これからも、ずっと
いちばんの親友
そう思っていたからさよならは本当につらかった。この世の終わりだと思った。追いかけようとして止められた。
生活の端々に君がよぎる。
何をしてもそばにいた。
振り返っても誰もいない。
その事実がだけが現実だった。
手放したものが壊れてしまった時、
人は何をしたらいいのだろう。
一緒に壊れてしまえたら良かったのに、
人は思いもよらずに頑丈で、時間の流れは残酷だった。
手にした写真は色褪せて
思い出せるものの中に鮮明だったものはない。
声も手の温かさも、笑顔すら。
遠い霧の外にあるみたいに曖昧で
その曖昧さに救われた。
もう、会えない事が苦しくて
もう戻れない事が悲しくて
いつしか忘れてしまう事が悔しくて
色を無くして削ぎ落とされて
残ったものは愛しさだった。
もう会えないことよりも出会えた事が嬉しい。
思い出は永遠に生き続ける。
離れても。
これからも、ずっと。
それだけが真実。
それでいい
そのままでいいんだ。
そのままがいいんだ。
必死に背伸びをして居る背中に胸が痛む。
家族を奪われ、国を追われ、罪なき罪を被せられて何もかもを失った憎しみを忘れた日などない。
あの日、必ず根絶やしにすると誓った筈の血を現す赤い髪を持つ子供はいまや自分を支える礎と言ってすらいい。
世話係を押し付けられた長い月日は
いつしか憎しみを超えた愛しさで塗り替えられていた。それくらいには側にいるのが当たり前だった。
お前は俺の親友だよ。
たった一人の家族だ。
そばにいる事が一番だと思っていた。
なんせ赤ん坊から育てたようなものだった。
親心とすら言っていいと思っている。
そんな日々がずっと続くと信じていた。
そんな夢想がガラリと雰囲気が変える。
あの日の抱えきれない罪は、平凡だったぬるま湯をあっという間に煉獄に変えた。
大きな身体に幼さを宿した子供は
いつからか呪いのように『変わる』という単語を口にする。朝焼けの美しい赤を宿した髪を切り、常に追われるかの様にその身を何かに差し出す。
怯えるかの様に変わりたい、変わるんだと口にする姿と、それをただ見守るだけの少女に対して場違いな怒りすら覚える。
変わるというのは何に対してだ。
擦り減ることをやめない子供は摩耗していく自身の姿を見ようとすらしない。
一番の側にいる、それが支えになると信じていた。
『俺がアッシュの代わりに消えるよ』
悲しむ事すらせずにやっと見つけたと言わんばかりに声を上げる背中を見てやっと気づいた。
側にいるだけでは届かないという事に。おそらく、それに気がつくのは遅すぎたんだと思う。
変わるという事が、悪い方になるという事が
当たり前にあるということを。
おそらく変わらないといけないのは俺だった。
側にいるだけではダメだったのだと、悟った時には誰の声すら届かない場所にお前は居たのだろう。
変わらなくていい。
そのままでいい。
側に入れさえすれば良かった。
でも誰もが知っている。
誰か犠牲にならないと滅ぶ。
誰かの犠牲の上でしかない。
もうそれ以外の方法がないということを。
必死に悲痛な叫び声を上げて手を伸ばす体を
全身で押さえつける。
耳をつんざくその悲鳴は自分の心が上げた叫びそのものだった。
『馬鹿野郎が…』
天を裂く程の光に当たりが照らされた中で
振り返る赤い髪の少年の目が
それでいいんだ、と微笑んだ
一つだけ
人は産まれた時に必ず椅子を持って生まれる。
『存在』しているという証は
望む、望まないとしても必ず持っている居場所だったりするんだろう。
だとしたら『作られた命』はどうなんだ。
自然に産まれたものではない。
望まれて産まれたわけでもない。
道具として作られて
感情を持ってしまった。
人ではない人ならざるもの。
ましてや奪ってしまった俺はなんなんだ。
たった一つだけの椅子を奪いあうように
存在してしまった俺は、存在するだけで罪の証だった。
でも罪だと認めてしまえるほどに簡単な話でもない。だってティアは言うんだ。『ちゃんと見てる』って。変わってみせたかった。たとえ死ぬまで拭えない罪で両手が赤く染まり続けていても。
存在するだけで憎まれるレプリカは俺自身だった。望まれて産まれたわけじゃない。でも生きたかった。世界がどんなに辛くても、苦しいことだらけでも、それでも美しくて、そして好きだった。
世界でひとりぼっちだと思っていた。
憎まれるだけだと思っていた。
