Y.Tone

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3/4/2026, 7:29:55 AM

リビングに向かうと、何者かに荒らされたような跡。
犯人は、酔っ払って帰ってきた昨日の私。

ケースにまとめていたはずのガチャガチャたちが散らばっていて、その隙間を埋めるかのように、たくさんの爪楊枝が落ちている。

爪楊枝を片付けようにも、テーブルの定位置にあるはずの爪楊枝入れが、なくなっている。
リビングの中をぐるりと探すと、何故かキャビネットの上に、トリスハイボールおじさんの爪楊枝入れと、その隣に、かなり前にガチャガチャで取ったパピプペンギンズのピッキーがいた。

正確には、キャビネットの上にA4サイズの雑誌が置かれて、その上に少し厚めの単行本、さらにその上にブック型の小物入れと階段状になっており、その最上段に、トリスおじさんとピッキーが、まるでお殿様とお雛様みたいに並んでいる。

あぁ、思い出してきた。
家にあるものでひな飾りを作ろうとしたんだ。

昨日は親睦会という名目の飲み会で、会社の人たちと楽しく呑んだ。
その飲み会の席で「今週、ひなまつりだったね」と話題に上り、実家のひな飾りの話をしていた。

酔っ払って帰宅した私は、テーブルの上を見た瞬間に、「お酒好きとしては、アナタがお殿様。お雛様は…あ!ペンギンのピッキー!お酒繋がりだあ」とトリスおじさんを手に取り、ピッキーを探しにガチャガチャの入ったケースまでフラフラと向かった。
そのときに何かにつまずき、爪楊枝をばら撒いたといったところか。
作った本人ではあるが、記憶がおぼろげだ。

二段目にはリラックマのぬいぐるみ。ポケモンと同じ中性であることを何かで知って、「時代はジェンダーレスだ」と中央に座らせ、その左右に、お土産で貰った赤べこの置物と雑貨店で購入したシマエナガのポーチを配置した。
この三人官女はとても興味深い。

三段目の道具類もなかなか面白い。
重箱の代わりに、四角い小さなジュエリーケース。

これは確か、石付きのリングを買ったときのものだったような気がするけど、一体どこから持ってきたのか?
素面の私が忘れていたものを見つけ出してくる、昨日の私、恐るべし。

御駕籠と御所車は、スーパーの買い物かごと赤い自転車の…ミニチュアがそれぞれの役割を担い、私が持っているコスメ系ガチャガチャの中で、おそらく花に一番近い、AmuseとPAUL&JOE のリップスティック2本のチャームを三段目の両サイドにバランスよく立てている。

自転車もどうかと思うけど、買い物かごは御駕籠の「かご」という音しか拾えてない。
最後は力でねじ伏せた、そんな感じがしなくもない。
だけど、私は嫌いじゃない。

かなりシュールなひな飾りをスマートフォンに収め、おもむろに床の上を片付け始めた。

【ひなまつり】


3/3/2026, 9:45:18 AM

「もしかして、ライブ初めて?」
斜め掛けしたバッグの紐を両手でぎゅっと握り、お父さんと一緒にグッズ列に並んでいた私に、前にいた二人組のお姉さんが声をかけてきた。
「はい、初めてです」

本当はお母さんもライブに来たかったみたいだけど、弟がまた小さいので留守番となり、代わりに連れてきてくれたお父さんが隣にいる。

「もしお邪魔でなければ、お嬢さんと少しおしゃべりしても大丈夫ですか?」
お父さんに話しかけているその人は、まるで外国の人みたいに、綺麗なブロンド色の長い髪をしていた。
グッズ列に並んでいる間、私は初対面のお姉さんたちと話すことになった。

「ねえねえ、今いくつ?」
「12歳です。中学1年生です」
「いやーん、12歳って!めっちゃ若いやん」
もう一人のお姉さんはボブヘアも含めて全身黒ずくめ。メンバーカラーかなと思って聞いてみると、やっぱり推しカラーだった。

二人はもともと同じ東京の会社で一緒に働いていたと説明してくれて「せやから、うちは関西弁と標準語のバイリンガル」なんてことを話してくる。
生の関西弁を聞くのは初めてかも、そんなことを思っていた。

