微熱
いつからだったか、目で追いかけてしまうようになった。
可憐で、美しい。天使のような彼に、恋をした。
朝、何気なく挨拶をかけられる程度の関係。
ただのクラスメイト。
授業中にスマホを出して、トークアプリを開いているのを知っている。目元が、やんわりと弧を描いたのを知っている。体育のときはたまにズル休みすることを知っている。
それでも、彼の好きな食べ物も、趣味も、好きな人も、何も知らない。
柔らかな声が一層柔らかになる瞬間を、私は知らない。
けど、けれども、だとしても。
気持ちだけが、どんどんと募っていく。
寝たふりをして、放課後の彼の談笑に耳を傾ける。
ずっと聞いていたい。
それでも、これは、この恋は、許されない。
微かな熱を孕んだ彼の声がスマホ越しに誰かに伝わった。
秋風
さめざめと、風が泣いています。
きっと、夏の終わりがさみしいのでしょう。
「おはよ、アキカゼくん」
「ナツキさんおはよ、あれ、髪切った?」
「切ってない。けど、結んだだけ」
「えー! 結んでたほうがかわいいよ。ずっとそのままでいてほしい」
「なにそれ」
だんだんと肌寒くなってきましたね。
冬が近いのでしょうか。
「ナツキさん転校しちゃったね」
「うん……フユネは、行かないよね」
「当たり前じゃない、あんたをおいていけないわよ」
「へへ、そっか」
月が丸く、輝いていますね。
やはりもうすぐ、冬がやってくるようです。
「アキカゼ、ごめんね。でも、何も知らないほうが幸せなことってあるでしょ?」
「うーん、でも、悪いことしたなぁ」
「大丈夫よ、ハルキくん。これは……そう、アキカゼのためだから。悪い事じゃないわ」
「でもさ、まだ"秋"は終わらないはずでしょ? なんでアキカゼくん"還っちゃった"の?」
「……わからない」
冬が終わって、春が来る。
最近は時間の流れが速いです。
「フユネちゃん? フユネちゃんも"還っちゃう"の? ……さみしくなっちゃうな」
「うん、ごめんねハルキくん。ナツキさんにも、また言っといてね。"秋風の夢を叶えてあげて"って」
「……うん。じゃ、また"来年"」
春夏秋冬一回り。
たとえ概念だとしても、心を持たせたくなるのが私の性。
また会いましょう
繰り返す、それでも君は私を諦めてはくれないの?
私のせいで、この、君の居る世界は終わるのに。
それでも君は、手を、取ってくれる。
君は、なんで、
……もう、終わってしまうよ。
僕はまた繰り返す。
でも、今生きている君は繰り返せない。
繰り返すなんて、させない。
そんな目で、見ないで。
君の選んだ後悔だ。
君の望んだ選択だ。
もう、僕を追うことは出来ないよ。
ねえ、"プレイヤー"さん。
何度あなたがリセットしても
この世界の結末は変わらない。
繰り返す。繰り返す。ただ、ループするだけ。
それでも、あなたが望むなら。
「私は君と、また、出逢いたい……!」
「きっと……きっと、私を……見つけてね──」
涙無しでは語れない物語はもうすぐ閉幕。
その選択は彼女と君の物語を彩っていく。
悲劇か、はたまた喜劇か、それはあなた次第。
ぜひ、物語の中で、また会いましょうね。
「それは、僕じゃ、ない」
紅茶の香り
──某所、何処かの通りのカフェにて。
「あれ、お前紅茶好きじゃないっけ」
彼はテーブルの上に並んだティーカップを覗いてそう言った。彼の方にあるティーカップはとっくに空になり、乾いてきていた。
一方で私のティーカップはほとんど手を付けられずに温くなっている。
「ええ、少々匂いが……好みではなくて」
「そう? コーヒーよりかはいい匂いだと思うんだけどなぁ」
そう言うと彼は私の方のティーカップに徐ろに手を伸ばし、ぐぃっと一気に飲み干した。
温かったのが気に入らなかったのか眉をひそめ、カチャンと音を立ててソーサーに置いた。
「やっぱ淹れたてが一番だ。アイスも悪くないけど」
品に欠ける行いが似合ってしまう彼は、テーブルに伏せてあった本を取った。
「そう言えば、この本にもあったけどコーヒーってほんとに美味しいの? 俺には分からん。苦くてさ」
「ミルクか砂糖を入れてみては?」
「入れたけどさ〜……なんだろ、鼻に残る匂いが苦い」
「そうでしょうか?」
彼は匂いを思い出したのか、また眉をひそめた。
「匂いと味がなんとかなれば飲めるのに……あと色」
「それはもはや違う飲み物ではないでしょうか……」
「お前も匂いが変われば紅茶飲めるでしょ」
「いえ、あの独特の風味がまた苦手でして……」
何の気無しに、ふと目があった。
お互い何処か気が合わないと思っていた。だが、思わぬところで、似たような要素を持っていたのが可笑しかったのか、二人は思わず笑ってしまった。
「ね、やっぱり俺ら気ぃ合うよ」
「ふふ、そうですね」
声が枯れるまで
歌が好きだった。
いつもあの子が歌ってくれるから。
ロックが好きだった。
あの子と一緒に聞いていたから。
夕焼けが好きだった。
それを背景に、あの子と一緒に帰れたから。
あの子が好きだった。
一生懸命に歌う姿が目に焼き付いている。
歌声も、ギターの音も、鳴り響いている。
私は声が枯れるまで、歌い続ける。
あの子の想いを涸らさないように。
いつかとどくといいなぁ