『突然の別れ』9/320
もう何遍も読み直したメッセージ。
いっそ何も見えなくなればいいと願ったけれど、
文字は未だに滲むことなく残っている。
いつしか私も乾ききっていた。
ステメからはハートのマークが消え失せていて、
背景も知らない景色に変わっていた。
最近、早く家を出るようになった。
最低限の身支度だけで済むようになったし、
もう遅刻ギリギリの電車に乗る必要もなくなったから。
のんびり歩けて最初は新鮮に感じた道も、
今ではそれにももう慣れてしまって退屈だ。
友達が減った。
もっとも、それくらいで居なくなる友達なんてこちら
から願い下げだけれど。
良くも悪くも注目を集める人だったから、
それは逃れられない定めだった。
最初から私目当てじゃないことは分かっていたから、
話だけうまく合わせていた。興味がなかった。
彼女たちもそれを感じ取っていたと思う。
体が軽くなったのを感じる。
登校時間を合わせるのも、痛いやりとりをするのも、
好きでもない話を聞くのも、もうしなくていいから。
そのことだけは、あなたに感謝できるかもね。
別れてくれて、ありがとう。
『愛があればなんでもできる?』13/311
確かに、大切な人がいれば人は頑張ることができる。
その人との将来のために一所懸命働いたり、
自分を磨いたり、その人との旅行の計画をしたり。
しかし、そこまでだ。
その努力は本当に相手のためのものなのか。
本当に相手のためになんでもできるのか。
なんでも、とは言えないのではないのか。
否。
本物の愛があれば、なんでもできる。
互いを100%信用し合えるような間柄であれば。
そうであれば、彼らは理屈抜きで互いのために動ける。
『風に身をまかせ』11/298
広く、どこまでも広がる青い海。
太平洋だろうか、それとも大西洋か。
ぼくは、その上でいかだに乗っている。
ぼろぼろの布を張って、風を受ける。
どこへ行くのかも知らず、流される。
周りを見れば、エンジンをふかして進む船、
オールを手に持ちせっせと漕いで進む舟、…生身一つ?
みな、どこかを目指している。
彼らが探し求めるものが眠る、その場所へ。
対してぼくは、どこを目指しているのだろう。
まだ分からなくても、きっと、いつか見えるはず。
進むべき道が見えたとき、いかだを捨てて進もう。
それまでは、風に身をまかせ。
『忘れられない、いつまでも。』17/287
「〜で、現在も捜索が続いているとの情報です。
次のニュースです。今月24日、女優の髙橋◯◯さんの自宅に不当に侵入したとして、21歳の男が現行犯逮捕されました。男は容疑を否認しているとのことです。髙橋さんは約半年近くストーカー被害を受けていることをすでに公表しており、警察は同一犯による犯行と見て捜査を続けています。続いて〜」
そこで画面は暗転した。男の冷酷な笑みが暗闇に映る。
男の手にはテレビのリモコンと、それから数枚の写真。
「まだ、まだ。終わらないよ、髙橋ちゃん。
君が僕を見てくれるまで、いつまでも。
これからも、一生忘れられない思い出をつくろうね、
髙橋ちゃん…」
アパートの角部屋から、若い男の笑い声。
『一年後』12/270
ここ最近、よく思う。一年後、私は笑えているかと。
大学受験を控えたこの一年を、無駄にしていないかと。
しかし、それはこの年に限った話ではない。
最初から未来が存在しているのではない。
私たちの行動一つが、一秒後、一分後、そして一歩前の未来を構築しているのだ。
無駄のない人生などは退屈だろう。
無駄は人生に余裕をもたせるもので必要不可欠である、という主張は至極当然のことだ。
しかし、それは過ぎれば怠惰に変わり、必ず未来の私たちを内部から蝕むことを忘れてはならない。
人が一度付いた脂肪を落とすのが困難なように、怠惰という贅肉は簡単には落ちないのだから。