にいとまがなく、彼の未来を考えると少しでも多くの人に贈れた方がいい。
そんな彼女の胸中を彼が知っているわけではなかったが、シルヴィアは言い出したら頑固だ。長い付き合いでコンラートはそのことを熟知していた。今のままではいくら言葉を重ねても、うんと頷くことはないだろう。
(……勝手に買って、勝手にやるしかない)
コンラートは溜息をつくと、再び歩き出した彼女の後ろをゆっくりと歩き出した。
しばらく、彼はぼーっと彼女の跡を歩いていたが、ふと彼女が何かをじっと見つめているのに気づいた。彼女の視線を辿ると、その先には帽子が置いてあった。
(そう言えば、こいつが帽子を被っているところなんて見たことないな)
彼女は少しの間、帽子を眺めていたが、やがて歩き出した。コンラートはさっと帽子が置いてあった店に入ると、一つの帽子を掴んで購入した。陳列されていた中で、一番彼女に似合いそうなものだ。
戻ると、シルヴィアはすっかり先を歩いていた。彼は走って彼女を追いかけると、その頭に買ってきた帽子を被せた。
急に視界が狭くなって、彼女は小さな悲鳴を上げた。思わず頭を押さえて、ふわふわとした感触に困惑する。立ち止まった彼女は、頭に乗ったものを取り払った。
それは帽子だった。しかも、さっき見ていたやつだ。
シルヴィアは振り返った。こんなことをするのはコンラートしかいない。
「コンラート坊ちゃん?」
彼はふわりと微笑んだ。
「思った通り、やっぱ似合ってるよ」
日々の生活には小さな勇気がいることがたくさんだ。すぐになくなってしまう。
君が何かに感嘆する姿を見ているのが好きだ。君の物事の捉え方は独特て独創的。僕の世界を広げていってくれるから。