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3/6/2026, 11:01:07 AM




『いってらっしゃい』

見送るために大きく振った手を今もまだ振り続けている。



鎮魂を奏でる鐘の音が鳴り響く。
今年も変わらずやってきたカレンダーの日付を見ては押しつぶされる程の痛みが胸に宿る。

今日も明日も明後日も
1日は同じ様にやってくるのにたった一つだけが戻らない。

もしかしたら もしかしたら

カレンダーをめくるたびに蝋燭が溶けるように帰りを待ち続ける手は重くのしかかった。
どこかで区切りをつけなくてはいけない。

来年こそは 来年こそは
あの日からずっと願ってる。



朝が来るのが怖くなった。
変わらないのに変わってしまった明日。


もしかしたら もしかしたら

今年もこの日がやってくる。
5回も過ぎれば買い替えられたカレンダーの日付に◯をつける事すら避けるようになった。
日々の忙しさを求める様に。

来年こそは もしかしたら

10回過ぎてしまえばかつての凄惨なほど水に流された街はひとかけらの痕跡を残して新しい日々に進み始める。過去になる事が怖い。
震える手でカレンダーに◯をつけた。

15回目がやってくる。
掲げた手を今も下ろせない。
『おかえりなさい』が言いたい。
それだけの事が果たせない。

でも今年こそは 今年こそは。

3月のカレンダーに一つだけ
赤い文字でバツをつける。
掲げた手を大きく振るのだけは変わらずに
願う想いを少しだけ変える。

ここにいるよ。
待っている。
早く気づいて 帰って来て。

鎮魂の鐘が今年も鳴り響く。
ずっとずっと待っている。
君に届けと、待っている。



※すずめの戸締り良かったです。

3/5/2026, 1:03:01 PM

たまには


コーヒーばかり飲むから白いコップにうっすらと茶色のシミが付いた。

普段と変わらない日常のなかで積み重なる疲れのようにこびりついたその茶色は擦っただけでは簡単には落ちてやらないぞ、という気概を感じるほどに頑固だった。

たまにはお茶にしてみようか。

ゆっくりと温めたコーヒーカップにお湯を注ぐ。
茶色のラインにまでお湯を入れれば半透明な世界にうっすらとした茶色がみえるような気がした。

ティーパックを淹れてクルクル回すと沁みるでた緑に浸食されていく。半透明な薄緑の世界はどんどん滲み出した濁って緑についには見えなくなった。

カフェインに慣れた体にお茶が沁みる。
ふと窓際から漏れる日差しにとっくに朝になっていた事に気がついた。
眠気覚ましに飲み続けたコーヒーによって荒れた胃は熱めのお茶が喉を通り胃にたどり着くたびにじんわりとした痛みを告げる。

目に痛い光から逃れるように立ち上がってカーテンを閉めようとすると反射したガラスには目の下を茶隈に染めた不健康そうな顔が映り込んだ。
そこではじめて自分が疲れていた事を知る。


人は限界を超えると超えた事すらわからないらしい。カップに残ったお茶を勢いよく飲み干すと、しつこい程に忌々しい茶色が顔を出した。

はー。

胃の底の底から漏れ出たため息は地獄の底からのように重く響く。その響きは地獄の釜の蓋を開けて、ずっしりと肩にのしかかった。

疲れた。

真っ白なカップの中には目の下の隈と同じ色をしたしつこいまでの頑固な疲れ。

たまには何もかも忘れて寝てもいいんじゃないか。たまにはいいだろ、たまには。

全て放棄すると決めて終えば
あとはカップをハイターにつけて布団に戻った

2/23/2026, 8:48:53 AM

太陽のような



人生において燦然と輝く出会いはどれくらいあるんだろうなぁ…って思う。
それは奇跡であり、あるいは運命的な偶然であり、必要とされた必然なのかもしれない。

生きる事は闘いだ。

どこかのアニメで聞いたそのセリフは人生を端的に現していた。

思うようにいかない理想の美しさに灼かれた人生は生きるだけで血反吐を吐くようで、生々しい程の嫌悪と落胆に彩られたものだった。

信じ続ければ信じるほどに手元に輝く美しい筈の理想はくすみ、希望は焼石に水をかけ続けるかのように蒸発し、無理解という霧に迷い込んだ。

生きるという意味もわからず
生きるという価値が苦しみしか生まない
終わらせるという甘美さこそが正しいのではないかと下ばかり見つめていた時、仰ぎ見た空は青いだけで美しい、そう教えてくれた出会いがピコさんだった。

