なまえ

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秋晴れの日の出来事だった。
たしか道端に子供用の靴が片方だけ落ちていて、誰かが雨に濡れない場所へ避難させていたことを覚えている。
幾度となく見たことのある光景ではあったが、実際に落とし物を雨から避けられる場所へ移動させている人を見たことは無かったので印象に残っている。






           *

僕は初めて付き合った女の子から別れを切り出される最中だった。ショックとも衝撃とも違うなにかだった。


今まで経験したことのない、少なくとも今まで生きてきた経験のなかには無い気持ちだった。

家に帰り辞書をめくっても、どこにも近い言葉は載っていなかった。
どうやって家に辿りついたのか、きちんと信号機を守ってここまで帰って来られたのか覚えていなかったことと、彼女が言うことを聞き逃さないように必死になっていたこと。とても同じ日に起きた出来事とは思えなかった。

彼女が別れ話を切り出すとき目にとまった、もみあげにある見知らぬ小さなほくろが、新しい季節を告げていた。
僕はそのほくろをただ見つめていた。

彼女は、身体の特徴を細胞から変えて新しい彼女になっていくのだ。
僕が目を瞑って眠っているあいだ、見えない場所でも月が浮かぶように、僕の知らない場所で確かな変化は起き続ける。
それはとても穏やかで静かな時間だった。

           *

僕は自分の知らない場所で起きている確かな変化に怯えていた。
しかし残念ながら僕でさえ自分の知らない場所で、見えないながらも確実に変化しているのだ。


机の上に置いた辞書の表紙を意味もなく撫でた。
片方だけ落ちていた子供用の靴が持ち主の家族に拾われる場面を想像する。
気がつくと眠くなってきたのか、そのまま寝た。
深い眠りが僕の身体をあたため、夜の空気が落ちてくる音に全身を預けた。

10/18/2024, 1:11:08 PM