Y.Tone

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3/2/2026, 6:01:41 AM

いくら食べても太らない体質……だと思っていた。信じていた。
しかし最近、少しずつ体重が増えている。

私は甘党だ。
ケーキ類の洋菓子、大福類の和菓子、何でも大好きで、
甘いものがあるだけで幸せなのだ。
カロリーは正直、気にも留めていなかった。

高校大学は部活動で身体を動かしていたし、会社勤めを始めた20代のときは時間があればジョギングをしていた。

30代に入ると、責任ある仕事を任せてもらえるようになり、ジョギングする時間を作ることが難しくなっていたが、早めに帰宅できた日は1駅手前で降りて自宅まで歩いて帰ったりもした。

まあ、確かに、30代後半に差し掛かり、身体を動かすことが少し億劫になり始めたことは認めるけれど、軽めの運動をなるべくするように心がけていた。

しかし、体重は日に日に増えてきた。
年齢とともに基礎代謝が低下していることに、薄々気がついていたが、健康診断の数値にも表れ始め、もはや気づかないフリはできなくなってきた。

一念発起し、甘いもの断ちを決行。
外出先でのランチタイムのデザートや週末によく買っていたアイスクリームを止めた。
作業をするために使っているカフェでオーダーしていたコーヒー+ドーナツorチーズケーキを、コーヒーオンリー、しかもカロリー控えめのコーヒーに変えた。

最初の2週間くらいは、問題なく過ごせていた。
「やればできるじゃん」と本気で思った。
だが、私の考えは甘かった。
甘いものへの誘惑と戦う…その程度では済まされず、瞬く間に、制御不能に陥った。

甘いものが食べられないストレスから、ドカ食いをしてしまったのだ。
それからずっと体重計から逃げている。

たかが甘いものを欲する欲望と侮るなかれ。

内なるその欲望に怯えながら、今日もまた、低カロリースイーツをちまちまと摂取している。

【欲望】

3/1/2026, 5:07:05 AM

若かりしころ、外国に憧れて、海外で働くことをぼんやりと夢見る時期があった。
今のように、海外の情報をリアルタイムで調べられる便利な時代とは違って、あのころは情報が少なく、だから余計に、遠い国の知らない街に憧れ、思いを巡らせていた。

「エアメールって手紙なの?じゃあ、連絡ツールはどうなってたの?メールやチャットは?」
いろいろなことに興味を持ち始めた娘に、確か海外での生活を紹介するテレビの情報番組を一緒に見ていたとき、私の若いころの話を質問されたことがあった。

娘が生まれたときにはすでに、当然のようにインターネットが普及していたし、携帯電話で世界中と繋がることも普通のことになっているのだから、娘が驚くのも無理はない。

昔は、絵葉書の写真…今風で言うならポストカード、洋画やたまにテレビで放送される海外ドラマを見て、異国の街並みに心奪われる、そんな感じだった。

「だからママは、ポストカードを見たら買っちゃうだね。家中、行ったことのない国のポストカードだらけじゃん」
するどい指摘を娘から受けてしまう。
娘にもバレてしまうほど、海外への憧れは残ったままなのかもしれない。

いよいよ娘が進路を決める年頃になり、「パパ、ママ、あたし語学留学したい」と言い出してきたときは驚いてしまった。
けれど夫は娘の決断に驚きもせず、「ママの子供だね、やっぱり」と私に笑いかけていた。

私は結局、海外には行かずに日本で働き始め、そして夫と出会い結婚して、娘が生まれた。
私と同じ年齢の女性が海外で活躍している姿を見ると、時代のせいではなく、あのころの私には実現するだけの勇気がなかったのだと少し切なさを感じていた。

「でもママは、新しい夢ができて、そこに向かって頑張って働いたんでしょ。それに、日本にいなかったらパパには絶対会えなかったし、そうなると、あたしが生まれてこなかったんだよ」
留学先の娘とビデオ通話をすることが日課になり、ここ最近の楽しみだ。
それにしても、娘の指摘がますます的確になっている。

「あ、そうそう、今日とか何か届いた?」
「特に何もなかったと思うけど」
「ふーん、まあいいや。また明日も連絡するねー」

なんとも軽やかに通話は終了した。
ホームシックにはなっていない様子なので、ひとまず安心はしている。

夕飯の支度でも始めようかしら。
その前に夕刊を取ってこなきゃ。

取り忘れていた新聞を郵便受けから取り出す。
そこには一通のエアメールが一緒に入っていた。
街並みがとても綺麗なポストカードに、見慣れた娘の文字が記されていた。

「あの子ったら、まったく」
そのポストカードを手に、遠くの街へ、想いを馳せていた。

【遠くの街へ】

2/28/2026, 8:22:17 AM

自分の機嫌は自分で取る。

スイーツを買って帰る。最新作を観に映画館に行く。
もはや外出するだけでもいい。
とにかく、機嫌が良くなる方法をいくつか用意して、
それを支えに日々の大変なことを乗り越えていく。

ついこの間、意味不明な理由で上司からお叱りを受けた。沸々と怒りが込み上げてきたが、土曜日にライブの予定があったおかげで、何とか持ち堪えた。

平日に嫌なことが起きても、週末に予定があるだけで、
心の持ちようがだいぶ違う。
少し先の予定を組んでおくと、モチベーションは下がりにくくなる。
社会人を10年以上経験してきた中で導き出した処世術のようなものだ。

