夢と現実
ある日、世界がひっくり返った。
地面は空に、空は地面に。
水は宙に浮き植物は逆さまに生える。
それでも、自分の足は大地に着いたまま。
目の前には大ぶりな杖を持った小さい少女。
少女が何か呟いた。
────目が、醒めた。
周りは水に囲まれている。
目の前には大きな獣。
その爪はヒビ割れている。
その赤い眼光は今にもこちらを射殺しそうだった。
泣かないで
轟々と燃え盛る黒い炎。
熱くはない、冷えていく。
吐いた息が白く変わり溶けていく。
炎の中にポツリと立っている。
黒く煤けたタキシードがじわじわと朱に染まる。
同じように煤けた顔に黒い涙がさらに顔を汚していく。
涙を拭おうともしない。
唯一汚れていない手で一対の指輪を撫でている。
一つを二つに、二つは三つに。
消えることのない罪の炎。
けれど決して悪い事だけでは無かったと。
足元に蹲る二つの亡骸と、一匹の青い猫。
自分一人がその罪を背負えば、愛する彼らを護れる。
ふわりと、薄紫の風が炎を縮めた。
淡い青色が黒い涙を拭い、去った。
白い光が凍える寒さを取り、去った。
黒い涙に隠された赤い目が驚きと光に満ちた。
嘗ての二人が見えた気がした。
透明な涙が煤けた顔に道を創った。
一瞬、ペルシャ猫が足元で一つ鳴いた。
「やっぱり、笑顔が似合うね。」
愛情
それは、意志あるものの象徴ではないだろうか。
それは、考える者の特権ではないだろうか。
ただ無作為に他を愛することなど到底できまい。
人間は特に。
縁、運命、番、さまざまな愛の象徴の言葉が出来た。
感情という一つの大きな括りが出来た。
愛が理解できないと言うのならば、"行きつけの店"を作ってみると良いよ。
なんでも良いし、どこでも良い。
それか、"暇な時にふと読む本"でも"手持ち無沙汰な時につい回すペン"。あとは……"暇さえあれば鏡で見てしまう自分"?
──まあでも、愛着なんて言葉もあるし、自己愛だと言う言葉もある。
人は、つい何かしらを愛してしまうらしいからね。
微熱
いつからだったか、目で追いかけてしまうようになった。
可憐で、美しい。天使のような彼に、恋をした。
朝、何気なく挨拶をかけられる程度の関係。
ただのクラスメイト。
授業中にスマホを出して、トークアプリを開いているのを知っている。目元が、やんわりと弧を描いたのを知っている。体育のときはたまにズル休みすることを知っている。
それでも、彼の好きな食べ物も、趣味も、好きな人も、何も知らない。
柔らかな声が一層柔らかになる瞬間を、私は知らない。
けど、けれども、だとしても。
気持ちだけが、どんどんと募っていく。
寝たふりをして、放課後の彼の談笑に耳を傾ける。
ずっと聞いていたい。
それでも、これは、この恋は、許されない。
微かな熱を孕んだ彼の声がスマホ越しに誰かに伝わった。
秋風
さめざめと、風が泣いています。
きっと、夏の終わりがさみしいのでしょう。
「おはよ、アキカゼくん」
「ナツキさんおはよ、あれ、髪切った?」
「切ってない。けど、結んだだけ」
「えー! 結んでたほうがかわいいよ。ずっとそのままでいてほしい」
「なにそれ」
だんだんと肌寒くなってきましたね。
冬が近いのでしょうか。
「ナツキさん転校しちゃったね」
「うん……フユネは、行かないよね」
「当たり前じゃない、あんたをおいていけないわよ」
「へへ、そっか」
月が丸く、輝いていますね。
やはりもうすぐ、冬がやってくるようです。
「アキカゼ、ごめんね。でも、何も知らないほうが幸せなことってあるでしょ?」
「うーん、でも、悪いことしたなぁ」
「大丈夫よ、ハルキくん。これは……そう、アキカゼのためだから。悪い事じゃないわ」
「でもさ、まだ"秋"は終わらないはずでしょ? なんでアキカゼくん"還っちゃった"の?」
「……わからない」
冬が終わって、春が来る。
最近は時間の流れが速いです。
「フユネちゃん? フユネちゃんも"還っちゃう"の? ……さみしくなっちゃうな」
「うん、ごめんねハルキくん。ナツキさんにも、また言っといてね。"秋風の夢を叶えてあげて"って」
「……うん。じゃ、また"来年"」
春夏秋冬一回り。
たとえ概念だとしても、心を持たせたくなるのが私の性。