俺が奪ってしまった居場所を、いるべき人間に変えそうとした。そしたらアイツさ、顔真っ赤にして怒るんだ。
ずっとアイツ、俺を憎んでた筈なのに情けない事を言うなって。そんでわざわざレムの塔で助け舟まで出すんだぜ。天邪鬼すぎるよな。涙が出そうなくらい嬉しかった。
本当はさ、俺は『模造品』として世界の役に立って死にたかった。だってそうでもしなきゃ生まれてきた意味がわからなかった。
望まれて生まれてきたわけでない。
俺がみんなを不幸にすると思ってた。
そんなの望まない。だってさ、俺みんなが好きだったから。
死にたいって思ってたのに、死にたくないって怖かった。本当は誰からも必要ないって思われるのが怖かった。必要とされたかった。誰かの椅子を奪うんじゃなくて俺の、俺だけの一つだけの椅子が欲しかった。無いものねだりだっただけで、もうすぐ俺の時計が止まる。そうなってから初めて気がついた。
椅子なんてものみんな持ってなかった。
そんなの幻想だったんだ。
俺は俺が生きてるって安心感を他人に委ねたかった。そうじゃない、そうじゃなかったんだな。
昔イオンが言っていた。
『貴方は貴方であるだけでいい』って。
同じレプリカ同士の憐れみだと思ってた。
そうじゃない。お前はちゃんと全部わかってたんだ。もう居なくなってしまった差し出された手を、今ようやく握れる気がする。
誰から必要とされるから生きているわけではなくて、誰かを必要とするから生きているわけでもない。そんなの関係なく、生きている。命が続くから生きていて、だからその時間で何かを掴むことで、俺は俺を肯定するだけなんだ。
残された時間はもう僅かだろう。
頻繁にジェイドが点滴を打つように薦めてくる。
飄々としたいつもの顔に、隠しきれない切迫感を感じて嬉しくなった。
あのジェイドが、なんて昔の俺だったら嫌味なだけだとしか思えなかっただろう。口元に笑みが溢れる。
夜空の先には天空に立つエルドラントが見える。
随分と遠くに来てしまった。
明日には最終決戦となる地に立つことになるだろう。
最後まで保ってくれよ、俺の体。
かの地の先で待つ敵はかつての師だ。
止めなくていけない。
誰のためでもない。何かを成す為でもない。
自己犠牲でもない。
ただ話をしたい。結果として互いに剣を向けることになっても。
人は変わる。
良くも悪くも。
それは俺も、みんなも、誰も彼もだ。
何かを掴む為に人は選ぶ。
でも俺は誰かの犠牲の上にそれを成してはならないと思う。
偽りの過去をもち
偽りの命を与えられた俺が
たった一つだけ掴んだ答えこそが
本物であると証明する為に。
決戦の地は目の前で待っている。
大切なもの
探し物はなんですか。
見つけられるものですか。
それは目に見えるものですか。
誰にとって価値があるものですか。
探し物はありますか。
見えにくくはありませんか。
それは楽しくなるものですか。
それとも愛しく思いたくなるようなものですか。
大切なものを探しませんか。
誰かにとってのものではなくて
あなたにとっての唯一無二。
誰かのためにさがすのではなく
自分のための唯一無二。
誰かにとっては価値がなくても
私にとってあればいい。
誰かが悲しむものではなくて、
貴方が望む喜びであればいい。
大切なものはありますか。
見つけにくいものですか。
カバンの中も、机の中も、どこにだって
自分があるとおもうなら
きっとそれはどこにだってあると思うのです。
エイプルフール
『嫌いだなんて嘘だよ』
一方的に別れを告げて音信不通になった癖に。
記憶の片隅から苦い味がした。
忘れていられた時間から引き戻される事に
憎しみにも似た怒りを覚える。
別れの時と同じ様に一方的な手紙には
先の長くない時間の中で幸せだった時間を
ありがとう、と言った内容がある。
身勝手にも程があった。
プツリと切られた糸を未だに未練たらしく
持っていると思われているようで。
だった一言の別れすらから逃げて
終わらせられない過去を美しく飾って逝くなんて許さない。
84円の送料は110円切手になったと言うのに
いつまで過去を利用するのか。
だった一言『貴方なんて大嫌い』
そう書いた手紙を郵便局で窓口に渡した。
『すみません、出したら消印の日付は何日になりますか?』
そう言うと不思議そうに局員は答えた。
『今からだと午前の便なので4月1日になると思います。』
私は少し頷くと窓口に預けた。
気づいても気づかなくてもいい。
もう赤い糸などとっくに切れているのだから。