なまえ

Open App
10/18/2024, 1:11:08 PM



秋晴れの日の出来事だった。
たしか道端に子供用の靴が片方だけ落ちていて、誰かが雨に濡れない場所へ避難させていたことを覚えている。
幾度となく見たことのある光景ではあったが、実際に落とし物を雨から避けられる場所へ移動させている人を見たことは無かったので印象に残っている。






           *

僕は初めて付き合った女の子から別れを切り出される最中だった。ショックとも衝撃とも違うなにかだった。


今まで経験したことのない、少なくとも今まで生きてきた経験のなかには無い気持ちだった。

家に帰り辞書をめくっても、どこにも近い言葉は載っていなかった。
どうやって家に辿りついたのか、きちんと信号機を守ってここまで帰って来られたのか覚えていなかったことと、彼女が言うことを聞き逃さないように必死になっていたこと。とても同じ日に起きた出来事とは思えなかった。

彼女が別れ話を切り出すとき目にとまった、もみあげにある見知らぬ小さなほくろが、新しい季節を告げていた。
僕はそのほくろをただ見つめていた。

彼女は、身体の特徴を細胞から変えて新しい彼女になっていくのだ。
僕が目を瞑って眠っているあいだ、見えない場所でも月が浮かぶように、僕の知らない場所で確かな変化は起き続ける。
それはとても穏やかで静かな時間だった。

           *

僕は自分の知らない場所で起きている確かな変化に怯えていた。
しかし残念ながら僕でさえ自分の知らない場所で、見えないながらも確実に変化しているのだ。


机の上に置いた辞書の表紙を意味もなく撫でた。
片方だけ落ちていた子供用の靴が持ち主の家族に拾われる場面を想像する。
気がつくと眠くなってきたのか、そのまま寝た。
深い眠りが僕の身体をあたため、夜の空気が落ちてくる音に全身を預けた。

10/17/2024, 2:07:27 PM




歩いてたどり着いた小さな公園には
滑り台が置かれていた。まるで忘れたくても忘れられない思い出を持っている人のようだった。
それは粗大ゴミに出された冷蔵庫のようにも見えた。

2つあるはずのブランコは片側だけしか無く投げ捨てられ、洗濯機の裏へ落とされたくつ下のような存在の仕方をしていた。

水たまりで休息する雀を横目に、ブランコを囲む黄色い手すりに腰をかけた。
ここに来るために歩いてきたわけではないのだ。

10/16/2024, 12:59:01 PM





家を出て軽く散歩をすると、思いのほか風は丁度良い温度で気持ちが良かった。
前の日に降った雨のせいで蜘蛛の巣に引っかかった雨の水滴が、磨かれたばかりの宝石のように並んでいた。
水たまりでは3羽の雀が水浴びをしていた。
やわらかな光が風と同じタイミングで優しく僕の腕を撫でていった。

10/15/2024, 10:28:23 AM







どこに向かうでもなく歩く。
正直なところ目的地はどこでも良かった。歩きたいと思う気持ちすら不確かだった。
昨日まであったはずの部屋の空気はどこかへ消え去ってしまった。
外の新鮮な空気が身体じゅうを駆け巡る。
足を前へ運ぶ。
ふと、顔を上げると鋭い眼差しの信号機と視線がぶつかった。
僕はどこへ行っても、僕から逃れることは出来ないようだった。