2018年に亡くなって随分と経った。
今なお、ブログは『独女のスキルス胃がん日記』としてネットの片隅で彼女の生きた軌跡を残し続ける。

生きるという事に意義はなく
苦しみだけでは終わらせない。
あらゆる必然の中にも悲しみがあり
あらゆる偶然の中にも愛がある。

ありがとう、あなたは私の太陽だ。

今年もまた命日がやって来た。
空を見上げると春の訪れを感じるように
蒼穹の中に太陽が輝く。

今も未来もずっと燦然と。

2/21/2026, 9:59:11 AM

同情



あの善意に満ちた蔑むような目が嫌い。



憐れみというものがいつか人を殺すなら優しいぬるま湯の様な雨だろう。

しゃがみ込み嘆く姿に手を差し伸べるその目には幾分かの優越感が混じり混む。

冷めた目でその光景をみる私の目にはきっと嫌悪とともに一抹の恐怖が宿るだろう。

純全たる優しさは理想だ。
本の中にだけ成立するそのまやかしの無い美しさは、人の中でこそあり得ないから光り輝く。
人が人である限り、神になれないように
神でこそなり得る理想を人が体現する事はない。

優しさに満ちた言葉の中には慈悲という名の甘いだけの理想に、少しだけの苦味が宿る。
その苦味を苦味と知り得ない人間達の『理想とする優しさ』を見ては苦虫を噛み潰すような毒の味を感じるのだ。


『大丈夫?』
かけたら声に振り返ると甘ったるい程の心配に満ちた目の中に無表情の自分が映った。

その同情が嫌い。
その同情が怖い。

その中に宿る無色透明な悪意が怖い。

色彩のない目をした自分がその目に宿るのが怖い。
一度目をしっかりと瞑って目を開ければ
心配そうな目の中にはニコリと笑った自分が映った。

『大丈夫だよ、ありがとう』

貴方の目に映る同情される私が怖い。

2/14/2026, 2:05:05 PM

バレンタイン



チョコが高い。

物価高だとしても高い。
たけのこの里を手に取って金額にビビる。
250円…だと?!去年までは158円だったはずなのに。軒並み値上がりしたチョコレートは買い物かごに入れることを憂慮する金額になった。
というか、買えない金額では無い。買わないと言う選択肢はなかった。とはいえ、手作りより買った方がいいなという判断を下すには充分だった。
失敗したら洒落にならないならば買ったほうがいい。

京都のショコラティエの、あの可愛い奴を買おう。とりあえず、それはもういい。
だけど自分のチョコに高い目のは無理だ。

スーパーをうろうろする不審者は
とりあえず片っ端からチョコレートを品定める。

200円以下のチョコレートが見当たらない。
100円の菓子の中にチョコがない。
アーモンドチョコは300円に迫る勢いだった。

嘘だ、嘘だと言ってくれ。

少し前なら二つ買える金額でお釣りが少しも出ないとなるとマカデミアナッツも買おうかとはいう目論見は甘すぎる考えになりそうだった。チョコだけに。

バレンタインは好きではない。
色々重たすぎる。
とはいえ、嫌いではなかったのだ。
いろんなチョコが食べれるから。


不審者はうろうろとしながら考える。
少しの量で満足を選ぶか
割高な値段で量を取るか。

迷いに迷って考えた挙句に
ままよ!と思い切って徳用チョコをかごに叩き込んだ。チョコに1000円なんて時代が来るとは恐ろしい。日本、大丈夫か。



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