入学のお祝いで初めてライブに来たこと、グループ推しであること、いろいろ話をしていたから、長い列にいても全然退屈しなかった。

「それにしても、今日が初ライブだなんて、羨ましいよ」
「ホンマ、羨ましい」
二人して私を羨ましがっている。

「彼らのライブを初めて見たときの感動は一生忘れないと思うわ。それを今から体験できるやなんて」
「弱った私たちの心に光を灯してくれるほどの感動だったもんね。大げさじゃなく、たった1つの希望だよ、あれからずっと」
「せやな、大人になるといろいろあるからな」
二人して顔を見合わせて、ギャハハハと笑った。
とても楽しそうに話す二人を見ていたら、なんだか少し羨ましくなった。

ライブが始まった瞬間に、お姉さんたちが言っていたことが少しだけ、わかったような気がした。
息をするのを忘れるくらいに、惹き込まれて、ずっと心臓のバクバクが止まらなかった。

「すごかったなあ!今度みんなで来よう。感動しちゃったよ」
何故か隣にいるお父さんが興奮している。
そっか、この感じを感動というんだ。

ライブが終わり、会場から出てくる大勢の人の中から、お姉さんたちを探そうとしたけど、人が多すぎて見つからなかった。
でも、同じ推しだから、また会えるかもしれない。
そんなことをぼんやり思いながら、はぐれないように、お父さんの腕をギュッと掴んだ。

【たった1つの希望】

3/2/2026, 6:01:41 AM

いくら食べても太らない体質……だと思っていた。信じていた。
しかし最近、少しずつ体重が増えている。

私は甘党だ。
ケーキ類の洋菓子、大福類の和菓子、何でも大好きで、
甘いものがあるだけで幸せなのだ。
カロリーは正直、気にも留めていなかった。

高校大学は部活動で身体を動かしていたし、会社勤めを始めた20代のときは時間があればジョギングをしていた。

30代に入ると、責任ある仕事を任せてもらえるようになり、ジョギングする時間を作ることが難しくなっていたが、早めに帰宅できた日は1駅手前で降りて自宅まで歩いて帰ったりもした。

まあ、確かに、30代後半に差し掛かり、身体を動かすことが少し億劫になり始めたことは認めるけれど、軽めの運動をなるべくするように心がけていた。

しかし、体重は日に日に増えてきた。
年齢とともに基礎代謝が低下していることに、薄々気がついていたが、健康診断の数値にも表れ始め、もはや気づかないフリはできなくなってきた。

一念発起し、甘いもの断ちを決行。
外出先でのランチタイムのデザートや週末によく買っていたアイスクリームを止めた。
作業をするために使っているカフェでオーダーしていたコーヒー+ドーナツorチーズケーキを、コーヒーオンリー、しかもカロリー控えめのコーヒーに変えた。

最初の2週間くらいは、問題なく過ごせていた。
「やればできるじゃん」と本気で思った。
だが、私の考えは甘かった。
甘いものへの誘惑と戦う…その程度では済まされず、瞬く間に、制御不能に陥った。

甘いものが食べられないストレスから、ドカ食いをしてしまったのだ。
それからずっと体重計から逃げている。

たかが甘いものを欲する欲望と侮るなかれ。

内なるその欲望に怯えながら、今日もまた、低カロリースイーツをちまちまと摂取している。

【欲望】

3/1/2026, 5:07:05 AM

若かりしころ、外国に憧れて、海外で働くことをぼんやりと夢見る時期があった。
今のように、海外の情報をリアルタイムで調べられる便利な時代とは違って、あのころは情報が少なく、だから余計に、遠い国の知らない街に憧れ、思いを巡らせていた。

「エアメールって手紙なの?じゃあ、連絡ツールはどうなってたの?メールやチャットは?」
いろいろなことに興味を持ち始めた娘に、確か海外での生活を紹介するテレビの情報番組を一緒に見ていたとき、私の若いころの話を質問されたことがあった。