自分の機嫌を瞬時に察知できるのは、
結局自分しかいないんだよなぁ。

そのことに気づいたとき、それと同時に、
私の機嫌に恋人や友達が必要以上に付き合う必要はない
ということにも気がついた。
そして、思った。

ひとり旅をしよう。

ひとりなら、日帰り弾丸旅行だって気にならないし、
飛行機に乗って美味しいものだけ食べて帰ってくることも、
ひとりだから気兼ねなくできちゃう。
機嫌を良くするための方法が格段に増えたのだ。

どうせなら、縁起の良い日に出かけてみようと考え、
運気の良し悪しを調べたりもするが、これを誰かに話すと、そんなことだけで予定を立てるなんてナンセンスだとケチを付けられることも多い。
最初から否定で入る人に説明するのは面倒なので、
最近はこの手の話はしないことにしている。

日常を平穏に過ごすために必要な現実逃避を
誰にも邪魔させない。

今日は、何も予定のない休日。
来月から仕事でバタバタすることが予想できているので、
今のうちに現実逃避ができる予定をカレンダーに入れておこうと思っている。

予定を考える時間もまた、現実逃避ができる時間。
こうして、私の日常は守られている。

【現実逃避】

2/27/2026, 5:32:28 AM

「センパイは今、何をしてますか?」
かれこれ1時間、自分の部屋に閉じこもって、真っ暗なスマホの画面に向かって呟いている。

5月の体育祭で、1学年上のセンパイに一目惚れをした。
高校生にとっての1学年差は、とてつもなく大きい。
だからこそ猪突猛進して、猛アプローチを重ね、なんと、数週間前から付き合えることになった。

毎日のメッセージは欠かさず、一緒に帰れるときは家まで送ってもらえて、これが付き合うってことなんだなぁと少し浮かれていた。
ふと冷静になって、ここまでの状況を整理してみたら、
年下のヤツに毎日追いかけられて、
そうこうしていたら今度は毎日メッセージが届くようになった、
という状況であることに今更ながらに気がついた。

急に恥ずかしくなってきた。

「センパイは今、忙しいですよね、たぶんきっと」
そんなことを考え始めたら、昨日まで気軽に送っていたメッセージが書けなくなってしまった。

ちょっと外の空気でも浴びてこよう。
じっとしていたら、余計にわけがわからなくなる。

体勢を変えて、立ち上ろうとした瞬間、スマホの画面が明るくなり、電話の着信を知らせてくれた。

「もしもし、センパイ?」
声より先に騒がしい音が飛んできた。
「外ですか、今?」
「うん、散歩中。なんか横を、チャリンコ軍団が追い抜いていった」
さっきよりクリアに声が聞こえる。

「なんか、毎日メッセージをくれる子から連絡がこなくて、体調でも悪いのかと心配になっ……」
「心配してくれたんですか⁉︎」
思わず大きな声を出してしまった。
「アハハ、なんだ、元気じゃん」
心配してくれていた。どうしよう、嬉しい。

窓の外から、近所に住む小学生たちだろうか、賑やかな声が多重奏になって響いている。
今の私はどんな音も祝福してくれているみたいに感じられる……
ん?多重奏?
同じ音がスマホからも聞こえてくる。
「センパイは今、どこにいるんですか⁈」

慌てて窓を開けると、2階の私の部屋を見上げているセンパイの姿を見つけた。

「考え事してたら、ここまで歩いてきちゃったよ」
バッチリと目が合う。そして反射的に窓から身を乗り出していた。
「散歩にお付き合いしてもいいですか?」
スマホを持つ手とは反対側の手でOKの合図をくれた。

すぐさま、階段を駆け下りる。
嬉しさのあまり、豪快な音を立てながら。
繋がったままのスマホからは笑い声が聞こえる。

いとしい君は今、すぐそこにいる。

【君は今】

2/26/2026, 6:06:09 AM

今日の天気は、どんよりとした曇り空。

「これが噂のメランコリックな空、ってやつね。
メランコリックって言葉の響きは可愛いのに、
物憂げという意味は全然可愛くないっ」

空は心を映す鏡と誰かが言っていたけれど、
晴天でも快晴でもない曇り空が私の目には映っている。

1週間前、彼氏と大ゲンカをした。
お互いが社会人1年目、覚えなきゃいけないことが山積み同士。
仕事はもちろんのこと、最低限のビジネスマナーに、忖度のさじ加減という、何だかよくわからない難題にも追われ、全く心に余裕がない。
あまりの忙しさに、彼氏と次に会う約束はリスケ続き、連絡することさえも次第に少なくなっていた。

無理をしてようやく会えた日。
せっかく会えたのに、頑張っているのは同じなのに、
どこかで掛け違えたままの気持ちは軋轢を大きくしただけだった。

「キライになったわけじゃないんだけどなあ」

今は、晴天でも快晴でもなく、
どしゃ降りでも雷雨でもない。
少しだけ雲が厚い、きっとそんな曇り空。
あの雲を取り払えば、その下には晴れ渡る青空が広がっているはず。

もしも、私の気持ちに寄り添ってくれるのなら、
まだ一緒にいられる。
何を見ても、何をしていても、
キラキラと輝いていたあの頃の想いは残っているから。
だけど……
今の私は、どうしたいのだろう。

目の前の空に手を伸ばし、その手をすっーと右に動かしてみる。
どんよりと曇った、物憂げな空のままだ。

「物憂げってやっぱり可愛くない」

私はスマホを取り出し、彼に電話をかけ始めた。

【物憂げな空】

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