手元に三葉の写真がある。
一葉は、私が三歳の頃。祖母と大きな口を開けて大笑いしているもの。私の髪は短く、白いワンピースを着ている。祖母は半袖のブラウスを着て、まだまだ若々しい艶やかな顔をしている。二人の前のテーブルには、グラスにストローが差してあり、カルピスだろうか? 白い液体と氷が見える。
一葉は、私が中学生の頃。セーラー服姿で、大事そうに胸に本を抱えている。毎日毎日読書に明け暮れていた頃だ。両脇には、お友達の美智子ちゃんと、幸枝ちゃんの仲良しトリオ。三人共、少し含み笑い。カメラを向けている人がおちゃらけて笑わせようとしている様だ。
そして、もう一葉。二十歳を超えた頃の私と、大好きだったミニチュアダックスフントのルーキー。私はルーキーを抱えている。私とルーキーは、にこやかにカメラ目線で目をクリッと輝かせている。ルーキーもとっても嬉しそう。笑っているのがよくわかる。
私は、とってもおばあちゃん子で、いつも私の側にはおばあちゃんがいてくれた。読書の楽しみ方を教えてくれたのも、おばあちゃんだった。
美智子ちゃんと幸枝ちゃんは、大の犬好き。私がルーキーを飼うことになったきっかけは、この二人の影響だった。
全てはとっても楽しくて……にこやかで……。
でも、今。
祖母も二人も、ルーキーもいない。
だけど、あの頃の日々は、何の遜色もなく私の胸の中で輝いているよ。瞼を閉じれば、いつでも会えるもの。
ありがとう、おばあちゃん。
ありがとう、美智子ちゃん、幸枝ちゃん。
そして、ありがとうね、ルーキー。
♯過ぎ去った日々
いつの間に眠っていたんだろう?
本を読んでいた時は、暖かな日が差し込んで、このお部屋いっぱいに温もりが溢れていたのに、カーテンも閉めずにいたこの部屋は、ちょっぴり肌寒く、ソファーの背に掛けてあったカーディガンを思わず羽織った。
電気も点けずにいたから、お部屋は真っ暗な筈なのに、ベランダに続く大きな掃き出しの窓に掛かったレースのカーテンは白く煌々とした明るさで、暗い天井まで、仄かにその白さが判る程に明るかった。
手に持ったままの読みかけの本を閉じると、それをテーブルの上に置き、その明るさに惹かれる様に、カーテンの向こうを覗き込む。
何も見えない……。
座っていたソファーからお尻を上げ、白く輝くレースカーテンの方に歩み寄る。ほんの少しカーテンを開き、ベランダの方を眺める。ベランダの手摺りが鈍い光を放っているのが見える。
サーッとレースカーテンを大きく開け、外に並べて置いてあるサンダルを履き、ベランダに出る。
水平に視線をぐるりとするけれど、それらしきものは見えず……。
ふと、空高くを見上げると、そこにはお月様。
こんなにお月様が明るいなんて、知らなかった。
「良い歳をしたおばさんが笑っちゃうよね」
と独り言。
目を凝らして見ると、月の模様が見える。何十年か前に、あそこに人が立ったのよね、と思う。ただ、平凡な日常を過ごしているだけなのに、月を見ていると、別の世界に誘《いざな》ってくれる様な感覚になる。
今、この時、何人の人が同じ月を眺めているのかな? みんな何を想っているのかな? そんな事、ふと考えてしまう。
寝起きの頬に、夜風が心地好い。
# 月夜
目が覚めて、私の目に一番初めに入って来るものは、気持ち良さそうに眠る君の寝顔。
お布団から出た私が、おはようの挨拶代わりに、お鼻のてっぺんにくちづけすると、君は決まって私を抱き締めて、お布団の中に連れ戻す。私は嬉しくて君にされるがままにしている。私の大好きなお布団の中。いつまでも一緒に君とこうしていたい。
けれど、君は数分も経たないうちに、お布団を払い除け、お仕事に行く支度を始める。
私は、そんな君をじっと見つめている。
君と暮らし始めて、もう二年が経とうとしているけれど、君は変わらずに私をとっても優しく扱ってくれる。
朝食を済ませ、君はスーツを着て、身支度を整えると、玄関に向かう。私は君の背中を追って一緒に玄関へ。
ピカピカの革靴を履くと、くるっと私の方に向いて、行ってくるね、と頭を撫でてくれる。
早く帰って来てね、と心の中で君の安全を願う。
君が玄関を出て、玄関のカチャッとロックする音。
その音を聞いてから、私は大好きな君が用意してくれた餌箱に向かう。
ニャーンと君の事を想いながら、いつも大切にしてくれる君への感謝を言葉にして。
#大好きな君へ