娘が生まれたときにはすでに、当然のようにインターネットが普及していたし、携帯電話で世界中と繋がることも普通のことになっているのだから、娘が驚くのも無理はない。

昔は、絵葉書の写真…今風で言うならポストカード、洋画やたまにテレビで放送される海外ドラマを見て、異国の街並みに心奪われる、そんな感じだった。

「だからママは、ポストカードを見たら買っちゃうだね。家中、行ったことのない国のポストカードだらけじゃん」
するどい指摘を娘から受けてしまう。
娘にもバレてしまうほど、海外への憧れは残ったままなのかもしれない。

いよいよ娘が進路を決める年頃になり、「パパ、ママ、あたし語学留学したい」と言い出してきたときは驚いてしまった。
けれど夫は娘の決断に驚きもせず、「ママの子供だね、やっぱり」と私に笑いかけていた。

私は結局、海外には行かずに日本で働き始め、そして夫と出会い結婚して、娘が生まれた。
私と同じ年齢の女性が海外で活躍している姿を見ると、時代のせいではなく、あのころの私には実現するだけの勇気がなかったのだと少し切なさを感じていた。

「でもママは、新しい夢ができて、そこに向かって頑張って働いたんでしょ。それに、日本にいなかったらパパには絶対会えなかったし、そうなると、あたしが生まれてこなかったんだよ」
留学先の娘とビデオ通話をすることが日課になり、ここ最近の楽しみだ。
それにしても、娘の指摘がますます的確になっている。

「あ、そうそう、今日とか何か届いた?」
「特に何もなかったと思うけど」
「ふーん、まあいいや。また明日も連絡するねー」

なんとも軽やかに通話は終了した。
ホームシックにはなっていない様子なので、ひとまず安心はしている。

夕飯の支度でも始めようかしら。
その前に夕刊を取ってこなきゃ。

取り忘れていた新聞を郵便受けから取り出す。
そこには一通のエアメールが一緒に入っていた。
街並みがとても綺麗なポストカードに、見慣れた娘の文字が記されていた。

「あの子ったら、まったく」
そのポストカードを手に、遠くの街へ、想いを馳せていた。

【遠くの街へ】

2/28/2026, 8:22:17 AM

自分の機嫌は自分で取る。

スイーツを買って帰る。最新作を観に映画館に行く。
もはや外出するだけでもいい。
とにかく、機嫌が良くなる方法をいくつか用意して、
それを支えに日々の大変なことを乗り越えていく。

ついこの間、意味不明な理由で上司からお叱りを受けた。沸々と怒りが込み上げてきたが、土曜日にライブの予定があったおかげで、何とか持ち堪えた。

平日に嫌なことが起きても、週末に予定があるだけで、
心の持ちようがだいぶ違う。
少し先の予定を組んでおくと、モチベーションは下がりにくくなる。
社会人を10年以上経験してきた中で導き出した処世術のようなものだ。

自分の機嫌を瞬時に察知できるのは、
結局自分しかいないんだよなぁ。

そのことに気づいたとき、それと同時に、
私の機嫌に恋人や友達が必要以上に付き合う必要はない
ということにも気がついた。
そして、思った。

ひとり旅をしよう。

ひとりなら、日帰り弾丸旅行だって気にならないし、
飛行機に乗って美味しいものだけ食べて帰ってくることも、
ひとりだから気兼ねなくできちゃう。
機嫌を良くするための方法が格段に増えたのだ。

どうせなら、縁起の良い日に出かけてみようと考え、
運気の良し悪しを調べたりもするが、これを誰かに話すと、そんなことだけで予定を立てるなんてナンセンスだとケチを付けられることも多い。
最初から否定で入る人に説明するのは面倒なので、
最近はこの手の話はしないことにしている。

日常を平穏に過ごすために必要な現実逃避を
誰にも邪魔させない。

今日は、何も予定のない休日。
来月から仕事でバタバタすることが予想できているので、
今のうちに現実逃避ができる予定をカレンダーに入れておこうと思っている。

予定を考える時間もまた、現実逃避ができる時間。
こうして、私の日常は守られている。

【現実逃避】

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