好きじゃないのに
『働きたくない…』
谷底に届くくらい低い本音が漏れる。
求人欄を読む目が滑るのに働かなくてはいけないという強迫観念が背中を押すから指は勝手に画面をスクロールする。
働いて楽しかったことがない。
業務に興味もなかったし
人間関係も最悪。そもそも人が好きじゃないのに
同僚達はニコニコと仲良しを演じながらくだらない事一つ一つで隠れて互いに悪意を向けては笑い合っている。
好きになれない。
楽しくないのに働かないといけない。
何か一つでも楽しい事があればこそ
何もないどころかめり込むほどに減点しかない。
転職を決めたがスキルがなく、
中途入社の新入社員にスキルで負ける。
自分の不甲斐なさにため息しか出ない。
ため息をついている暇などないから勉強しないといけないのだけれど何から勉強したらいいのか。
そもそも世の中に好きじゃないものが多すぎる。
アレも嫌だこれも嫌だと言える年齢でもないけれど、最後の転職ならもっと素敵に働きたい。
圧倒的に自己分析が足りなさすぎる。
好きじゃないものを積み上げればそこから好きが見えるかもしれない。やりたくないことを挙げていけばやりたい事がわかるかも。
結果は出来るスキルと時間の無さだった。
ほんっと後悔してる。
惰性で生きてしまった事を。
今からでも間に合うだろうか。
求人欄に目を戻す。
『働きたくない…』
生きるって大変だ。
だって好きなものじゃないものを
続けてるだけで偉いのだから。
バカみたい
あーあ、ほんっとバカだなぁ。
いつもいつもニコニコしちゃって利用されてんのもわかってないの!
聖書を読むフリをしてこちらに向かってニコニコと手を振る両親に気が付かないフリをする。
本当に呆れる程に滑稽な話だと思う。
善良と書いてばかと読むのではないだろうか。
薄寒い程にお綺麗な教義を前に、一心不乱に信じ込む世界は、常に現実と向き合う事から逃げる事で成立する。
ほんっとバカなんじゃないかな。
顔を上げれば似たような表情の信者たちと
似たような姿で似たように盲目的に信仰をする人達の中に、私の親は埋もれていた。
目に見える世界は虚構ばかりだ。
あぁやって両親に笑みを浮かべて近寄っていく人間たちの何人が信用出来るというのか。
困った時はお互い様だから、そういって笑いながら差し出したお金が、戻ってきた事が何回あるというの。
美しい世界がないからこそ、虚構の美しさは輝く。そんな事がわからないのに、何を美しい世界だと言えるんだろう。
『アニスちゃん』
思っていたよりもずっと近くから母の声が聞こえた。顔を上げれば心配そうな声がする。
『大丈夫?元気がないみたい。』
そう心配する母の表情に嘘はない。
誰よりそばに居る自分だからこそわかる。
そこに救いのなさを思い知る。
『なんでもないよママ。少し疲れたみたい』
取り繕うように浮かべた笑顔に母はニコリと笑った。
『そう、アニスちゃんは頑張り屋さんだからきっと頑張ればもっと上のグループに入れるわ。ママはアニスちゃんの事なんでも知っているもの。』
笑顔の母に同じ様な仮面で笑い返す。
足早に去っていく母の後ろ姿を表情を変える事も出来ずに見送った。
無性に何かに耐えられない気持ちを笑顔に隠す自分はどんなふうに映るのだろう。
あーあ、本当に本当にバカだなぁ…
誰に聞かせるわけでもない小さな諦めは
誰に向けたものなのか、
自分自身でもわからなかった。
不条理
理不尽だなぁ…と世の中思う事がたくさんありすぎる。
泣かないよ
泣くと言うのと寝ると言うのは一番のストレス発散らしい。
感情の発散をする事で耐えられる、という内容ならいい。では泣けなくなったら?
寝る事もできず夜中に起きては苦しんで
泣こうと思う程に感情が沸かない。
押さえ込む事に慣れすぎて押さえ込む中身を遠ざける。
泣けば良いのに。
泣いて楽になれば良いのに。
楽になって背負ってるもの全部投げちゃえばいい。
そういうと『そうやって責任をとってはくれないでしょう』とまた我慢する。
正常な判断能力さえ奪ってしまう我慢にどれ程の価値があると言うのだろう。
今の生活を捨てるのが怖いのではなくて
同じことになったら今度は耐えられない。
だよね?
私知ってる。
だって自分のことだから。
他人からの優しさが優しさに見えなかった。
必死に立って理解される事もなく
ただ耐えるだけで何か変わると信じたい。
それは希望であり現実からの逃げだった。
泣いちゃえ
泣いちゃえ。
泣いてしまえばよかった。
泣いて怒って叫んで、
とことん怒って捨ててしまえばいい。
そして新しく始めたらいい。
結局泣けないまま、ずいぶん過ぎてしまったけど
引くほど意地を張り続けた自分を
呆れながらも褒めてあげたい。
ここまで来たら泣く以外で
しっかりかっちり乗り越えて
新しい場所で頑張ろう。
泣かずに生きた時間と一緒に。
怖がり
遠い未来で君が淋しくならないように
戯けるように微笑む姿が遠くなる。
心の奥底に居るのに、忘れないのに
錆びていく像を見ては
どうしようもなく懐かしい。
暖かな風を受けて花が咲き乱れる。
明確に思い出せるのに
思い出せない表情に時の流れを思った。
たった10年に囚われているわけではない、
でもたった10年が何よりも大切な記憶だった。
ねぇ、ヒンメル。
私は思うよ。君、少しわかりづらい。
各地に置かれた『勇者の像』が
経年劣化に耐えられずに少しずつ数を減らすなか
ここだけはずっと変わらなくあり続ける。
人里から離れたからこその森の中
忘れ去られたようにひっそりと。
だから淋しくなったらここに来る。
人を知ろうとして見えなかったものがたくさん出来た。置いていかれる寂しさも、置いていかねばいけない寂しさも。やっとわかったんだ、ヒンメルが言ってたこと。
置いていかれるのは淋しいね。
そして置いていくのは『怖い』ね。
君はきっと怖がっていた。
見えなかったものがわかるようになって
どれだけ想われていたかを知った。
それを知った時、どうしようもなく『淋しく』なった。君が恐れたように。
でも少し君はエルフを勘違いしてた。
古びた像に手を触れて冷たい感触に温かさを感じる。淋しいだけじゃない。それだけじゃなかったよ。1000年知らなかったのに孤独をくれた人。
それ以外の心をくれた君。知らなければよかったとは想わない。そんな言葉で否定したくないんだ。
像に向き合うと微笑む。
じっと見つめてからそっと離れた。
『うん、君は誰よりもハンサムだよ。
また来る。』
振り返ることはしないで彼女は静かに歩み去った。
美しく咲く花たちは彼女を応援するかのように風に揺れて見送った。