銀時計

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7/13/2025, 3:08:03 AM

『風鈴の音』
夏を知らせる音。チリンと鳴るその音が気持ちのよい冷風に乗ってからだを通り抜ける。色とりどりできれいなガラスもいいけれど、僕はあの鐘みたいなやつがいい。小さな庭に出て、三角形に切られた真っ赤なスイカを食べて、種飛ばしなんかもしちゃったりするときには、そっちの方が似合ってるから。
今年も夏がやってきた。

7/11/2025, 9:31:30 AM

『冒険』6/542
「今度のなつやすみはみんなで遠出しよう」
 そう誰かが言った。今となってはその声の主は思い出せない。けれどもとにかく、私たちは夏休みに旅行、と言ってよいのか、をした。なぜ歯切れが悪いかというと、私たちの目的は遠出をすることで行き先など決まっていなかったからだ。頼りない財布を握り締めて朝早くから最寄り駅に向かい、適当に指さして決めた駅への切符を買って駅員さんにチラと見せホームへ出た。朝日は眩しくて、私たちは線路から遠ざかって日陰のベンチに並んで腰を下ろした。黄色い点字ブロックが一層輝いていた。誰かが何か話していた気がするが、私はこれから起こるであろうたくさんの出来事にばかり気がいって覚えていない。やがて銀色の電車がピカリと光を反射しながら近づいてきて、私たちはすっくと立ち上がって近づく。早朝のホームに響くスピーカー越しの警告が、なんだか凱旋のファンファーレのように思えたものだった。実際は旅立ちへのはなむけの言葉といった所だろうが。そして私たちはその歴史的一歩を踏み出す。はじまり。

私たちの冒険の序章。厚くて読みきれない本のはじめのように、ここの記憶だけは今でも鮮明に覚えている。

2/13/2025, 7:51:10 AM

『未来の記憶』16/536
未来は自分でつくるものだと誰かが言った。
空虚な言葉だと私は思った。
たくさん勉強して良い大学に入って良い会社に就職してお金をたくさん作って家族と楽しく過ごすのが幸せな人生だと私は教えられた。
なら、将来は決まっているようなものではないか。
自分が思い描いた未来をそっくりそのまま再現する。
良いことのように聞こえるけど、なにかが足りない。

creativity.
大事なのはそれだ。
教えられた幸せを追っていては、「ひと」になる。
ひらがな2文字だけで表される存在になってしまう。
identity.
そうとも言えるかもしれないけど、「自己同一性」。
既にそれを失った僕たちには、意味のない言葉だから。

だから、創り出すんだ。
新たなidentityを、creativityによって。

1/26/2025, 12:55:01 PM

『わぁ!』14/520
とある駅前のベンチ。日曜の午前だからか人が多く行き交っているのを、ぼんやりと見つめる。
あ、あそこにドッキリ大作戦決行中の子がいるなぁ…

「わぁ!えへへ、びっくりしたー?折角だから後ろから
驚かせてやろうと…あたっ!ちょ、スマホは痛いじゃん!?…う…遅刻の件はまことにゴメンナサイ…あ、ちょっと待って置いてかないでよー!…」

…甘。学生同士かなぁ。青春ってベリーみたいな甘酸っぱい味がするものだと思ってたけど、案外ミルクチョコみたいに甘さ100%かもしれない。知らんけど。
その味を知らずに大人の舌になったのは後悔だなぁ。

「わぁ!」
「ぅおっ」
灰色の思い出に苦い顔をしていると不意に背後から声がした。なぜかついでに左肩に強めのチョップが落ちた。
「容易に背後を許すなんてね、私がス○ンド持ってたら死んでたわよ?」
「どこのギャングのボスですかそれ…」
「空の雲はちぎれ飛んだことに気付k」
「もういいですよそれ」
「最近ノリ悪くない?体調でも悪いの?」
「社会人にもなってそのノリでいける方がアレかと」
「ウチの会社はフレッシュさが売りでしょう」
「今日休日ですけど」
「真の社会人はいかなる時も高い意識を持つのよ」
「意識してるならベクトルが真逆です、あとジ○ジョはフレッシュ路線じゃないですよ絶対」
「なッ…なにィーーーッ」
「最近ハマってるんですか?あとこれどうやって収拾つけるんです?一応『わぁ!』がテーマなんですけど」
「終わりがないのが終わり…これがゴールd」
「もういいです…」

ど う し て こ う な っ た

1/26/2025, 12:11:01 AM

『終わらない物語』17/506
私が「これ」を見つけたのはいつだったろうか。
日頃の嫌な勉強から逃れるために始めたから、
きっとそこまで昔のことではないんだろう。
けれど、今はそれだけではない。
私の書いた物語が、誰かに評価される。
誰かの書いた物語が、私の目に留まる。
名前も知らない誰かと、不思議なつながりをもつ。
きっと、この場には、終わりがない。
私たちの物語は電子の海の中に生を受けて、遥か遠く、どこまでも泳いでいく。
叶うなら、あなたのもとに流れ着きたい。

この物語は、あなたに届いている?

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