紅茶の香り
──某所、何処かの通りのカフェにて。
「あれ、お前紅茶好きじゃないっけ」
彼はテーブルの上に並んだティーカップを覗いてそう言った。彼の方にあるティーカップはとっくに空になり、乾いてきていた。
一方で私のティーカップはほとんど手を付けられずに温くなっている。
「ええ、少々匂いが……好みではなくて」
「そう? コーヒーよりかはいい匂いだと思うんだけどなぁ」
そう言うと彼は私の方のティーカップに徐ろに手を伸ばし、ぐぃっと一気に飲み干した。
温かったのが気に入らなかったのか眉をひそめ、カチャンと音を立ててソーサーに置いた。
「やっぱ淹れたてが一番だ。アイスも悪くないけど」
品に欠ける行いが似合ってしまう彼は、テーブルに伏せてあった本を取った。
「そう言えば、この本にもあったけどコーヒーってほんとに美味しいの? 俺には分からん。苦くてさ」
「ミルクか砂糖を入れてみては?」
「入れたけどさ〜……なんだろ、鼻に残る匂いが苦い」
「そうでしょうか?」
彼は匂いを思い出したのか、また眉をひそめた。
「匂いと味がなんとかなれば飲めるのに……あと色」
「それはもはや違う飲み物ではないでしょうか……」
「お前も匂いが変われば紅茶飲めるでしょ」
「いえ、あの独特の風味がまた苦手でして……」
何の気無しに、ふと目があった。
お互い何処か気が合わないと思っていた。だが、思わぬところで、似たような要素を持っていたのが可笑しかったのか、二人は思わず笑ってしまった。
「ね、やっぱり俺ら気ぃ合うよ」
「ふふ、そうですね」
声が枯れるまで
歌が好きだった。
いつもあの子が歌ってくれるから。
ロックが好きだった。
あの子と一緒に聞いていたから。
夕焼けが好きだった。
それを背景に、あの子と一緒に帰れたから。
あの子が好きだった。
一生懸命に歌う姿が目に焼き付いている。
歌声も、ギターの音も、鳴り響いている。
私は声が枯れるまで、歌い続ける。
あの子の想いを涸らさないように。
いつかとどくといいなぁ
始まりはいつも
! -attention- !
1.アイスバースネタが含まれます。
2.百合要素が含まれます。
3.カニバリズム要素が含まれます。
4.上記の意味がわかる人か許せる人以外は読まないほうが良いかもしれません……
香水の甘い匂いと蕩けたアーモンドの瞳。
彼女の手は冷たく、氷のように溶けていく。
愛らしくはにかんだ彼女は、そっと私に口付けた。
彼女は私を置いていく。
長い黒髪が翻る。
周りは段々と冷えていく。
それなのに。
それなのに、私の心は昂っていく。
溶け切った彼女の肢体に舌を這わせた。
まだ残っていた肉は口内の温度で溶けていく。
仄かな苦みと甘美な感情が頭を痺れさせる。
彼女の体液が指に絡まる。
彼女の体液が服を濡らす。
真っ白のドレスは茶色く染まっていく。
この感情はなんと言うものか。
好きな女の子の溶けた液体。
冷たいままの、ただの液体が大好き。
胸が痛い。
でも、好き。
この矛盾が、私を狂わせる。
始まりはいつも、ただの恋。
恋して、愛を知って、一つになりたくて……
真っ当な愛を知りたかった。
でももう戻れない。
引き返せない。
私はもう、狂ってしまっているの。
束の間の休息
プツ……とスピーカーから響く音が途切れた。
声を出すのに疲れたのだろうか。
トントンと軽く頭を叩いてやるとザザッと音がなった。
「……アの、叩クの、は、ヤめてもらえマすか?」
掠れた機械の音が再び聞こえ始める。
「ボクだって休みたイんですよ。束の間のアレです。」
少し苛立った様子だ。
「アなたにいつもつきあってあげてるボクを労ってくださいよ、ほんとうに。」
だんだんと滑らかになっている音は私を責め立てようとする。
「やっぱりあなたって……その、あー……アレ、アレですよ。」
語彙力のないカセットからは私を罵倒するふさわしい言葉は見当たらなかったようだ。珍しい。
「……とにかくもうボクは寝ます。起こさないでください。じゃ。」
そう言うとカセットの電源が切れた。試しに歌わせてみようとどこかのボタンを押す。
「…………チッ」
舌打ちが聞こえた。が、歌は聞こえなかった。
星座 2024-10-05 22:51
「……見えないな。」
異界の空。地球じゃないし、俺の知っている世界でも無いらしい。空に浮かぶのは太陽と月だけ。
代わりと言ってはなんだが、ホタルのような生物が周りに飛び回っている。
まるで動く星のような生き物。いつでも流れ星が見られるようなものだ。
「おや、ダイチじゃないか。こんな夜更けに何をしているんだい?ここらは虫しかいないよ。」
「ティールさん、月がありますよ。」
「ツキ?」
この世界では"月"すら通用しないみたいだ。多分、太陽も通用しないだろうな。
「上にある、いつも丸いやつですよ。」
「……あれは"ホシ"だろう?君は何か別のものが見えているのかな。」
「星を知っているんですか?」
「そりゃあね、ホシといえばホシガタも有名だね。」
「ホシガタ」
そう言うとティールさんは月、いや"ホシ"に手を翳した。
「こうすると……ほら、ダイチくん来て、見えたよ!」
背の高い彼を見上げるように翳された手を覗き込む。手の甲にはぼんやりと何かの模様が見えた。
「ふふふ、運がいいねダイチくん。滅多に見れないんだよ、コレ。これが"ホシガタ"さ。」
よく目を凝らすと見覚えのある形が見えてきた。夏の大三角形だ。右下にはくちょう座、左下にこと座、上にわし座。キレイな二等辺三角形。
「いいかい?この一際輝いている三つの星が今季のホシガタだ。ああ、本当は昨日の祝祭で披露したかったけど、みんなデロデロになるまで飲んでたからな。」
ティールさんがやけに饒舌になってきた。彼はホシが好きなのだろう。
いつの間にか模様は消えていて、彼の手だけがホシに照らされていた。
「俺にもできますか?それ。」
「できないよ。」
「…………」
くるりと振り返った彼はいたずらっぽく微笑んだ。
「こればっかりは生まれ持った才能だから。それに、君の手は分厚いからね。」
「分厚いとダメなんですか。」
「そりゃあね。だって、ホシが入ってこれないだろう?」
−続…?−